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miraipjの日記 [全477件]
宮城県石巻市には、あの大震災を受けながら受験生の祈願で有名な「落ちそうで落ちない石」が”落ちなかった”そうでますます人気になっているという。ミニブログ「ツイッター」のつぶやきで広がり、訪れる人々が増えているらしい。 石巻市の中心部から車で30分あまりで着くその場所は釣石神社という。神社のある越波地区は北上川を逆流した津波に襲われ、76戸のうち73戸が流された。濁流は神社の境内を表土ごとえぐり、社務所や大鳥居ものみ込んだ。 水が引いた数日後、住民が見に行くと、巨石は震災前と変わらぬ姿を保ち、受験生が掛けた絵馬も流されていなかった。地震で石灯籠などは倒れ、巨石のすぐ下まで波が迫った跡があった。 “落ちない石”耐えた 石巻・釣石神社 落ちない石! 落ちそうで落ちない・・・釣石神社
本日の宮日の第2面に東国原元知事の退任の理由を取り上げていた。タイトルは『知事退任理由は口蹄疫』。4月17日にそのまんま日記で元知事が記述していたとある。この宮日の記事を読むと退任時には本当のことを言わず、今になって退任の本当の理由は『口蹄疫』だったと公表したみたいな表現に読み取れる。 しかし、元知事のブログでは 「このことはこれまで記者会見やインタビュー等で何度も説明して来たことであるが、一期で辞任した理由の一つに「責任」ということがある。」 という表現で理由のひとつとはっきり書いてある。この日のブログは東日本大震災の危機的状況において、今特に責任の取り方が取りざたされている時期であるので、自分としても一期で知事を辞めた理由について今まで何度も聞かれて、『その理由の一つとして』、今こそ一番いい機会なので口蹄疫の大きな被害が出たことの責任の取り方を書いたのだと思う。 元知事としては、辞任時にそれを言うには憚られる理由があってのことだろう。「職員に責任を取らせるわけにはいかない」といっても理由がはっきりせず、更に議論を呼ぶことになるということもあったろう。 もう一つ疑問に思っていることがあるのが『知事の動き』である。在任中にあれだけ全国を飛び回った東国原元知事の知事の動きが3~4行しかないことが多かった。それに比べて今の河野知事は十数行に渡って紹介されている。 おかしいなあと思いながら新聞を読んだものだ。公共性の高い新聞で意図するものがあってはならないと考えるが、ちょっと疑問に思い今日はつぶやいてみた。
田中好子さんの若すぎる病死が毎日のように報道され、葬儀の模様が長時間にわたって放映されたのは一昨日のことだったが、奇しくも同じ姓の田中実さんが首吊り自殺で亡くなったとニュースで知った。44歳であった。 借金があったわけでもなく、人間関係でも特段もめていたという話も無いそうで原因がまったくわからないとのことである。8年前にも古尾谷雅人さんが同じく亡くなっているのだが、同年代の45歳であったという。 私も親しい友人を8年前に自殺で亡くしてるが、みんなから慕われて人望のあるすばらしい人であった。友人の死を知った時の衝撃は本当に今も忘れない。鬱状態となり人が変わったようになっていたという話は聞いていて、何で相談してくれなかったのかが悔やまれてならなかった。 自分にできることは無かったか?もっと交流を密にしていれば!どうしてどうして!と何年にもわたって立ち直れなかった。身近な人の自殺というのは家族をはじめ周囲の人たちまで深く傷ついてしまう。 親しい人にそのような兆しを感じたら、役に立てる自分でありたいと思うこの頃である。
川南町長選、町議選入り乱れての選挙合戦も最終日となった。町長選は4人が立候補して必死の呼びかけや運動を繰り広げてきたが、私が特に注目させられたのが日高昭彦候補の挨拶作戦である。選挙戦スタート前からJA尾鈴入口のトロントロン交差点で毎日のように頭を下げる日高候補の姿を見ていた。 また、告示日以降は選挙事務所の前に数人の人たちが並んで道行く車にいっせいに頭を下げるのである。この作戦は以前にどなたかがやっておられたのかもしれないが、私にとっては本当に斬新であった。人と人の繋がりを第一に訴える日高候補ならではの作戦であろうが、オレンジ色のユニフォームと合わせて、何か暖かいものを感じた。 現職有利が最後まで言われる情勢の中で、内野宮陣営に安泰ムードが流れてしまえばひょっとしてひょっとするかもしれない。口蹄疫からの復興を現体制でじっくりやっていくのがいいのか?、新体制の思い切った改革で乗り切るのがいいのか?町民はどう判断するだろう。 また、町議選は13人の定員に対して14人が立候補して一人が落ちるということになるが、通浜から3人が立候補している点でここが一番の注目であろう。以前にも同じ状況が何回もあったがやはり一人は落選している。 自分の町の行政をまかせる町長、町議を自分の一票で決める重要な投票日が明日に迫った。清き一票を自分の信じる候補に必ず投じよう。
