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カテゴリ:テレビ、ドラマ等
◆スタッフ
脚本:井上 由美子 演出:佐藤 東弥、佐久間 紀佳 音楽:沢田 完、高見 優 主題歌:「しるし」 Mr.Children プロデューサー:村瀬 健、浅井 千瑞 製作著作:日本テレビ放送網 ◆キャスト 一ノ瀬未希:志田未来 一ノ瀬加奈子:田中美佐子 一ノ瀬忠彦:生瀬勝久 遠藤香子:山口紗弥加 三井マコト:河本準一(次長課長) 桐野智志:三浦春馬 柳沢真由那:谷村美月 久保田恵:北乃きい 長崎さやか:小池里奈 一ノ瀬健太:小清水一揮 奥村美子:出口結美子 猪原光江:長谷川稀世 松本リカ:大沢逸美 山崎光陽:海東健 三井ひな子:金子さやか 原口和明:井坂俊哉 的場春子:高畑淳子 中谷栄三:小野寺昭 波多野卓:北村一輝 桐野静香:室井滋 おおまかに言うと、未希が母子手帳を取得し、病院のマタニティ教室に参加。桐野家と一ノ瀬家で認知しない誓約書を巡って諍いが発生。未希は周りから奇異の目で見られ、また母加奈子も噂され、皮肉を言われることもあり。智志の母静香の会社が波多野の週刊誌の記事の余波を受け、ついに立ち行かなくなり、夜逃げ同然で逃げ出すことに。未希は恵と仲直りをするが、体が不安定で倒れることになる。無事ではあるが…。といった感じ。かなりざっくりだが。 制作者の意図どおり進行していると見受けられる。奇異の目、噂の仕方、また、静香の会社の不渡りなど、かなり極端に描いているとは思うが、そのように強調して、標的の視聴者の中高生に現実のひとつの形態を見せつけようとしているのは間違いない。それにより、14才、もしくは中高生の妊娠、出産というものが現実にどういった事態をもたらすか、それを今回も、未希や未希の家族、智志の家族を通して描いている。 出産するかしないかはどちらでも良い話だろう。現実がどのような状態になるのかを言いたいのだから。 やはり、気を付けなければいけないのは、これは前回の繰り返しにもなるが、単純に避妊すれば良いという話にならないかということ。これは制作者の意識が大きくものを言う。また、受け手側が避妊すれば良いんじゃん♪と安易に受け取らないかということ。現実的にこうしたことが懸念されるため、その与える影響の大きさ故、この物語において、制作者の責任は大きいと言わざるを得ない。良くも悪くも、物語の最後までなにをどう語り尽くすかにかかっている。そうでもなければ、性と生、命の物語を語ったことにはなるまい。幼くして、性欲に溺れたような子供たちをさらに量産したところでそこに創造性はあるのか?命は創造物そのものだ。そこに至る過程。性と生と命の重みを噛みしめるにはどのような方法が良いのだろうか。 無論、この作品は悪戯に子供の性意識を刺激しようと作られたわけではない。制作者が語るように現実に14才で毎年、出産例が500件くらいあるということ。妊娠中絶した例はそれよりも多いだろうし、性体験数はさらに多いだろう。それら性の低年齢化はなにを意味するのか?一方、社会事情もあるが、結婚していてもセックスレスの問題があり、少子化の問題がはるか以前から発生している。不思議だね。欲に溺れる年齢が低くなって、種の保存の意識、能力が低下しているということか?これは民族、ひいては人類の衰退に繋がる問題とも言える。少し脱線したが、現実の14才の出産、性事情を踏まえて作られたのがこの物語、このドラマだということ。 未希や未希の家族が現実離れしているんじゃない、ドラマが現実を追いかけているんだ。まずはこの現実を認めることから始めなければ、我々日本人がなにをどう目指すべきなのか?それが見えてくることはないだろう。試行錯誤の連続。その試行錯誤にさえ入っていないのが現実ではないだろうか。むしろ、古に言い出されたフリーセックスなる概念や、近年、肯定されつつ否定されつつあるようなジェンダーフリーなど、それらがもたらしたものはなんなのか。実は隠れているところで、大事なことに影響を及ぼしている場合がある。まるで一種の思想、宗教のようだ。 今回の話は、さすがに静香の会社が不渡りを出すまでなるとは極端だとは思ったが、そういう例もあると受け取って良いのだろう。現実に身近なところで、社長の息子が高校生で多数の連続婦女暴行事件を起こしたが、会社にはなにも影響も見られなかったという事件があったこともある。被害者に金を積んで示談に持ち込んだとか、メディアが何故かなかなか取り上げないなど、いろいろ噂が流れたものだ。まあ、それは良い。 未希は14才の等身大の無知でなんの知識、見識、常識のないまま、ものごとに挑んで行かせているのが良いと思う。それが現実の14才の姿、と言う意味で。意志の強さは見上げたものだが。また、加奈子や忠彦も今回の事態に直面した家族の姿のひとつということなのだろう。実際、本当に自分たちの娘が14才で妊娠した、などといったら、どういう騒ぎ方、対処の仕方をするようになるかなど、起こってみなければわからないだろう。特にまったく想像したことがないのならば、どう対処して良いかなどまったくわからないはず。とりあえず落ち着け、と自分に言い聞かせるぐらいだろう。そう忠彦のように。 波多野は智志を追い詰めようとしているが、同時にそんな呑気な日本の子供を嫌悪している様子。元戦場カメラマンならでは、とも言える。だが、波多野は勘違いをしている。海外にいたからといって、逃れられる問題ではない。つまるところ、子供は社会の鏡だということだ。波多野や、加奈子、忠彦、静香、その他の大人たちすべてひっくるめて、日本の大人たちが作った社会を反映しているのが今の子供たちの姿だということ。波多野はメディアの端くれだからといって、その大人たちの仲間から逃れられることは出来ない。他のメディアも同様。場合によっては、その影響の大きさから、自らミスリードすることもあり得る。責任の所在を明らかにする必要がある場合もあるだろう。だが、それは個別に詳細に追っていかなければわからないこと。まずは、ざっくりとしたくくりではあるが、子供は社会の鏡であると認識することからだ。普通は親の鏡と言うが、ひとつの家族の問題ではない。また、一世代で様変わりしたわけでもない。徐々に少しづつ変わってきたから変化がわかり難いだけだ。といって、見過ごしては悪くなる一方。繰り返しになるが、まずは子は社会の鏡として、どういう世の中を目指して作っていくべきか、大人自身が行動することだ。その大人の背中を子供はしっかり見ている、もしくは、見せ付けることになるだろう。そして、社会の中枢を担う世代はいずれ、子供だった彼らが担うことになる。その時を楽しみに。今すべきことを。 ということで、次回へ。智志よ、大人の事情でいろいろ振り回されることが多いが、自分の人生を諦めることのないよう。お前さんの目には未希の姿、姿勢が焼きついているはずだ。これからを楽しみにしている。 とか、考えてみちゃった^^; =========================================== ☆Shopping in minnadesiawase☆ Update H18.10.30!! ------------------------------------------- ☆毎日の暮らしを彩るもの☆ =========================================== お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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