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長男が幼稚園の卒業文集で将来の夢に「科学者になりたい」って書いていました。 よい機会なので、仕事について話をしました。「仕事」とは一体何なのか? 仕事って何だと思いますか?お金を稼ぐ手段?存在意義? でも、仕事っていうのはまず一番に「人の役に立つ」こと。 科学者は立派な仕事です。でも科学の力を悪いことに使ったら、どうでしょう?人を殺したり、自然を破壊したり、みんなの役に立たないことに使ってしまうのなら、そんな科学者はいないほうがいいはずなんです。 大人は「勉強しなさい」って言います。わが子の勉強ができて、ついでにスポーツもできたほうがいいと思いがち。でも、もしもある人が「悪いことをしてやろう」と思っているのなら、むしろ勉強もスポーツもできない方が実害が少なくてすみます。勉強した知識なんてないほうが「世の中の役に立つ」はずです。 だから、もしも大きな力を子供に授けようと思うのなら、その前に親は必ず「その力を世の中の役に立つように使いなさい」と教えなければならないと思います。 「マメが科学者になりたいんだったら、良いことに科学の力を使ってね」と話しました。もしも悪いことに使ったらどうなる?人の役に立つように頑張ろうね…と。 子どもだけではありません。夫も同じことです。 「あなたが仕事をしたことで、そのお客さんはもちろん喜ぶでしょう。でもそれだけではなく、お客さんの会社や同僚、そしてその家族も恩恵を受けることになるんだね、あなたは世の中のためになる素晴らしい仕事をしているのね」ということは折に触れて必ず話すことにしています。 夫(や妻)が自分の仕事に誇りを持って取り組むことができたなら、それは会社にとって、ひいては社会にとってもきっと良いに違いありません。その勇気と職務に対する付加価値を与えることができるのは、きっとパートナーである私たちだけです。企業理念を語ることのできるのがその職場のトップであるように、家庭においては家事をやっている(つまりは衣食住という人間の基盤である消費者ニーズをもっとも知っている)オンナたち(最近はイクメンたち)が世の中の理念をよく理解して、世の中を回してるんだって思わずにはいられません。
上の子がこの四月に小学校に、下の子が幼稚園に入ります。 子どもが大きくなるにつれて、その子なりの性格と言うか個性が出てきたように感じます。 多くの親が使う言葉に、「同じように育てて来たのに…どうしてこうも兄弟で違うのか」とか、あるいは「兄弟差別はいけません、同じように育てましょう」等と言うことを言うことがありますが、私も同じように育ててきたつもりでも、この子たちはどうも性格が違うなぁと思っていました。 ところが。BSで今度、孔子の生涯を放送するらしくそのダイジェストがあったんですね。それをボーっと観ていましたら。「孔子という人は人(相手)をみて、その人に合った言葉でその人を導く」…と言うようなことを言っていたのですね。 あー、自分は間違っていたのだなぁと思いました。兄弟を同じように育ててはいけないのだ、と。 その子の個性をみて、その子に合った言い方や態度でその子にふさわしい指導をそれぞれにしていかなければならないのだ、と。 そんな事は昔からよく言われていることなのかもしれないですね。 孔子に限らず多くの弟子を持っている先生は、その人に合わせた言葉を選んで指導をし、その人がどうすれば最も効率的に伸びるのかを考えながら導いているものなんですよね。私も子どもたちに対してそのようにありたいとつくづく思いました。子どもに限らず、部下や生徒、後輩なんかもそうかもしれないですね。もっといえば、上司や先生、親など目上の人に対してもどのような言葉を使えば一番相手に響くのか、面子を傷つけずにこちらの都合をお話しできるのか?と言うことにもつながるのかもしれないですね。