統一地方選の第2弾として市長選、市議選が始まったが、町長、町議は19日が告示となる。川南町では3月16日に町長選立候補者4人による公開討論会が開かれた。現職の内野宮正英氏に挑戦するのは日高昭彦氏(51歳)、今井伸二氏、湯地和夫氏の面々である。 司会を務めたのは宮崎大学教育文化学部の準教授である根岸裕孝氏であった。混乱を避けるためか、傍聴者の質問は受け付けない形で進められた。質問項目は1口蹄疫からの復興,2産業振興、3行財政改革、4教育、5福祉、6文化・スポーツ関連の6つのあった。 口蹄疫という未曾有の災害からの復興をどうしていくかというのが、全員の一番目に取り組む政策であろうが、日高氏は今後は絶対に発生させない、そのためには消毒の徹底だがよりコストのかからない消毒を追及する。また、防災訓練をやっていく。 内野宮氏は今年は税収8000万円の減となる。それを踏まえた行政を行う。また、徹底した防疫に努める。今井氏はここまで被害が拡大したのは初動のミスである。発生時のより早い対応を心がけたい。また、義捐金の使い方が不明である点も町民にわかる形で公表したい。 湯地氏は川南町は農業漁業をはじめとする第一次産業が主な産業なのだから、これの活性化に努めたい。また、マネジメントシステムを導入してスムーズに行政を進めたい。と言っていた。 それ以外の質問項目についても、それぞれ自分の持論を発表していたが総合すると日高氏は「平田川をきれいにする会」「四季を食べる会」を地元の人たちとスタートの時点から始めて、大きな活動となった。地元の人たちとしっかり話し合い、協力して全てのことを進めていく行政をやって行きたいと人と人の繋がりの大切さを強調していた。 内野宮氏は町債を80億円から67億円に減らし、町の貯蓄を10億から23億に増やした。また、福祉の面では保健士を3名から7名に増やしたことによって住民サービスが大幅に向上している。また、灌漑事業によって水がいつでも使えるようになる。水は命である。と実績に基づいた行政をしっかりとやっていくと言っていた。 今井氏は主幹産業の農業を振興して、ブランドの確立、循環型の農業などを進めていく。また、町長公用車は無駄であるので廃止する。観光面では川南駅を整備して「日本一海に近い駅」として売り出したいとのことであった。 湯地氏は農業を主産業としてマネジメントシステムを導入して、スムーズな行政運営をしたい。また、自治会活動を活性化して老人から子供まで参加するようにしたい。そして、優秀な指導者を外部からでもどんどん呼んできて指導をしてもらう。若者の入ってくる町、老人の元気な町にしたいと。 選挙の下馬評は現職有利で対抗馬としては日高氏を上げる人が多い。そして、三番手に今井氏が続き、湯地氏は出馬表明が遅れたことと町内での知名度が低いことがあり、遅れをとっているようである。 公開討論会の印象では日高氏の若さと地域密着の姿勢が好感が持てて、変革を期待する有権者は、日高氏を支持するだろう。しかし、口蹄疫からの復興を目指す町政を執行することを最優先にするなら、大きな変革をすることは無理がありそうにも思える。 ある選挙通の話では「若者は無関心層が多く投票に行かない人が多かろうが30代~50代は日高、高齢者層は内野宮氏の支持層が多い」と言う。二人の戦いのように言われるが今井氏、湯地氏の得票によって大きく影響するのも選挙の恐ろしさである。
3月11日の東日本大震災の恐怖の津波を流されながら撮影した映像や逃げ惑う車の状況などを伝えた動画を今日はリンクしてみた。今後あってはならない事実を被災しなかった私たちこそが、忘れてはならない。 津波 車が飲まれるー! 逃げ回る車 東北地方太平洋沖地震 東日本大震災 千葉・旭市で車載カメラが津波にとらえる 【東北地方太平洋沖地震】南相馬市 津波映像 【東日本大震災】各地の津波発生時の映像 現地の方が決死の思いで撮影した津波が来る瞬間の映像 【岩手・大船渡】 【東日本大震災】【津波】今迄見た中で一番衝撃的な大津波の映像 |一覧| |