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嘉手苅林昌・追善公演 (音楽)楽天ブログ 【ケータイで見る】 【ログイン】
初めてのCDプロデュースが沖縄民謡の巨匠。
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rakuチン念の日記

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2009.11.23 楽天プロフィール Add to Google XML

嘉手苅林昌・追善公演

林昌さん。


「追善」という意味がイマイチ分かりませんが、先週の金曜日20日に林昌さんの町コザで(現沖縄市)で10回忌を偲ぶコンサートがありました。

プロデュース・知名定男。


出演者が凄い面子。


今の琉球民謡の重鎮が登場。

幕が開きはじめに林昌さんの次男、林次さんが唄う。
ますます声が似てきた。

そして知名定男さん。
普通の紹介はやめようね。その昔、ネーネーズにボブマーリィーを唄わせた人。

松田弘一さん。

大城美佐子さん。

凄いでしょ?

饒辺愛子さん。

愛子さんは僕の勝手な思い込みで伝説の人として記憶されていた。
まさかあんなに若く声が艶やかな方とは・・・失礼しました。

若手の旗手、よなは徹さん。

そして大親分の登川誠仁こと、誠小(せいぐゎー)。
幾つかなぁ。85歳は超えてるだろうなぁ。

登川誠仁さんは映画「なびぃの恋」で主演されてましたのでご存知の方も多いかもね。


登川さん、素晴らしかったぁ。

歌詞を忘れたら適当に「んふふんふふぅ~」と唄う。

唄っている最中に、あるフレーズが気に入らなかったり、気に入ったりしたらそのワンフレーズだけを何度も繰り返して唄う。
昔の傷がついたレコードみたいにね。
伴奏者のことなど無視。客は大うけ。

三線を爪弾きながらわざとピッキングのようなはじき方をして妙な音を出す。曲とは関係ない。しかも何度も。観客は大うけ。


まるで、唄う事は仕事ではなく「生きる事」。
「生きる事」とは「遊ぶこと」だぜ!と言っているかのような奔放さ。

凄いなぁ~と感じつつ、ふと思ったのは「島唄のこういう楽しさは、林昌さんが道を敷いた一人なのかも知れないなぁ~」と。

だってね、第一人者が気難しかったらこうはならないよね。


会場で友人の村上さんと伊平屋島コンサート以来に会う。

愛媛からきて、琉球民謡を日々修行している彼女。流石、やっぱりこの場に、いたなぁ。

一部が終わり休憩中に立ち話。
明日、那覇で津軽三味線の47人演奏があるんですよ!一緒に行かれませんか?と誘っていただく。
だが、21、22と早朝から22時まで仕事が入っていたので断念。

その津軽三味線の話しからeminemの話になり一方的に「エミネム聞いてみる?」と勝手にCDを聞け!といわんばかりに貸してしまった。「カーテンコール」。車に乗せてあったのでね。
村上さん御免なさい。沖縄民謡一筋だもんね、聞かなくても良いですよ。


作家、長部日出雄が監督した津軽三味線の映画「夢の祭り」と、エミネムの映画は「8マイル」。

この映画の共通点を思い出して、オススメしてしまった。

「夢の祭り」では三味線奏者の二人が村祭りのステージでお互いがオリジナルの旋律を演奏しあう。
試会う、といったほうが正確かもしれない。

ワンフレーズを三味線で弾く。
次に相手も弾く。
何度もやり合う。

そのうちにオリジナルの旋律がなくなってきた演奏者はつい誰かの旋律を弾く。
すると観客から「その音は前にどこかで聞いたもんだべ!」と突っ込まれる。
負けを自ら認めて舞台から引き下がる。

確か、戦前を舞台にした映画だったと記憶していますが「音」の文化力が東北の山村にすでにあったんだと驚いた映画でした。



そして、時間も場所も全く違うエミネムの映画「8マイルズ」。

この自伝的映画の中でエミネムは自身の役を演じます。

工場で働きながらDJとしてプロを目指すエミネム。
プロになるには大会で勝利しなければいけない、アメリカ。

日々、人の心を突き動かす「言葉」を考える。
仕事中に“これは”という言葉が見つかるとすぐに書き留める。
まさに「詩人」。
アメリカのDJ達は詩の世界を行き来しているんだと初めて知りました。

