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みーやママ's Shopping List
みーやママの日記 [全297件]
仕事関係で、指導を受ける機会をいただいた。 カウンセリングやコーチングを受けたいと思いながらも、 時間が取れない私にとって、今日の指導はカウンセリングや コーチングのようなものだった。 先生の温かい言葉に涙が出た。 少し泣いたから、また頑張れそうな気がした。
今日は、短大時代の友達と飲み会だった。 介護の仕事をしている友達とは、ちょっとはやく待ち合わせをして 彼女にいろいろなことを教えてもらって、少し元気になった。 みんなといっても4人、私を入れて5人なんだけど 会って話すと、みんないろんなことを抱えていて いろんなふうにそれぞれに やっぱり大変なんだな、と思った。 ある意味、自分だけじゃない。 いろんなことがあって いい年なんだね。改めて思う。 そして、最寄駅でママ友に会う。 おしゃべりしながら、うちまで歩く。 友達はやっぱりありがたい。 また、頑張ろう・・・という気持ちになった。
新しい年になりました。 アメブロに書いてますが、時々こっちにも書いています。 いろんなことのあった昨年、いつも小さな苦しみがある感じでした。 でも、大切なことは、幸せを感じる心だと改めて思っています。 幸せを感じる心を持って生きていきたい。 心からそう思っています。 ミオマーマさん、年末ゴメンネ。 5日から友達と韓国に行くから お土産買ってきて送るね。 実家のことがいろいろで、もう旅行に行けないかも と思い、企画してしまいました。
終わらない仕事、実家のこと 久しぶりに泣きたくなった木曜日。 金曜日、残業して、それなりに仕事は めどがついたということにしようか・・・。 仕事上の今のポジション、もう離れたい。 でも、離れるとすると異動するしかない。 実家のあんなごたごたを抱えて、異動して やっていけるのか、 まさに「いっぱい、いっぱい」 これ以上、もう頑張れない。
実家に行って、ケアーマネージャーさんと相談をして とりあえず、父は、ディケアーを体験することになった。 一回でイヤになるか、どうかはわからないけれど、 まず、やってみるしかない。 ただ、そんな中で気になっていたのは、母の物忘れだった。 ケアーマネージャーさんが見える約束も、母は 忘れていた。私は、数日前にそう聞いていたから 実家に行ったのに、その日には忘れている。 ほかにも様々なやり取りがあり、 こちらが頭がおかしくなりそう。と思うような感じだった。 その点も、ケアーマネさんにお聞きした。 「先日お話をした時に、二三分前にお話ししたことも 忘れてしまわれている場面もあって、少し私も 気になりました。認知症の初期の段階ですね。 私は、お父様よりもお母様の方が心配です。 お父様はしっかりなさっています。」 と 言われた。 メモを取ること、繰り返し確認をすること その日にあったことなど、思い出させる場面を作ることなど。 脳のMRIでは異常なし。ということなので、 病的ではないけれど、年相応の認知症ということなのか。 まともにとりあってはいけない。そう思った。 まともにとりあっていては、けんかになってしまう。 自宅に帰る車の中で、少し涙が出た。 でも、ケアマネさんに相談できるし、そういう意味では 心強い方がついてくれた。とも 思った。
今日は、学生時代の友達が生け花を出品する会があるというので、 それを娘と見に行った。 数年前に会った時も、もうすでに先生の資格を持っているとは 言っていたが・・・。配布されたプリントを見ると 教室の先生のところに名前があった。 その展示場所には小学生の生け花もあり、娘は 「やってみたいな。」 と またしても言っていた。 ビーズを教わった時みたいに、また教えてもらえたらいいな。 と 娘は思っていたようだ。 生け花も、私は全くわからないが、これもまた奥が深そうだった。 きっかけは、趣味で始めたことであっても、先生になるまで やるというのはすごいことだと思う。 私もあと3年半で仕事をやめたら、何をしようかぁ。 ABCクッキングに行ったり、ヨガはもっとしたいけれど、 とても先生になれるまでのものは見つけられないかな。
私の父は、87歳。 パーキンソン病と言われて7年になるが、それなりに日常生活を 送れているので、それはありがたいことなのだろう。 ただ、一緒に暮らしている母が限界になり、 母のほうが、少し気が変になってきている。 父は、朝起きて、食事をして、寝ながらテレビを見て、昼、夜と 食事をして一日を終える。 ただ、テレビを見るだけで、一日を終える。 今日は、母が体調が悪かったのだが、また例により 「お父さんは何もできないし・・。私がよくなったら起き上がって。」 と また始まったので 「お父さんに行ってもらいなよ。」 と 私。 父は、「行ってあげるよ。」といい、出かけて 転んで 救急車で運ばれることとなる。 転んで顔面をぶつけただけで、大したことはないのだが 鼻血は出血がひどいので、見かけたご近所の方が救急車を呼んでくれる。 母は、例により 「行かせなきゃよかった。」 と パニック状態で 私に電話をしてきた。 「でも、自分が何ができて、何ができないか、わからないとダメだから 一ヶ月に二度も転んで救急車で運ばれれば、少しはわかるよ。 お父さんにとっての学びだったんだよ。 今から行くから。」 と 話す。私だって、具合が悪くて午前中は寝ていたし、 やっとよくなってヨガに行こうとしたら電話がかかってきたのだ。 父は頑固で、人の話なんて聞きはしない。 自分で実感しないとダメなのだ。 鼻に張られた大きなガーゼも自宅に戻った途端に、はがしていた。 私は、父に言う。 「食事をして、テレビを見て、寝る。それだけの生活でいいの? 生きているんだから、何かしようよ。 どこか、行こうよ。家族以外の人と時には話し、時にはイヤな思いもし でも、それでも、それが生きているということじゃないの?」 と 伝えた。 改めて調べたら、介護認定は、要介護1だった。 介護をしている友達に聞くと、ケアマネージャーに相談できる段階だという。 時には、どこかにでディケアーでいいから行ってほしい。 |一覧| |
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