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テレビ番組の観覧に当選したのは、初めて。たぶん。 収録は2011年11月15日。放送は2011年12月18日。約1か月前。 整理番号50~100の間の●●番。 建物外できちんと並ぶようアナウンスされる。 番組スタッフの方達が一人一人整理番号と名前を確認し 渡されたシールを胸に貼るよう言われる。列のまま建物内へ。 大きな一室の端、コの字型に置かれたテーブルの上に荷物を置き (私は貴重品はポケットに入れた) 再び下に降り階段下からずらっと整理番号順2列で並んでスタンバイ。寒い。 整列したまま必要な人はトイレへと順に誘導される。 近くに並んでいた明らかに毛色が違う若い子にスタッフが話しかけ先に連れて行く。 シールを回収され全員歩いて順番にスタジオ内に入場。 でも好きな位置へ急いで散って行くことはできない。 「勝手にあちこち行かないで。こっちへ。」と冷静に指図される。 ステージ正面は既に5列位になっていたので前から3列目向かって左端の方へ。 拍手や歓声の練習。しばし待つ。登場。 宮沢さんは薄茶のサングラス柄シャツとジーンズ。 緊張の中「トッチー!」と男性の声援になごむ。 曲 【風になりたい】 【暁月夜】 【赤春】 【島唄】 宮沢さんのMCまとめ 「この番組見たことがあって。面白いですよね。 テレビなのにライブみたいで。出たいと思っていたから嬉しい。 緊張するんですよ。芸能人が近くで見ているので。 ライブっていいな。生きてるナマって意味だから。 今年は色々あったけどありがとう。来年もよろしく。」 メンバーとゲストは一度はけてステージ斜め後ろの椅子席へ。 遠く見えないので何台かある内の近くの大きなモニターを見る。 つるのさん 「初めて買ったCDがアピースタイムブーム。 思春期に白紙に白い色鉛筆で文字を書く (↑メモに書いてあるがなんのこっちゃ覚えてない)。」 それに対して宮沢さん 「もうやれないかもと思いサラバを最後の曲にした。」 高橋さん 「つるのさんと同い年。バンドやってた。 島唄が好き。 付き合ってる彼女にこういう歌書いてよって言われたけど無理やろ~。」 宮沢さんの冬の一曲 坂本龍一さんのセンメリ。 「学校でご飯の時放送室に走って行ってYMOと知った。ハマった。 好きな武さんと坂本さんが出る映画すごい。 中村雅俊さんのレコードとギター買った。 冬ホコ天で手が寒かった。30分を4回位。 休憩時間はその場に座ってお客さんと話したり。」 メンバーの話よりゲストの話が多過ぎるのが不自然。 つるのさん 「この頃(ホコ天)からのファンっているんですか?」観客挙手。は~い 「希望は、一緒に【風になりたい】を歌いたい。 自分主催のイベントに来て頂いて凄く嬉しかった。」 最後 高橋さん 「ライブ中、目合いましたよね。」 つるのさんと二人で「僕だ、いや、僕だ。」 印象 つるのさん「まじブームファン」(MCUさんといい勝負?) …今までただのおばかタレントだと軽視していたが 真面目で熱い男なのだと思った。ちょっと見直した。 高橋さん「まじ太鼓持ち」 …当たり障りない上っ面ばっかり。 まるでまったく一切ファンだとは思えなかった。何で呼ばれたの? 今までフツー(頑張ってるなぁとどちらかと言えば好印象)の存在だったけど、 今日で嫌いになった。嘘がわかるのだ。 感想 緊張した。 TV番組だから盛り上げなきゃと頑張っちゃったのが 自分のことながら客観的に見ると嘘くさくて (最初に、拍手や手拍子は肩から上に肘を上げて、とか言われるから。) 最初は冷めていたけど、メンバーが登場するともう、ライブ、になった。 発売前の【赤春】が初めて聞けて感動した。 【島唄】【風になりたい】は名刺代わりになってしまっているのが残念。 もっと冒険してほしい。だって他にもたくさん良い曲あるもの。 こんな時に【からたち野道】とか【シンカヌチャー】とか やっても良かったんじゃないかねぇ。 整理番号順を貫いているのが良かった。 良いライブを、と願う番組スタッフさん達の心が気持ち良かった。 しかもほめ上手。 番組放送ではいつも「アンコールで○○を演奏した。」と言っているけど、 アンコールは無い。ライブ全曲→椅子でトーク→終わり。 あっけなくて、待ち時間が長かっただけに「もう?」って感じだった。 貴重な体験に感謝。