そして大会で「言魂」をぶつけあう。
誰も聞いたことが無い新しい比喩であったり、新しい表現で。
ワンフレーズずつ。
そして新しい言葉に詰まるとつい普通の、あるいはどこかで聞いた表現を行ってしまう。
即、観客から「それは聞いたことがあるぞ!」という野次が飛ぶ。

この映画を見たのは10年以上も前ですが「舐めてた。参った。アメリカのDJは凄い世界に入っている」と唸りました。

津軽三味線の話しからこの二つの映画を思い出して一方的に村上さんに貸してしまったエミネムの「カーテンコール」

昨日、彼女から「素晴らしかったです。新しい世界でした。ありがとう」とメールが来ました。
愛媛の彼女が沖縄民謡を愛してくれているのに、余計な事をしてしまったと後悔していましたが少しだけホッとしました。



林昌さんの追善公園を終え彼女にエミネムのCDを渡し、会場を後にして一般道を走り高速に乗り、降り、家に着いて時計を見るとわずか30分。

幾つかの市を超えてもこんな短時間で移動できる。

良いよねぇ~。これが地方都市の素晴らしさだと実感しました。

東京や横浜ではこんな風に時間は流れなかったなぁ~。

移動だけでえらいこと無駄な時間が掛かったもの。

良い、一日でした。



最終更新日  2009.11.23 23:08:53
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2009.11.09

『沖縄県民大会』と『女子プロレス』


県民大会行って来ました。暑かったぁ。

県民大会2

県民大会1

一昨年の「教科書から消された集団自決の記載復活」の趣旨の大会に比べて道路が空いていたので参加者が激減かと思いきやそうじゃなかった。

県民大会3

遠く離れた駐車場に停めてそこから1時間半歩いてきたという60代の方がいた。
「バスは厳しいから歩こうかなと思ってね。健康にも良いしさ」と疲れた足をさすりながら話していた。

県民大会4

僕だけではなくて恐らく皆が感じたと思うけど「会場の選択を間違ったなぁ」と思ったほど狭かった。
実行委員会は、それほど参加者が多くないと思ったんだろうね。
あるいは広い会場でスカスカだとカッコつかないと思ったのかな。

それらを吹っ飛ばすほど次々と参加者が集まって来て、「あーこれは皆、入れないよねぇ」と話す声が聞こえました。

2万1千人、との発表でした。

↓ これは会場の外。

県民大会5

県民大会6


那覇市の翁長市長は「皆さんご存知のように私は保守系の政治家です。しかし沖縄の基地問題はそれらを超えて行動しなければいけません」と発言したが凄い拍手だった。

そして演壇に立つほとんどの方が松沢神奈川県知事の発言を糾弾した。

今、アメリカに行っている神奈川県知事は向うでの記者会見で「辺野古への移設以外にない」と発言し、アメリカ側を喜ばせた。
そしてその隣りに座って「私は松沢知事のお供ですから」と相変わらず当事者意識のない「無能の男・仲井真沖縄県知事」も激しい非難にさらされていた。

彼は沖縄に帰ってきても居場所がないだろうな。

司会者の「沖縄県外から来られた皆様、お立ちいただけますか?」との声に多くの方々が立ちあがったようで、拍手と歓声を浴びていたがその時僕は会場の外を歩いていたのでその数は把握できなかった。
(会場の外にも拡声器を置いて、会場の発言を聞こえるようにしてくれていました)

県民大会

そして最後にガンバロー三唱で締めくくる。

県民大会9


終了後は「珊瑚舎スコーレ夜間中学応援チャリティー」の女子プロレスへ。

いやぁ、女子プロレス、舐めていました。
めっちゃくちゃ面白かった。
ショーとして完成されていたんです。

「おいおいどこまで行くね~ん」と突っ込みを入れたくなる場外乱闘。
トップロープの上を歩く。もちろん戦う相手が手を添えてサポートしてね。(笑)

