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みーやママの日記 [全177件]
今日の午前中、またまたヨガに行った。 今日は、娘つきで出かけた。 ヨガの先生が「非暴力・・・について考えましょう。」そう話された。 「人に暴力をふるってはいけないのは、当たり前ですが、 ご自分にも暴力をふるってはいけないのですよ。」と・・・。 とてもよくわかる話だった。 「うつ」に陥りやすい人の多くは、自分を責めてしまう。 39歳のときに、自殺してしまった私の友達もそうだった。 「字も上手だし、運動も得意じゃない。」 いろんなことを別の友人と二人で話してもダメだったな。 大好きだった友達だったから、私にとっては彼女が自分を認めないで 自殺してしまったことは、ホントにつらかったし、悲しかった。 以前の私もそうだった。 自分の能力のなさがつらくて仕方がなかった。 でも、今は違ってきているな。と思う。 自分の能力のなさなどは、あんまり考えなくなった。 自分は自分のままで、それでいいと思えるようになってきた。 2週間で一生が変わる魔法の言葉 なんて本も読んでいる。 けっこういいかも・・・。 夫は、相変わらず足の状態も悪く、いよいよ機嫌も悪く、 気にしないでかわしていきたいわ。
土曜日の夜も、また映画を見に行った。 1人で見に行った。 最近、はまっているかも? サイドウェイズ・・・ 40代のおじさんの話だったので、見たいな。と思っていた。 大学を出て、英語の教員を1年やって辞めて、予備校の講師をやって予備校がつぶれて 海外留学してから20年なんだから、やっぱり同年代なんだなぁ。 小日向文世・・いい味出してたんじゃないかな。 私的には、けっこうよかった。 20年前・・・家庭教師はしてないけど、その頃の友達に会って あんなふうに旅したいなぁ。 自分の20年前は・・年末の北海道。 雪景色の中で、やっぱり大事な友達に出会ったかもしれないな。
11月初旬の大きなイベントが一つ中止になった。 全校児童と保護者が集まっての音楽会だった。 そこで、和太鼓の演奏をしようと4月から準備をしてきた。 タイヤにガムテープをはったものを 太鼓代わりに使って 練習してきた。 地域の和太鼓グループの代表の方にも月に2回程度教えに来てもらっていた。 心のあるとてもいい先生だった。 ここ一ヶ月は、和太鼓も4台借りて、練習に励んできた。 中止が決まったのは、10月の終わり。 インフルエンザの蔓延を防ぐためだった。 終業式の日に、やることになった。 かなりガッカリした。 12月までこの状態を続けることは、難しい。 子供達も、もうもたない。 一度は、やめないとなぁ。 が、 何かの形で、発表形式をとらないと終わらないなぁ。 そう思った。 先週、ある1時間を授業参観の形で、学級内の発表会とした。 演奏そのものはすぐに終わってしまう。 はじめの言葉や終わりの言葉。 あと、太鼓の先生の演奏を入れたりした。 急なことだったので、おたおたした。 当日、交流の学級も一クラス来てくれた。 ありがたかった。 太鼓の演奏では、後半は職員も入って一緒にたたく。 私も一緒に太鼓をたたいた。 気持ちよかった。 がんばった。 翌日、あたたかい連絡帳をちょっといただいた。 いろいろあったけど、嬉しかったかな。 そういうことで、またがんばろう。って思える。 通常の学校の中の特別支援学級。 特別支援教育って何なんだろう。と思う日々。 保護者の方が、OKを出さないと、学級には入れない。 子供が入りたいと思っても・・・・。 特別支援学級も悪くないじゃない? いろんな保護者の方にそう思ってほしかった。 そういう機会にならなかったことが一番残念だった。 でも、また がんばろう。
3時間もの長い映画を見に行った。 朝起きて、とにかく家のことを済ませて、実家に子供を電車で行かせて 映画を見に行った。 いつもすいている映画館が、火曜日でカードを持っていれば少し安い日だったが それにしても、朝の9時半からなのにかなりいっぱいだった。 それも、私よりも年齢が上の方が多い。 私で若い方だな。と・・。 飛行機事故は悲しい。やっぱり泣いてしまった。 渡辺謙、かっこよかった。 でも、職業人と夫とはまた別なのね。 鈴木京香の奥さんがあまりにも偉くて、(夫は海外の僻地、夫の母は病気のときもあり) 「私も、いっぱい我慢したわ。」 だったかしら? 涙が出ました。 三浦友和も、昔の「赤いシリーズ」のイメージしかなかったので、 歳月の流れを感じた。 会社って。仕事って。 アフリカのケニアには若い頃、行ったことがあった。 ほんとに広大な自然の中に多くの動物が群れをなしていた。 バッファローが水を飲みに来ていたのは、もう何千頭という数。 フラミンゴも、ものすごい数。 大きな自然の中にあると、人間の小ささはたしかに感じ・・・。 大きな自然に会いたくなりました。 こんなに長い映画を一人で見ることができて嬉しいです。