MIYAZAWA-SICKのライブを見るのは2005年12月3日の さいたまスーパーアリーナでのWhite band fes.以来。 2006年4月26日のSHIBUYA-AXで初めてGANGA ZUMBAへの改名発表を聞き ガンバズンバと聞き間違え、数日後、間違いに気付き。 GANGA ZUMBAを見た最新ライブは2008年12月30日のC.C.Lemonホール。 (ガンバ・ズンバじゃなくガンガ・ズンバね♪) おととい3日は代官山UNITで、今日5日は代々木公園のFESTIVAL BRASILで、 MIYAZAWA-SICK名義での約5年ぶりのライブ。 (FES.BRASILの公式HPではMIYAZAWA-SICKとも書かれておらず宮沢和史名義であったため UNITライブを見るまではてっきりソロで弾き語りをするのだと思っていた。) スザーノさんと高野さんが参加できないからGANGA ZUMBAではなくMIYAZAWA-SICKなのだろうか。 でもスザーノさんはGANGA ZUMBAライブでもいないことが度々あったし、 高野さんが参加できないからMIYAZAWA-SICK名義にした?いや、それもおかしい。 MIYAZAWA-SICKにはいつも高野さんがいてくれた。 GANGA ZUMBAへの改名発表をした時、宮沢さんはその理由を 「僕のサポートバンドではなく一つのバンドとして船出をしたい。」と言っていたから、 今回のこの2本のライブは宮沢さんのサポートバンドとしての位置づけなのだろうか。 わざわざリオからやって来たフェルナンドさん。 来日を依頼する時はGANGA ZUMBAではなくMIYAZAWA-SICKである理由をちゃんと説明したんだろうな。 観客としてもその理由を聞きたい。が、汲み取ってね☆ってことか。 UNITのメンバーは宮沢さん、クラウディアさん、宮川さん、今福さん、tatsuさん、土屋さん、フェルナンドさん、ルイスさん、町田さんの9人。 FES.BRASILのメンバーは宮沢さん、クラウディアさん、伊藤さん、今福さん、tatsuさん、土屋さん、フェルナンドさん、ルイスさん、町田さん。 そしてアンコールではサンバ隊の羽の間にさりげなーく高野さんが登場していた。 高野さん、駆けつけてくれたのね。 高野さんのいるMIYAZAWA-SICKが見たかったってのが本音。 UNITもFES.BRASILも序盤はMIYAZAWAのアルバムからの曲達。 ダンっと演奏が始まった瞬間、2003年初ポーランド・ワルシャワでのライブの瞬間に感じた気持ちが思い出され、体が硬直してしまった。 あの緊張と安堵と笑顔と涙。 安堵も笑顔もあるはずなのに硬直してしまったのは、まず緊張を思い出してしまったせいだ。 空港でMIYAZAWA-SICKの到着を待っていた時の緊張、 ライブ会場まで無事にたどり着けるか心配の緊張、 ライブが始まるまでの緊張。 徐々に緊張がほぐれグルーヴに飲み込まれて行く。この高揚感久ぶりだ。 今日の宮沢さんはいつにも増してなんだかイケイケな感じ。煽られる。 キャパの少ない会場、後ろの入口に近い場所からでもステージが近い。 見てるけど見られてる。会場中の一人一人を見つめながら歌っているように思えた。 視線がぐさっと刺さる。肩を持って揺さぶられている気がする。 おまえは力一杯生きているか? おまえは精一杯頑張ってるか?って。 恐怖心や不安感を押し殺し前へ前へと突き進んでいる宮沢さんの前では、完敗です。 私はだめな人間です。ちょっとやそっと頑張ったくらいじゃ全然追いつけないよ。 そう思ったら泣けてきた。悔しい。 これだ!MIYAZAWA-SICK、GANGA ZUMBAのライブのいいところ。 ケツ叩かれて凹んでも、頑張ろーって思わせてくれるところ。 本当に本当に良いライブだった。
亀の甲羅の中は空洞だと判明。 思いっきり歯を立てたらパリンと割れたそう。 そうか~そうだよな~。 そうじゃないとさすがに食べにくいもんな~。 納得!