そして美しい技、アルゼンチンバックブリーカーを見せてくれた。
アントニオ猪木の引退試合で藤波が猪木にこの技を掛けたとき実況の古館伊知郎氏が「懐かしい技です」と表現したアルゼンチンバックブリーカー。美しかった。


こんな言葉を使うのは恥ずかしいのですがほんとに「愛に満ちたチャリティー興行」でした。

女子プロレス1

期待通りに、一斗缶を持って悪役で登場するアジャコング。

そしてこのチャリティー興行をやろうと、ジャガー横田に声を掛けた沖縄在住のドレイク森松は、金属バットを持って登場するなりコーナーポストを叩き、相手をバットで突き、チェーンを首に巻きつけロープから吊るすルール無用の最悪のヒール。

試合終了後にマイクを持ち「おいっ!夜間中学のばばあども。おれはリングに立つとこうなるんだ。いつものおれじゃないんだ」と叫び、お婆さん達のもとへ行くと、泣きながら何人ものお婆さんを抱いていた姿は堪らなく、涙が止まらなくて困った。

女子プロレス2

                  ↑ この人。ドレイク森松。

すっきりした顔している。

他の選手も良い顔していますねぇ。

11月8日。そんな一日でした。

最終更新日  2009.11.09 23:42:10
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2009.11.07

明日は『沖縄県民大会』と『女子プロレス』

明日11月8日は「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」が開催される。

こちらの新聞では連日、社会面のトップで関連記事が掲載されていて、市町村レベルでの実行委員会の立ち上げも相次いでいる。
4日までに沖縄市、宜野湾市、北谷町、北中城村、与那原町、大宜味村、浦添市、西原町で実行委員会が設立。
会場までの無料バスを提供する市町村は今帰仁村、北谷町、与那原町、大宜味村、沖縄市、北中城村。

美しい辺野古の海に泥を流し、セメントを流し埋め立てることもやむなしと考える人が大勢いる現実。


突然出てきた嘉手納統合案に嘉手納の住民は大反対している。
「今でさえ我慢の限界の騒音なのに、さらに基地を押し付ける気か」と。

すでに基地があり時間がかからないという理由なら、自民党の政治家が日本各地に作った飛行場がやまほどあるじゃないか。
日本航空が撤退したら使われない飛行場が沢山あるじゃないか。
そこ使えば良いじゃない。

民主党に期待して投票したんだよね。

佐藤学沖縄国際大学教授は「衆院選で沖縄の4選挙区で県外移設を訴える候補者が当選した事で民意がはっきりと示されたにもかかわらず、県民大会が必要とされる不公平な状況を認識しないといけない。なぜ沖縄だけ、民意のハードルを上げられる必要があるのか。」と。(沖縄の選挙区は4つ。つまり全てです。自民党は全選挙区で落選した。)

アメリカと対等の政治なんて少しも期待していないが「ベッドの隅でアメリカのご機嫌をチラ見する自民党方式」から「あんまり怒らせると何するかわかんないわよっ!阿部定にだってなっちゃうかもよ民主党は!」との『妄想』をアメリカに抱かせるくらいはしてほしい。

ダライ・ラマが5日、那覇で講演した。

チケット取れなかったけど新聞によると来場者との質疑応答で、米軍基地を過重負担している沖縄の現状について意見を求められて「武力は撤廃されるべきだ。ただ、アジアの情勢など世界的視野で考えたとき、一時的に受け入れる状況があることも理解する必要がある」と慎重に答えたそうだ。

14世が徒歩でインドに亡命してからおよそ60年かな。
沖縄も戦後に基地を抱えて60年。
歴史そのものを生きるダライ・ラマの言う「一時的」とはスパンが長そうだなぁ。


県民大会は明日の14時から。

終わり次第16時から始まる「珊瑚舎スコーレ夜間中学応援チャリティー興行」の女子プロレス沖縄大会に行ってきます。後半の参加になるだろうけどね。

県民大会で怒りを、女子プロ大会でアジャコングに愛を見てこよう。




最終更新日  2009.11.07 23:57:15
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2009.11.03

車上緑化計画、どうしましょう!?