子供を連れて出かけた。 娘が「手作りコーナー」で「シュシュを作る」というのをやりたがっていたので、 連れて行った。 息子と「二人で体験して、そのあとゲームを1000円だけやってもいいよ。」 と、その間に映画を見ることにした。 今日は1日で映画の日だから・・・。 「今から一番早く始まって、早く終わる映画なんですか?」 と聞くと 「風が強く吹いている。です。」とお姉さん。 なんか、どんなんだかもわかんないし、イヤかな。と思って、迷ったんだけど やっぱり他の映画だともっと時間が遅くなってしまう。 しょうがない。 「それにします。」 「大人お1人で1000円です。」 入るとすでにちょこっと始まっていた。 ちょうどタイトルが出るところだった。 箱根駅伝の話で、そんなことありえないよなぁ。っていうストーリーなんだけど 若いっていいね。 元気っていいな。 おばちゃんも頑張ろうかな。ってそんな気持ちにはなった。 めったに泣かない私だけれど、5区を走った男の子が走り終わって 実家のお母さんと電話で話す場面には、なんだかぐっときてしまった。 彼の母になった心境でした。 最初はとげとげしていた かける君もいい子になって、 成長したねぇ。灰ニくんとの出逢いがかける君を変えたのね。 二人ともかわいい。
日曜日の午前にヨガに行っている間に、メールが来ていた。 息子の学級の閉鎖のお知らせだった。 月曜からどうする?そう思っていたが・・・・。 昼食後から徐々に息子の様子が変になり、夕方には熱が38度5分まで上がった。 月曜に医者に行くから。と息子に話をしていたのに 夫が、医者に行かないと、とうるさく言う。 「夕飯作っているんだから。」 「それなら俺が行くから。」 と言っても、松葉杖でうまく歩けない状態なのにそういうわけにもいかないでしょ。 と、夕飯を作り終わって、息子を連れて ちょっと遠い医者にいった。 「熱が出て数時間なので、検査はできない。」と医者。 「でも、状況から見てインフルエンザかもしれないね。」 と、タミフルを処方してもらう。 結果的にはそれがありがたかった。翌日には熱が下がった。 食欲はもどらないものの、とりあえず、午前くらいは子供を置いて仕事にいけると思った。 私はお昼には自宅に戻った。 娘は元気なので、学校にいかせたが、なんと早退させられてしまった。 私の携帯に担任の先生は電話を下さったそうだが、仕事中は携帯に出られない。 職場にかけていただきたかった。 おばあちゃんは、足が悪いので、タクシーで迎えに行ってくれたそうだ。 息子は、徐々に食べられるようになり、回復の様子を見せた。 夜にも熱が出なくてホッとした。 しかし、娘は学校に行けない。翌日は私設の学童にお願いする。 お弁当作りとなる。その翌日も・・・・。 水曜日に、また時間休暇をとり、医者に行き、治癒証明をもらう。 「熱の下がりがはやいから、インフルエンザだったか?わかんないね。」 と医者。 「でも、状況から見てそうだったものね。」 でも、ホントにタミフルで下がったからありがたかった。 ホントにインフルエンザだったか?はわからないんだけど・・・・。 いちおう治癒証明。 木曜日からはなんとか娘が学校に。 息子の学級は閉鎖なので、また、今度は息子を私設学童へ。 また、お弁当作り・・・。 そして、仕事もバタバタ。 頑張って準備してきた行事が一つ中止。自分的にはショックがかなり大きかった。 月末なので、出さなきゃいけないプリントもやっとの思いで作る。 授業研の準備もまだ充分でない。 腰が痛くて、どうにもならない。 今朝は頭痛薬も飲んだ。 久しぶりに泣きたくなったな。 明日は、金曜日。 友達とおしゃべりする予定もある。 でも、職場に携帯を忘れちゃった。 大丈夫かな。これも中止になったらショックだな。 でも、一ついいこと。 カウプレでミオマーマさんからステキなプレゼントをもらったこと。 ホントに心がホッとしました。 大丈夫。って自分に言い聞かせて いろんなこと「よかった。」でしめくくっちゃおう。
心療内科に通い始めたのは、昨年の6月下旬だっただろうか? 7月だっただろうか? 非常に大変な親子のことから、あと今までしたことのなかった仕事での戸惑いなどで 思い悩み、心療内科に通い始めることとなる。 今思えばそのことだけではなかったと思うが、そのときは、そう思っていた。 最初に通院したのは、隣の市の快速の停車する駅の近くのクリニックだった。 決して悪いクリニックではなかったが、お医者さんは薬を処方するだけと言う感じだった。 そこで、パキシルをもらった。 でも、そこで、ヨガ教室に出会って、ちょっと何回か通った。 秋になって、同僚が、やはり仕事上の悩みを抱え「心療内科に通いたい。」と言って、 「私は、ここに行っている。」といったら、「保健室の先生に、市内のクリニックを紹介された。」と逆に教えてもらった。 そこが、先日まで通っていたクリニックである。 先に同僚が行き、とてもよかった。と聞いて、私も転院しようか。と考えた。 毎週水曜とたまの日曜日に見えている女性の先生だった。たぶん、私より若い。 いろんな話を聞いてくれて、今までの神経科や心療内科のイメージと違って 先生に会うのが楽しみになった。そして、そこで、カウンセリングも受けるように 紹介された。 先生から「考え方を変えること」「自分の中に入れない」はよく言われた。 この秋から薬をやめて初めての診察だった先日の日曜日。 「大丈夫ですか?」って言われて 「いろいろあるけど、なんとか大丈夫です。」と答えた。 「次の予約を取らないで、やってみます。」そう言った。 考え方を変えること、受け止め方を変えること、いい意味で気にしないこと、 自分の力でできること、そして、できないこと たくさんの本も読み、たくさんの学びがあった1年と少しの期間。 ひとつ前に進めたと思いたい。 また、何かあったらいけるところがあることは精神的にとても落ち着く。 |一覧| |