ET? ![]() ではなく 亀である。 そして、チョコレートである。 ![]() スイートプラザという店が販売しているZOOLOGYシリーズのゾウガメ。 ソニプラで購入。 足のごつごつとか超リアル。 ![]() バレンタインという悪しき習慣を憎んでさえもいたのだがあまりにの可愛さに購入。 私はチョコは食べないので鷹にあげると2週間の間冷蔵庫内に放置されていましたが 今日突然思い出したようで(きっと飢えたのだろう)冷蔵庫から持ってきた。 どうやって食べるか見ていると、まず頭(うへぇ…)、そして首、それから四肢。 残酷。 残ったのはゴロンとした甲羅部分。歯も立たない。 黙って見ていると、包まれていた紙でくるみ箱に入れ、また冷蔵庫にしまっていた。 この甲羅が無くなる日は来るのであろうか。
夜21時、あぁ冬だなぁと思ったら無性にタツが食べたくなった。 閉店時間が近いスーパーで50円引きになったマダラのタツ1パック620円。 ![]() (グロイので写真小さめ) たっぷりの削り節で取ったダシの中で煮て ![]() 味噌汁! ![]() ふわふわで、とろとろで、うまーい♪ 今日は時間が無かったから諦めたけど、次は一番好きな食べ方、天ぷらにしよう。 (※タツ=タラの白子)
なんだか気がせいて仕方ないのは年賀状を書かねばならぬという強迫観念によるものだ。 スーパーで売られている絵付き年賀状を覗き見たら来年は寅年のようである。 トラかぁ~。前回はどんな年賀状にしたんだっけ…。 歩きながら考えていて急に思い出したのだ。はっきりと。 12年前と言えば1997年。私はOLで冬休み実家に帰省していた。 トラの足形をイメージし実家の台所でおもむろに猫のソラをとっ捕まえて 用意していた赤い絵の具をソラのぷにぷにの肉球に塗りたくり、 試し押しもせずに年賀状に押しつけた。 が、思っていたような綺麗なネコ科の足形はきれいに描けなかったのである。 2~3枚トライしたが結果は同じ。 その間ソラはものすごく嫌がって暴れるし、暴れると服に絵の具が付くし、 かといって手を離すと床じゅう足跡だらけになっちゃうし、もうめちゃくちゃ。 まだ6歳だったソラ。相当パワフルであった。 こりゃだめだわと諦めて絵の具を塗ったソラの足を洗い、解放した。 ソラはしばらくぷんぷんと怒っていた。 仕方なく残りの数十枚はソラ足判子を見本に手書きすることに。 けれど最初の2~3枚は生のソラ足判子のままで出したはず。 見たいなぁ。どんな足形だったのか。 12年も前のことだし、誰に出したかも覚えていないから叶わないだろうけど。 おっと、思い出に耽っていないで今年の年賀状考えなくちゃ。 壊れたPCを今年新しく買い換えたので今まで使っていたはがきソフトが無くなってしまった。 調べると、ワードとエクセルで作成できるようである。 ほっとしたのは束の間、住所録から入力しなければいけない。 元旦に届くには25日までに投函しなければいけないんだっけ? 25日………げっ!クリスマスもあるのだ。 ポーランドに出すクリスマスカードも書かなければ! これは少なくとも1週間前に投函しないと。 ポーランド語調べなきゃいけないからこっちの方が大変。 あわわわ。ますます気がせいてきた。
My Sweet Homeツアー初日のかつしかシンフォニーヒルズ以来3ヶ月ぶりのTHE BOOMのライブ。昨晩、C.C.Lemonホールでのツアーファイナルに行って来た。 席につき舞台上のスクリーンに映し出される昔の姿を見ていたら「このライブが終わっちゃうのが悲しい!」と、妙な気持ちに包まれた。まだライブが始まってもいないのに。一曲終わるごとに「あと何曲あと何分この世界にいられる?」と、どんどん寂しくなっていく。遅れると言っていたなかなか来ない連れも気になる。「こんなんじゃいかーん!」と気持ちを切り替え。 【数えきれない人の中で】【真夏の奇跡】。歌の中で奇跡という言葉に心が反応する。私にとってTHE BOOMと出会えた奇跡。本当に奇跡だと思う。 20年前の当時、本当にたくさんのバンドがあった。毎号音楽雑誌を買い、新しく出た歌手があれば、店から、親戚から、友達から、時には友達の友達からも音源を借りてテープに録音しむさぼるように聴いていた。