五月に崩壊した車上緑化計画でしたが、実は復活へ向けて進めていました。

後、数週間でほどで完全に復活するところまできていたのです。

今回は種からではなくて、自生している芝を一握り抜いて車の真ん中に置いただけでした。

暑さに非常に強い種類の芝生の種(アメリカ産)が何故か製造中止になってしまい、国内で手に入るあらゆる種類の芝生の種を試してみました。が、全てダメだったのです。

一センチほどまでは伸びるのですが、その後溶けてしまうように消えていきました。

横に拡がる種類の芝生は沖縄の暑さでも大丈夫なんですが、上に伸びていく芝と較べて車内への温度をそれほど抑えてくれませんし、なによりも美しさが物足りないのです。

そこで、ある海沿いに自生している長さが10センチほどの芝生を車上に「ぽん」と置いてみたのです。

すぐに飛んでしまうだろうと思っていましたが、意外にも根付いていきました。
そして二ヶ月ほどで全体に根を這わせてくれたのです。

完全復活したところで、このブログで報告しようと考えていたのですが三週間前にまたも崩壊してしまったのです。

芝床がもたないことが原因でした。

それを防ぐアイディアはあります。

「あること」をすればもう崩壊することはありません。



だけど、今の、何も無い、ノーマルな車がとっても快適なんですよねぇ~。。。ФФ

誰にも見られない、注目されない、指を指されない、笑われない。

これがとっても気持ち良いのです。

ドライビングはこうでなくっちゃ!と、日々走りながらつぶやいています。


なので、もう車上緑化計画は止めようと思っていましたが、友人達が許してくれません。

『もう、ノーマルな車に乗ることは許されない!』

『俺たちが許しても世間がゆるさないだろう!ܤäƤ』と。


それでも、もう僕は充分に楽しんだのでこれで終わりにしようと考えていました。


が、が、今日、何気にデジカメでこれまで撮った写真を見ていて、ある植物に目が止まりました。

「あっ!これを車上に植えたら美しいかも!」。

「これなら遠目には分からないけど芝生に負けない美しさがあるかも」と。




あ~、、、なんで思っちゃんただろう。。。

もう充分なはずなのに。。。


7月22日の近藤氏の日食ライブに日本各地から来てくれた友人達が「見たかったのにぃ。日食ライブだけではなく車も見たかったのにぃ・・・」

と、口々に嘆いていたのを時折思い出すのですが「皆、スマヌ。もう辛いのじゃ!許しておくれ!」と心の中で叫んでいたのです。


あぁ~~、またやっちゃいそうで自分が分からない。

デジカメ見なきゃよかったぁ。


最終更新日  2009.11.03 18:35:33
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2009.11.01

「拝む」小学生。


先日、母の「拝み」に同行。

拝み

お寺など四箇所を廻り、最後に我が家の最寄り駅がある首里駅近くの拝所に来ました。

ここの拝所は初めて。

家と家との間に挟まれた場所にあります。


母が拝んでいる間、僕は車で読書。





んんっ!? 



やゃゃっ!?



夢中で本を読んでいて気付くのが遅かった。


慌てて、ダッシュボードからデジカメを取り出し、電源を入れそのまま運転席からフロントガラス越しにシャッターを押した。



あぁ・・・でも、絶好のシャッタチャンスを逃しました。


下校中の小学生4人組が皆、座って母の後ろで拝んでいたのです。

4人が横一列になって手を合わせて「うーとーとー」と声に出している。

「うーとーとー」とは、仏壇や神棚に「手を合わせなさい」ということを子供言葉で「うーとーとー、しなさい」と言う。


拝む2


シャッターチャンスがずれたが、拝んでいる様子は分かるよね?

