幼幻記 20 ホットカルピスの味


~『幼幻記』 20 ~
●ホットカルピスの味



第999回 2007年12月20日

~『幼幻記』 20 ~●ホットカルピスの味



 あれは昭和44年、中学2年生の3学期のことだった。
 米沢の冬は雪におおわれ、寒さも半端ではなかった。
 私は扁桃腺を腫らして高熱もあり、夜に自宅のトイレで倒れたことがあった。
 
 学校を休んで3日目のことだった。
 夜に同じ班の仲間たち5人がお見舞いに来てくれた。
 
 部活が終ってから夜の雪道を歩いてきた仲間たち。
寒さで顔を真っ赤にしていた。
私が二階の自分の部屋から降りてくると、みんなは茶の間の炬燵(こたつ)を囲んでいた。
 プロパンガスのストーブが真っ赤に熱を放していた。
 
 祖母のフミはみんなに私の病状を話していた。
 私が来ると席を立ち、台所に行った。
 
 みんなは一人ひとり
「だいじょうぶ?」
「熱はまだ下がらないか?」
「便所で倒れて怪我はなかったか?」
 と、訊いてきた。
「大丈夫だ。
おしっこをしているうちに目の前が真っ暗になって倒れてしまった。
気が付いたら茶の間に寝せられていて、体中が汗でびっしょりだった」
 そう答えた。
 
 みんなはたいへんだったね、と、顔をクチャクチャにして私に同情をしてくれた。
 その中で一人だけ、班長のMちゃんは無言でいっさい話をしなかった。
ただ茶の間に飾ってある母の遺影をジッと見ていた。
 Mちゃんは大人しい私にいつも喝を入れていた。
私はこんなに大人しいMちゃんは初めてだった。

 祖母は大きなお盆に湯気を立たせたコーヒーカップを載せて茶の間に入って来た。

「さあ、さあ、体を温かくしなさい」
 と、一人ひとりにコーヒーカップを渡していった。
 
 カップからは湯気と一緒に甘酸っぱい臭いがした。
 
「わーっ、美味しい!!」
 と、女の子の誰かが言った。
「美味しいね!」
 と、Mちゃんが念を押すように言った。

「カルピスだよ!
カルピスは酸っぱいだろう?」
 祖母が言った。
 Mちゃんは両手を温めるようにカップを持って頷いた。
「カルピスは初恋の味だ……って!?」
 と、祖母が言い、すぐに笑った。
 みんな笑った。
 Mちゃんも笑った。
 
 
 大人になってからMちゃんは言った。
「おばあちゃんの作ってくれたホットカルピスの味が忘れられない。
お湯割のカルピスを飲んだのはあの時初めてだった。
 あーちゃんの写真も飾ってあった。
あの写真の笑顔もいまも覚えている」

 私はあの時からホットカルピスの味は、温かい初恋の味になっていた。


 2007年12月20日 木曜 記




 これはフイクションです。
 
(文中の敬称を略させていただきました)


~『幼幻記』 20 ~ 
●ホットカルピスの味


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