今回は挫折せずに見ている。 (お江は見るの止めたので) 今年の大河ドラマは平安時代のお話なので、我が夫は早々に挫折した。世界観が全然分からないらしい。物の怪の力がなぜここまで在るのかも、和歌の解釈も、白拍子や貴族の位も、わけがわからんと言われた。私は(源氏物語が卒論なので世界観にとっぷり)末法のおどろおどろしさがが良く描かれていて良いなぁと第壱話から悦に入って見ている。 上司の女を部下がもらい受けるとか、祖父が孫の嫁に手を出したりとか、そう言う話ですからねー。 ともかく、末期とはいえ、王朝の花咲く時代です。文化的な検証が確かなNHK、衣装も調度品も美しい。(ツッコミどころもあるけど。得子が鳥羽上皇の前に立ち現れるのは女三の宮か?と思った。立ってちゃダメでしょー) オープニング曲も格好いいです。今様のテーマも途中で入るグロッケンも綺麗。惜しむらくは、マツケンの放つかぶら矢のSEが入っていない事くらいか。 この作家は、幕末好きなんじゃないかなぁと思う。清盛の決め台詞は「おもしろく生きたい」。晋作かよっって突っ込みたくなるし。唐の船を見る目が、黒船を追いかける幕末の志士のようだ。 平清盛というひとは、経済・流通を中心に世を考えた人だった。明治に至るまで、この人と楽市楽座の織田信長、賄賂政治と批判された田沼意次。この3人が農業ではなく流通を中心とした世を作ろうと考えた人だったろうと言われている。海を見据え、その向こうに宝の山を描き、福原へ遷都した。海上に浮かぶ宮島も貿易船を意識してのことだと言う。ちょっぴり浮いてるマツケンの立ち位置も、極めて先を見越した(現代的な思想を持つ)平清盛像として捉えると面白い。
もしも、アナタに幼いお子さんがいたら分かると思いますが。 朝テレビを付けていて、それが子どもが大好きなアニメだったとして(うちの子だったら仮面ライダーだ(笑)。アニメを観ながら、ご飯を食べさせたらどうなるでしょうか?当然のことながら、仮面ライダーに気を取られて食事がとっても遅くなるだろうと思います。お箸なんかポロっっと落としたり、食べこぼしをしたりしてね…そこで母である私が「この朝の時間のない時にっ」とか怒って、テレビを消します。すると子どもも食事に集中しますもんで、遅いながらも食が進むわけです。 どうして、子どもの食事が進まないのか?それは気をとられているからです。テレビに気を取られているからです。 同じように、大人も気を取られています。何にかと言うと。妄想にです。 タイトルの「ヴィパッサナー瞑想」と言うのは仏教用語なので、もしもお釈迦さまが私の様子をご覧になったら「この(朝の)時間のない時にっ」ではなく「この(命短い、限られた)時間のない時にっ」とおっしゃるやもしれません。なんつって。 で、私がこの瞑想をやってみました所、子どもがテレビをきったのと同じように、とても時間が短縮できたので、こちらでご紹介します。もしもあなたが、”幼い子供さんをお持ちの働くお母さん”でしかも”毎朝子どもに「早くしなさいっ」と怒鳴っている”のだったら、朝の時間が30分は早くなり、怒鳴らなくて済むかもしれません。私には結構な効果がありました。 やり方の詳しい事は、実は私もまだこの瞑想を知って一週間くらいなので分かりませんが、観察するのだそうです。 例えば料理する時は包丁を握って 「切っている、切っている」と思いながら切ります。これで、すっごく時間短縮効果があります。このとき「綺麗に切ろう」とか「早く切ろう」とか思ってはいけません。それは妄想です。ただ事実のみを客観的に「右手はキュウリを握っている、左手で切っている、切っている」と思うんです。包丁に集中するんじゃなくて、手の(筋肉の??)動きに集中します。 その時子どもが「おかーさん、おしっこ~」とか言ったら「子どもがおしっこと言っているのが(耳で)聞こえた」と観察します。「もうっ、この朝の忙しい時に、おしっこくらい自分で行ってよ!」とか「夫は何をやってるの?今私は忙しいのよ」とか感情が出てきたら、それは妄想です。「おしっこと言うのが聞こえた(耳が捉えた)」これが事実です。事実のみを観察します。五感の捉える事実のみを実況中継するんです。途中で絶対妄想が沸き起こってくるんですけど、もう意地で眼の前の事実のみを観察します。 妄想って時間を取るんだね。妄想が無くなると本当に時間が短縮できます。動きに集中するからかなぁ?いつもよりもゆっくりと丁寧に行動しているのに、スムーズに進みます。それに、なんと言っても確実なんですよ。怪我したりお皿を割ったりというミスも減ります。イライラも減ります。朝の30分余計に多くとれるってことは、子どもが「おしっこ~」と言ったら、さっと手伝ってあげたとしても時間が余るってことなんですよね。 ただこの観察する方法が、とても私には効果があったので書いておきます。