笑ったぁ。。。

一人の子供は母に「僕、大きくなったら神人(かみんちゅ)になる」と言ったそうな。

母も笑って「そうねぇ!?。その前に一杯ご飯食べて、勉強しなさいよ」と答えたそうだ。


拝む3

「生活の中に祈りがある」沖縄ならではの光景でしょうかね?

可愛いなぁ。

四人で「うーとーとー」と口ずさみながら去っていきました。

笑わせてくれて、ありがとね!!


最終更新日  2009.11.02 01:04:21
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2009.10.28

天の岩戸を吹く・報告 (遅すぎバージョン)


近藤等則・地球を吹くシリーズの「天の岩戸を吹く・伊平屋島~日食」の報告がこのブログでされていませんでしたね。

本番直前にパソコンがクラッシュしバタバタして、修理した後はHPでの報告に集中していた為に、ブログの存在さえ一時は忘れていました。

すいません。今更ですが、報告します。


日輪

本番は日食の日、7月22日でした。

この巨大な日輪の写真は前日21日です。


そして当日、日食。

日食

最大96.7パーセントでした。

この写真は最大の時ではありませんね。すいません。



そして、太陽に向けて吹く近藤氏。

img43_file.jpg

最後に、観客の皆さんです。

伊平屋島の北端、「天の岩戸と言われている」クマヤ洞窟前での演奏に多くの方々が集まってくれました。
僕らの手作り「日食メガネ」で見てくれています。


img47_file.jpg


もっと多くの写真をご覧になりたい方は「地球を吹く・伊平屋~日食」のHPをご覧下さい。

地球を吹く・伊平屋島


伊平屋島で近藤氏のライフワーク「地球を吹く」を計画した後、当然なのですが伊平屋島の歴史に関わることが集中して耳に入ってきました。

その中で最も興味を引いたことは、琉球王国初代王のお祖父さんが伊平屋の人であったという
事でした。伊平屋島は、沖縄の最北端に位置します。

初代のお祖父さんは伊平屋島を若い日に追い出されて、沖縄本島に移ります。
それから力をつけて、孫が初代の王になるのです。「尚」家。です。
初代の王は尚巴志(しょうはし)と名乗ります。

ただ、残念ながら初代の尚家は3代で終わります。

そして4代目の尚家は、薩摩に滅ばされる最後まで続くのですが、その4代目が伊平屋島の隣りにある伊是名島の人物なのでした。

この人物も若き日に伊是名島を追い出されて、沖縄本島に移動しわずか一代で、琉球王となるのです。尚円金丸です。

そして彼の子孫が琉球国の最後まで続きます。

なぜ、沖縄本島で生まれ育った人物が琉球国の王になれず、伊平屋、伊是名、の人物だったのでしょう?


「倭寇」の休憩地で大和の言葉を勉強できる環境であったために二ヶ国語(沖縄の言葉と大和言葉)を話せた。
多くの知識を倭寇から聞いていた、ということは勿論あるでしょう。


それ以外に僕は、大胆な妄想をしました。

『尚円金丸』は西洋人とのハーフだったかも?と。

異常に女性にモテていながら、地元の男衆との付き合いが少ないのは、その風貌だったのではないかと、妄想しました。

日照りの時でも、彼の田んぼだけが水を満たしていた為に、夜中に水を盗んでいるのでは?と疑惑を持たれて、島を出る事になったのですが、沖縄には「ゆいまーる」というお互いを助け合うシステムがありました。

彼が田んぼの水を枯らさない方法を知っていたのなら、皆に教えないことが不可解です。

そこには言葉の壁があったのか、仲間に入れたり近づくのには他と異なる風貌だったのか?


伊平屋島で近藤氏のコンサートを行えたのは、不思議な縁でした。

伊平屋島に、多くの友人が出来たことも素晴らしい出来事でした。

あれからちょうど三ヶ月が過ぎましたが「行きたいなぁ~」。

素晴らしい民宿のかたとも知り合えました。

伊平屋に行こうかと計画されている方は、是非メールを下さいね!

