宮崎は佐藤智之ががんばっていました。第1位で通過。この写真は大分と長崎のデットヒートです。

11月3日六峰街道行ってきました。鮮やかな紅や黄の美しさが素晴らしいです。おすすめ!!


西米良へ向けて山林の続く道路を走れば涼と森林浴が満喫出来るのではとスタートした。杉安峡から少し走ったら『西米良まで1時間』の看板があった。1時間は重いよね・・・?と思ってしまった。
まっいいか!行けるところまで行こうと走り続ける。一ツ瀬ダムの機械施設のある処について坂を下りると川の上に橋が架かっていて、そこを渡って施設の方へ行けるが、この橋からの眺めがなかなか絶景である。
思わずシャッターを切った。きれいな水が蕩々と流れ木々とマッチした風景が実に美しい。心が洗われるようだ。雑事に追われて余裕のないぎすぎすした日々を送っている小生には本当に心のリフレッシュになる。

高鍋町に絶景のおすすめスポットがある。高鍋町坂本坂の上がり口から右折して山道を上がると驚きの巨像が建ち並ぶ高鍋大師がある。太平洋を望む絶景というとなかなかいいポイントがないのだが、ここは高鍋の町を一望に見下ろして太平洋まできれいに見える。
私たちは小学校の頃ここに遠足に来ていた。トンネルがあってこわごわ入って遊んだものだ。ゲジゲジに悩まされたのも懐かしい。岩岡保吉氏が彫った石像が700体ほどあるということで、私たちの小さい頃から名所として有名な処であった。
ここは持田古墳群の一角でもあるのだが、その霊を慰めるために岩岡氏が約1ヘクタールの土地を購入して、その半生をかけて数々の石仏を彫り続けこの高鍋大師ができあがった。7.8メートルはあろうかと思われる巨像が6体から7体ほどあって圧巻である。
一人でこの偉業を成し遂げたそうだが信じられない思いで像を眺める。木の像なら分かるが石造りの巨像をどうしたらこのように立派に造り上げたのかが謎である。また、じっと眺めていると像の表情が一つとして同じものが無くそれぞれが豊かな表情をしている。
像には文字も沢山刻まれていて、彫られた年号とそのときの年齢も刻まれている。赤い鳥居のある場所にある像は「昭和四十三年 岩岡弘覚 五月五日 八十才のさく」と刻まれている。『これって、めっちゃすごくね?』
高鍋大師の歴史を見てみると、昭和3年に45歳の時に佐伯から石工を呼んで石彫を学び始め制作に取りかかったようだ。そして四国八十八カ所の写し本尊霊場として完成したのが昭和8年という。次に地下参拝洞を掘り始めたのが昭和16年で5年間かけて65メートルの立派な洞窟ができあがった。
大石仏の制作年を見てみると昭和三十年代で70歳代のようで、実に高齢に向かうほどその製作意欲は昇華されていったものと思われる。昭和52年89歳で没するまで驚異的なエネルギーを持って数々の石仏を生み出していった岩岡氏には「脱帽」の一言である。
みんなが訪れる観光地ではないが、それ故にゆっくりじっくり石像を楽しめる。また、ここからの眺めも素晴らしい。是非行ってみてほしい。アクセスにちょっと迷うかもしれないがそれもまた、ミステリアスでいいと思うのであえて地図表記はしない。

先般宮日新聞にも紹介されたが、高鍋町染ヶ岡地区の橋口正和さんの畑ではひまわりが満開となり見頃となっている。また、子供たちや家族連れに楽しんで貰おうと高鍋出荷組合のメンバーが迷路をつくった。
ひまわり畑の迷路は120アールの大きい方が500メートル、80アールの小さい方が300メートルあり、迷いながらも結構楽しめそうだ。ひまわりの高さは140〜150センチほどで、大人であれば顔が出る程度である。
しかし、道路から見るとどこが入り口であるかが分からず迷路と楽しむに至らず、ひまわりを見学しただけで帰ってしまう人が多いのが残念である。わかりやすい案内板の設置を望むものである。
場所は、高鍋町の高鍋大橋を渡ると1.3キロほどすすみ、宮崎トヨタのある所から右折して坂を上りちょっと走るとすぐ左手に見えるのでわかりやすい。8月中旬までは楽しめそうである。

今日は木城町に涼を求めて行ってみた。目的地は石河内の「新しき村」。川があり山が生い繁りいかにも涼しそうである。木城の町から石河内方向へ走るとやがてくねくねの山道となる。森林の中を走っているとなんだか落ち着いてくる。いわゆる癒されるというのだろうか。
突然山が開けて美しい風景が現れる。石河内の全景がこの場所から見渡せる展望所である。真ん中に『新しき村』が見える。川、樹木、空気、空、大地すべてのものから『新しき村』守られているような構図である。
坂を下りきって右折してしばらく走ると『木城えほんの郷』入り口となり、行ってみたい衝動に駆られるが、今日の目的地は新しき村なのだ。もう少し進むと左手に橋が見えるのでその橋を渡って、この道で大丈夫だろうかと不安を感じるくらい走った頃に、近代的な建物が見えてくる。
九電のテーマパーク『ピノッQパーク』である。建設中の発電所ダムがまだ未完成のため、ここに来るまでに看板も何もなく故に観覧者も少ない。中に入ってみると、ダムの構造の説明の施設があり発電所の様子がよく分かる。ぜひ行ってみてほしい。かわいい受付嬢が笑顔で迎えてくれる。
ここから、さらに道路を進んでいくと『新しき村』に着く・・・・・と言いたいのだが。そう簡単にはいかない。相当くねくね道、坂道、狭い道を走らなければならない。坂も結構急なところがあり、車の交差も難しい。
やがて、長い間来てみたいと願っていた『日向新しき村』に着いた。入り口の「新しき村」の石碑からは砂利道になっているが、両側の樹木は大木で歴史を感じさせる。田圃の稲がそろそろ出穂期を迎えるくらいに育っている。
自宅前では松田省吾さんが、なにか作業をしておられる。忙しそうなので、左手にある『武者小路実篤資料館』の方向へ向かってみる。車が一台止まっておりあまり人の気配はしない。車を止めて、玄関に回ると二人の方がおられた。
アートフェローTOMO事務局の友草孝一さんと女性の方は新しき村の松田夫人のヤイ子さんと紹介していただいた。現在、新しき村を書いた作品の絵画展を開催しておられて見学させて貰った。また、ヤイ子さんとも初対面であったが、ゆったりした時間の中でいろいろな世間話をさせて貰った。
この資料館は武者小路実篤氏の作品や歴代発行してきた機関誌などが展示されており、実に貴重な展示物が実に無造作に展示してある。また、実篤がヨーロッパに行ったときに買ったロダンの作品が2点鴨居に掛けてあり、えっ、ウソー、ほんとに〜?とにわかに信じられない感じだが、本当だそうだ。
木城町石河内に行って来るというと、「えっ石河内?」と言う返事が返ってくるほど、石河内は簡単には行ける所ではない。でも、行ってみて悪くない。何かがある!「癒され、落ち着き、満足する」
ゆったりした時間が流れ、美しい空気のなかで本当に大切なものは何かを教えてくれているようである。100年に一度の大不況を迎えた地球では、大地に根ざした生き様や農業が見直されてきている。一歩一歩大地に足を踏ん張って根をおろす生き方を考えてみよう。