長男は適当母乳育児でした。一応桶谷本とか読んでましたけど。 次男は最悪な母乳育児でした。乳腺炎になったので。ストレスが原因でした。 それでいま、また久々に母乳育児やっています。 今回もまたストレスで、今回の解消法はチョコレート食べたりパンかじったりの食べまくりで。やめられなくて。 でも、なんか娘の様子がおかしいんですよね。 初めはニコニコ笑っていたのが、暴飲暴食につれて、ボーっとし始めて。 耳とか掻きだして、目の周りが腫れぼったくなって、こういう変化って些細なので母親の私くらいしか気が付かないと思うのですが…。「あーやっちゃったな」と思うわけです。これはもう、完璧に小麦と油脂の摂り過ぎだなぁ…って茫然と思いました。 そんでも、母親なので「あー、この子は母乳を飲むしかないからしょうがなく飲んでるんだよなぁ。命綱だから。自分では何を食べるかって選べないんだよなぁ」って、そうしたら悲しくなって、気が付いたら包丁を握ってガンガン玉ねぎを刻んで、玉ねぎのデトックススープを大量に作ってました。 まだ、三カ月です。何も選べない赤ちゃんです。私が、しっかりしないといけないんだよね。 幸い私自身は乳腺炎とかにはなっていません。 明日、しそ油とか、大量の野菜とか買いに行こうと思います。 妊娠授乳中に食事の制限がある事を、もっと多くの人が知ってくれればいいのになぁと、幼子を持つ母親として思います。
結婚七年目にして初めてお節みたいなものに挑戦してみました。 お正月を帰省せず、家で過ごすのも初めてでした。 今までは気にならなかったんだけど、娘が生まれたので季節事をもう少し大事にしていきたいなぁと思うようになっています。 でも、今年は初めて作ったからこんな感じ。徐々に上達すればいいなぁ。お節に、プチトマト(笑) 三の重はサラダ巻を作って入れました。上からいくらを散らしてみたり…。次男が凄い勢いで食べちゃったので画像はありません。他にサトイモの煮っ転がし、レンコンと豚肉の煮物、雑煮を作りました。煮物は温かく食べたいから皿。正月の朝はこんな感じ。 お節作って良かったなぁと思うのは。 例えば黒豆ならマメに働くように。とかエビは腰が曲がるくらいに長生きできるように、レンコンは将来が見通せるように…と意味を伝えられるところです。そーいう家族の楽しみを大事にしていきたいなぁって思います。 三が日、初詣以外、ダラダラ過ごしました。 ![]()
東京で、私は身重でした(三番目がお腹の中にいました)。 つわりも酷く、長男を幼稚園バスに乗せる以外は外出もしませんでした。 青森に居る知り合いが被災地に物資を送る為に実際に行動を起こしているという話を沢山聞きました。そんな中、私は友達もなく一人ぼっちでした。出来る事は節電くらい。何もできない自分をふがいなく思っていたのも確かです。 ある日、長男をバス停まで迎えに行くのに横断歩道を渡ろうとすると旗を手にした学生さん(きっと近隣の大学か専門学校の学生さん)がお世話をしているのに出会いました。時間は三時くらいで小学生の下校時刻でした。その日は計画停電で信号が止まってしまっていたのです。ですから学生さんたちが借り出されて、黄色い旗を手に誘導をボランティアでなさっていたのでした。 こんな時、私は子連れの特権を使ってしまいます。長男に小声で耳打ちするのです。「あの旗はなんだと思う?」と。幼稚園児の長男は大きな声で本当に不思議そうに「どうして旗を持っているの?」と聞いてくれます。そこで私はまるで演説でもするように横断歩道で語るのです。横断歩道を渡ろうと待っている自転車をひいたオバサンや、周囲の小学生にも聞こえるように。 