部屋も食事もまあ、普通ですけど、最高に気持ちの良いオーナーさんをご紹介します。

ホントです!!!



最終更新日  2009.10.28 22:50:58
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2009.10.26

「戦後処理」に「女子プロレス」参戦!

女子プロレス

友人が働く「珊瑚舎スコーレ」は夜間中学などを運営するNPO法人です。

ここの夜間中学は、先の戦中・戦後の混乱の為に学校へ行く事が叶わなかった高齢のお年寄りの学び舎で、生徒の平均年齢は72歳。

ここへ通うまで、字を読めなかったことを隠していたお婆さんもいる。

この珊瑚舎スコーレを支える寄付金が不況で激減したため、授業料を二倍に値上げせざるを得なくなり「自分の名前も書けなかったのに手取り足取り教えてもらって嬉しい。でも、少ない年金で続けられるか心配」と語る生徒もいる。

珊瑚舎の星野代表は「夜間中学に通う人たちは沖縄の発展を支えてきた人たち。学習権を保障するのは人権の問題」と話し、ある生徒は「私達の教育を守るのは遺骨収集や不発弾処理と同じ国や県の戦後処理だ」と話す。


そこへ、沖縄に移住した「ドレイク森松」が「わたしはプロレスしか出来ない、だからプロレスで応援する。」 と。

ジャガー横田に話を持ちかけ、チャリティ興業を開くことになった。
(リングネームにさん、をつけるとかっこわるいのであえて呼び捨て。スマヌ。)

ポスターの左上を見ると「アジャコングさん」もいる。

やっぱり迫力が無いので「アジャコング」がいる!!


15年ほど前のアジャのキャッチコピーを覚えている。

神奈川県の相模原だったかな?電柱にポスターが貼ってあった。
笑ったよ。

「宇宙怪獣・アジャコング」 と書いてあった。



僕の勝手な想像だけど『自分よくわかんないっすけど。ジャガー先輩に声掛けられたんでやるっす!沖縄行くっす!手伝うっす!』っていう光景が見えて可笑しい。

でもね。

「宇宙怪獣」が立ち上がってくれたんだよ!

「地球人類」も何かせんと!!


11月8日(日曜日)
那覇市民体育館
15時開場  16時開始
特別リングサイド 5000円
リングサイド   4000円
自由席      3000円
当日券は500円増しです。

チケットぴあ
パレット久茂地
りうぼうプレイガイド
沖縄三越プレイガイド
栄町のまなばん食堂でも売っています。



ミヤギマモルさん他、歌手も参加します。


ジャガーさんは先週末、珊瑚舎スコーレの夜間中学を見学に訪れお婆さんたちに「勉強は楽しいですか?」と声を掛け、「昨年亡くなった私の母も義務教育を受けられなかった。学校へ行きたかったと言っていました。」と話されました。

この珊瑚舎スコーレの代表、星野さんやボランティア講師の方々など多くが沖縄県外の方なんです。
沖縄の人こそやるべきなのに、頭が下がります。

当日僕は自由席で見学しま~す。

チャリティー興行だけど、アジャコングはジャガー横田に一斗缶をぶつけてくれるかなぁ。

ぶつけてほしいなぁ~。



最終更新日  2009.10.26 23:14:23
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2009.07.29

近藤等則 ・伊平屋~日食 終了しました
[ 音楽 ]    


「近藤等則・天の岩戸を吹く・伊平屋~日食」無事終了しました。


報告が遅くなりました。

実は本番4日前に突然パソコンがクラッシュしてしまい、何も出来ない状況です。

これはネットカフェから書いています。

なので詳細な報告と、写真は数日中にUPします。

今日は、取り急ぎの報告を致します。


本番前日の21日午後13時頃、スタッフの宿泊となっていた公民館の中庭にいた近藤氏が突然「皆~、来て見ろ~」と叫ぶのでそこにいたほぼ全員が外へ出ると、これまでに見たことのないほどの超巨大な日輪が…