チェッカーズ、レベッカ、尾崎から始まり、米米、バービー、レッズ、ラフィン、プリプリ、ユニコーン、ブルハー、ゴーバンズ、レピッシュ、アンジー、有頂天とかまで他ありとあらゆる。コンサートにも行ける限り行っていた。地方だからそうそう機会はなかったけれどロックシティーカーニバルという色んなバンドが出演するイベントが地方でも行われていた。(ちなみに私が最後に買ったレコードも最初に買ったCDもユニコーンであった。) それらのたくさんのバンドの中で私のど真ん中に入って来たのはTHE BOOMだけだった。他バンド目当てで借りたDaysビデオでまもなくデビューというTHE BOOMを見てドスンと来た。A Peace Time Boomを買って、【虹が出たなら】でドキュンと打ち落とされた。不意打ちだった。 もちろん、20年間メンバーが変わることもなく、活動休止期間に誰かが荒んでしまったりすることもなく、容姿も衰えずと言うかますます若く、技術も磨かれ続けているのは奇跡とも言えるかもしれないが、メンバーが基本真面目でやはり音楽が一番好きTHE BOOMが大事という気持ちが揺るがなかったからであろう。無意識にそういう「このバンドは絶対に裏切らない。」ということを感じたからこそ好きになったのかもしれない。 ライブ中、この20年間で一番嬉しかったことはなんだろうと考えていた。 それは宮沢さんをワルシャワの空港で迎えた時。 ずっと小指の爪程の大きさでしか見ることができなかったのに、初めて間近で本当に実在する人間だったんだと知った。いつも遠すぎて幻のように思えていたから。 C.C.Lemonホールライブで本編最後の【島唄】の時、ワルシャワの3スタジオで聴いた【島唄】とシンクロしてドキドキが止まらなくなった。あの時も黒いTシャツを着て三線を掲げていたのだ。MIYAZAWA-SICK BANDではあったけれど【島唄】はTHE BOOMのものであると思っている。ポーランド人と日本語、島唄、三線。ポーランド学生達が歌う笑顔。奇跡の時間だった。それまで【島唄】はメディアで聞かされ過ぎて食傷してたけど、この時からかけがえのない曲になった。“二十一世紀の音霊”のポーランド編の最後のナレーションで「もしかすると人は皆、自分だけの島唄を心の中に持っているのかもしれない。」と語られている。まさに。 宮沢さんも言っていた「一時、この曲を歌いたくない。」と思っていたと。「でもいつか自分のカタチが無くなってもこの曲が歌い継がれて行ってほしい。」私も心からそう思った。そして、そうなるだろうと確信している。カタチが無くなるなんてこと考えたくないけれど!いつまでも宮沢さん自身のカタチで宮沢さんの喉から伝えて行ってほしい。 だから、本当に無茶してほしくないのです。前日に沖縄ライブからとんぼ返りしたとか。気づかぬ疲れが相当たまってたんじゃなかろうか。アンコールの【不思議なパワー】でステージからまるでジャンプのように落ちてしまった時、バンドは動揺しながらも様子を観察し機転を利かせ間奏を少しだけ長引かせ(たような?)、タイミング良く平気に歌い続けた宮沢さん。客を冷めさせたくなかったんだろうと思う。遠目からはステージから客席に飛び降りただけのように見えたかもしれない。でも私はその瞬間息が止まった。手拍子もできなくなった。2階の端前から見ていても悶絶してかなり痛さを我慢しているように見えた。歌い続けるプロ根性に涙が出た。この暖かく盛り上がった雰囲気を壊したくないから痛さを我慢して無理して続行したんじゃないだろうか。前方で見て様子をわかってるお客さんも宮沢さんの気持を汲んでライブの雰囲気を保ち続けた。その一体感はすごかった。 二度目のアンコールで出てきた時「いやいや、僕のことは心配しないでいいですから。」みたいなことを冗談交じりに話していたけれど、冗談じゃなくマジでマジで心配です。無理しないで、その場で中断しても良かったんです。宮沢さんが、THE BOOMが、そうしたくなかったから こそ の演奏だったとわかっていて書いてます。 でも。 THE BOOMは長生きしてくれなきゃ困るんです。 