全員が翌日の好天を予感しました。

そしていよいよ本番の日。

機材セッティング中にはポツリと来ていた雨が、近藤氏が登場すると突然止み太陽が顔を出してくれました。
会場にいたある方のブログにはそのときの様子を「ウソッ!何、この人?」と書いていました。

伊平屋の普段のどピーカンでは「倒れる人が多く出るかも知れない」と救護室も用意していましたが、太陽の周り以外は雲に覆われて、射すような直射日光は全くなく涼しく最高にすごしやすいお天気でした。

初めから終わりまでしっかり太陽は欠ける様子を美しく見せてくれて、近藤氏も演奏中に時折日食めがねを取り出して太陽を見ていました。

その日食めがねも今回の「近藤等則 ・伊平屋~日食」の為に僕たち実行委員会が作ったオリジナルです。

その写真も近日中にUPします。



ステージに登壇した近藤氏は開口一番「皆さん、どうですかぁ?このシチュエーションは?」
と。

観客から「サイコーォー!!」と返ってくると嬉しそうに吹き始めました。

近藤氏の音は、氏のこれまでの演奏イメージとは違い、終始穏やかな音色でした。

太陽に、天の岩戸に、海に、観客に、溶けていくような音でした。

終盤に島の子供たちが参加しての踊りを見ていた僕の母は「あれは良かったねぇ~」と。

子供たちのご家族もニコニコして写真を撮ってたい姿が印象的でした。


そして最後をなんと近藤氏は1996年に久高島で嘉手刈林昌さんが演奏した「唐船どーい」で締めくくったのです。

僕がプロデュースした「沖縄の魂の行方」に録音されている曲です。

天国にいる林昌さんに捧げたいと。

この「唐船どーい」にあわせてのカチャーシーで終了しました。


素晴らしい時間でした。

600人の方々と神秘な宇宙と音を共有できた、不思議な、不思議なひと時でした。


協力してくれたスタッフ、伊平屋役場の皆様、伊平屋商工会の皆様、島の皆様、そして伊平屋島の神様、ありがとうございました。












最終更新日  2009.07.29 19:36:36
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2009.07.13

日食の前は暑い!!
[ 音楽 ]    

伊平屋島の天の岩戸の前に、近藤氏のステージを作ってきました。

ステージが予想よりも早く出来たので、昨日帰ってきましたが、でもとにかく暑かった。腕と顔が真っ黒になってしまった。帽子かぶっていたのに。

10日の金曜日、役場が材料と車を貸してくれた。当初は岩戸に僕を降ろして夕方に拾いに来る予定だったが「自由に使って」と。
これがホントに助かった。

12時20分伊平屋着のフェリーで港へ上陸。役場へよりクマヤ洞窟前(天の岩戸)について13時半から始めたのだが暑い!
18ミリのベニヤなどを岩の上に上げていると80過ぎくらいのお爺さんが農作業へ行く車から「何をやっているか?」と声を掛けてきた。
ステージの説明をすると「この前もここに作った。そのときはもっと大きい敷き台だった」と言う。最近というのは聞いたことがなかったので「いつですか?」と聞くと「40年前。天の岩戸開きをした」と。
確かに40年前も数週間前も、この前、といえばこの前だ。
「暑いから気をつけなさい。」と。

17時頃にお水を買いに行こうとしているとまたこのお爺さんが来て「水なら私のをあげる」と飲みかけのペットボトルを出してくれたが温い。
「冷たいのが欲しいので」と遠慮。
18時半にインパクトドライバーのバッテリーが切れたので、この日は終わり。

 ステージ1

ステージ2


公民館でシャワーを浴び、クーラーを効かせ寝ていると「内間荘」のご主人から電話が。「知念さん。カレー作ってあるから食べに来てください」と。20時前で、まだ居酒屋つり吉に行くには早過ぎたので呼ばれに。