THE BOOMは私の生きがいなのです。 ファンみんなの気持ちだと思う。 20周年ファイナルライブ(沖縄でのスペシャルライブは来週あるけれど)で、私の目標がみつかった。私はTHE BOOMより先に死ぬ。終わる瞬間は見たくない。THE BOOMにはずっとずっとずーっと長生きしてほしい。30周年、40周年、50周年、ってね。後期はもちろんオールシッティングで。 腰と足、ちゃんと検査して養生してください。 来ない来ないと気を揉んでいた連れは、二度目のアンコール最後の最後【My Sweet Home】の直前にようやく登場したのであった。チケット代を請求するのに気が引けたが仕方ないよね。 「一曲6000円!」。忘れられない貴重な一曲になったことでしょう。
お土産整理。 ハチミツとか、フシャン(西洋わさびの瓶詰)とか。 友達に頼まれたハウバ(エネルギーバーみたいな甘いお菓子)。 ![]() スパイス多種とゼリーやプリンの素とイースト菌、ゼラチン。 カカオ90%のチョコレート。 ![]() スープ11種類(一袋3人前)。 ![]() 因縁のボレスワビェツ食器達をご紹介。 真ん中の楕円大皿が22品の内一番高かった。色合いから餃子皿にしようと決定。 ![]() これは絶対に買う!と決めていた大型ポットと台座。 絶対に割りたくなかったので背負って帰って来たのです。 ![]() やはり割れてるものがあった…。 三品も!内、蓋つきの器の本体が二品。 割れたのが蓋の方ならまだ使えたものを。。。 蓋と本体別々に包んでいたのだけど、 それをひっくり返して重ねたのが悪かったのでしょうね。 重ねる方がおさまりが良くて割れないだろうと思ったのだけど。 ![]() ボレス製品って陶器だから割れ方が潔くなくてぼろぼろと細かく砕けるように割れちゃう。 いらいらしながら無理やり、ボンドで修正。 左上の物は本体の縁だけだったのでなんとか使えるようにした。(レンジには使えないけれど。) 右上の物は底までひびが入っていて、下の物も食器としてはもう使えない。 でも4万円もの追加料金払った貴重な品。 もったいないので、植木の鉢皿として使用中。 ![]() これはこれでかわいい。 が、悔しい。
発つ日、空港で最後に撮らなくちゃとショパンの顔を探して走り回った。 前からここだったっけ?場所変わった? 何かおかしいと思っていたら、到着した時は気付かなかったけど 空港を改装(と言うか増築)したようで以前より広くなっていた。 ![]() ここで事件が! 搭乗手続きをしたところスーツケースが重量オーバー。 約4万円もの追加料金を払うことに。。。とほほ。 これは間違いなくたんまり買ったボレス食器のせいだ。 日本から持参したプチプチ(かなり不足。もっと持って行けばよかった。)と 洋服と購入時の紙に包みスーツケース半面にぎっしり詰めたのであった。 (絶対に絶対に割りたくない大物は厳重に包んで背中のリュックに。) 最後の最後に凹み~。 ともあれ、さようなら~ポーランド。 ![]() そして、帰りのKLM機内食もおいしいのだった。 …超過料金4万円払わされたのはむかついたけど。 ![]() しかし、成田に着いて急いで飛び込んだのはラーメン屋(^^ゞ ![]()
サラバ、ウッチの日。ワルシャワへ向かう。 ガソリンスタンド隣の小さなドライブインで軽食を摂る。 『キェウバサ』と『ピエロギ』。こういう家庭料理も嬉しい。 ![]() いつもの場所にコウノトリの巣。運よく主がとまっていた。 ![]() 巣の中から別の2羽が顔を出した。両親と子供かな。 ![]() ポーランド最後の夕飯は再びワルシャワ旧市街のリネックへ。 偶然見つけた【POLKA】というかわいらしいお店。 『七面鳥のレバー』 ![]() 『スペアリブ』と『ニンジンサラダ』 ![]() トイレが超可愛い!まるでお姫様のトイレ♪ ![]() 夜の、雨の旧市街。 ![]() │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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