今回は三泊の予定なので節約するために公民館に泊まります、と港でばったり会ったご主人に話していた。

「内間荘」は宿であって、居酒屋でも食堂でもないのに、冷たいビールとおつまみを沢山出してくれた。本来の宿泊客に出すもの以上に豪華。
途中、つり吉の津田さんから電話があり、東京の先生が急に来て商工会で歓迎会をしているのだが自分が調理をしているので遅くなる、と。「じゃあウチでゆっくり飲んでください」と次々とビールが運ばれてくる。しまいにはワインを二本。
「もう眠いので帰ります。お幾らですか?」
「私が呼んだんですから、結構です」と受け取ってくれなかった。
奥さんも「こんなことくらいしか出来ませんから」と。
いっぱい飲んで沢山食べたのに・・・感謝。

翌日、ステージを目立たせないようにペンキを塗る。

ステージ3

ステージ4

梯子も作ってほしい、と近藤さんに頼まれていたがこれはすぐに作れるので今回は無理をせず、ここで終了。まだ、少しフラフラしている体調。
本番まで雨、風にさられて目立たないよう自然に溶け込んでくれたら言う事なし。だけど風で飛ばされないよう上に石を置き、ワイヤーで三箇所固定してきた。
これでも強風で木っ端微塵になっていたら、笑おう。

シャワーの後、「明日は諸見さんと二人できてください」と言われていたので「内間荘」へ。
またも食事を用意してくれていた。
後ほど商工会とミーティングがあるのでと、ビールは軽くジョッキ一杯。
またもお金を受け取らなかったので、ビール代だけでも、と無理やり受け取ってもらった。

夜、21時半から商工会と役場の担当者と会議。
商工会は誤解があったので諸見君が一つ一つ説明して誤解を解いてくれた。
最後には商工会も全面的にバックアップしてくれる事になり、笑顔で会議終了。24時を過ぎていた。

やれやれと、二人でつり吉へ。

キンキンの生ビールのあとに伊平屋のお酒「照島」。
最後に「いつものように前の浜辺で飲んできます」と言うと「私も行きます」と津田さん。
この夜は月明かりが強すぎて星があまり見えなかったけど、海風と波の音が心地よかった。

結局寝たのは4時頃。
前夜祭のグランドの下見をして、米崎キャンプ場をチェック。なんとまあ美し過ぎる海よ。透明度が凄すぎて、怖くなり泣き出す子供も多いという!!

クタクタで帰りのフェリーでは爆睡だったけど、良い二泊三日でした。

泣いても笑っても、もう残り後10日。
どんどん、とてつもない「お祭りに」なりそうな気がしてきた。

日食メガネも300人分、用意できたよ。
天の岩戸の前での日食と「地球を吹く」近藤氏を堪能しましょうね!



最終更新日  2009.07.13 18:36:36
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2009.06.27

皆既日食が近づいてきました。
[ 旅行 ]    

いよいよ皆既日食が近づいてきました。

 沖縄の伊平屋島で行われる「近藤等則・天の岩戸を吹く」伊平屋~日食、では最大食94,6パーセントという日食が見られますが、このお祭りの最大の特徴はなんと言っても「天岩戸の前での日食」でしょう。

 

岩戸の入り口へ上る、近藤氏。 今月6月22日に伊平屋島へ来られました。

想像以上の大きさに「ウォー」と。

近藤氏岩戸2

 岩戸の入り口手前で立ち止まる、近藤氏。  

近藤氏岩戸1

 

7月22日にこの岩戸の下は「お祭り」となるでしょう。

近藤氏のエレクトリック・トランペットの「音」に宇宙との一体感を感じる、素晴らしいコンサートを想像します。  この日の夜には村長さんや島の方々と深夜まで飲み交わしました。           

このお祭りの詳細はこちらへ。                                           

http://okinawa-tamashii.net/iheya/

 

 

 

 



最終更新日  2009.06.27 12:47:47
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