「今日は計画停電で電気が止まるから、信号も動いていないでしょう。この人達は、私たちが車にひかれないように、皆が気持ちよく行動できるようにこうやってお世話をしてくれているのよ。本当に有難いわね…」と。 学生さんたちの背筋がしゃんと伸びるのを感じます。 目の前を車が通り過ぎ、学生さんが横断歩道を「どうぞ渡ってください」と先ほどよりも丁寧に言ってくれます。しめしめ、やったぞ。 すると、思いもよらない事が起こりました。目の前を黒いランドセルが「ありがとうございまーす」とふざけて叫びながら駈けて行ったのです。そのあとを赤やピンクのランドセルの集団が会釈をして通り過ぎます。オバサンが「御世話様」と言いながら自転車を押して渡っていきます。その時の世話役の誇らしげな顔! 何もできないと思っていたけれど、そんなことはない。 実際に被災地に何かを届ける事は出来ないけれど。学生さんに誰かの役に立っているという自覚を持ってもらうことも、小学生に社会は皆の協力で回っているのだということを理解してもらうことも、できる。そう、子どもがいれば説教がましくなく伝えることが出来るんです。 子どもを持っている母親っていうのは、きっと社会を良くすることが出来るんです。繋がっていく事が出来るんです。子どもがいるって、身重なのって足かせでも何でもない。素晴らしい特権なんですよ。
本年の終わりに、震災について身の回りに起こったことについて少し書こうと思います。 私は今は東北の在住ですが、その時は東京にいました。 震災の三日後あたらりに、私のところにAさんから一通のメールが届きました。 そのメールの内容は 「これから電力が不足します。皆で協力して電力を確保しましょう。このメールに賛同する方はお友達にこのメールを回してください」と言うようなメールでした。私はたいそうそのメールに共感して「まさにその通りだ!皆で節電に協力しなくてはならない」と、一斉メールを送信しました。 そうしたらBさんから返信がありました。 「このようなメールは、緊急の連絡が届くのを妨害する恐れがあります。節電は良い事ですが、皆に回してと言うのはいかがなものでしょう」と。 私は今度も「その通りだ!」と思い「このようなお叱りを受けました。先のメールは済みませんでした」とまた一斉メールを送りました。 そうすると…。 「確かに、皆に回して等と言うのは緊急のメールを阻害するかもね」 「私も、節電には賛成だけれど他に強要するのはどうかと思う」 とBさんに賛同する意見や、あるいは私に気を使ってくれたのでしょう。 「気にしないで、正しいと思った事を行動に移す事は良い事です」 「節電には気が付かなかったから、知ることが出来て良かった」 Aさんよりのものがありました。 私は思い悩んでしまいました。私の行動は正しかったのか、否か。 節電メールは正しいのか?否か。 自重するのが正しいのか?否か。 正しい行動はAか、Bか。 これをお読みの方はどのようにお考えでしょうか? 私が思うに、私の節電協力をお願いするメールは間違っていたと思っています。いいえ、内容が間違っているのではありません。「その時」に合って無かったと思うのです。 つまり、Aの行動は(もちろん、賛同した私もですが)あの時点では間違っていたと思うのです。理由はまだ、震災で安否確認を必要とする人達が多かったからです。自重する方が最善だったのです。 でも、今は?今はAの行動が正しいでしょう。節電や募金を求めるのなら今こそあのような一斉メールを送信してほしいと思うのです。忘れずにこの冬も節電を頑張りましょう、と。 正義の反対は悪ではない、もう一方の正義だ、とはよく言われます。 どちらも自分の信念を正しいと思って行動しているのです。 でも大切なのは、「今、この時」その信念が最も適当な選択肢であるのか?と言うことではないでしょうか。 震災の直後は自重することが正しかったかもしれません。 被災地にボランティアに行く事でさえ、はばかられることだったかもしれません。 でも、来年は被災地に行く事を控える事が正しいですか? いいえ、恐らくは旅行や買い物へ行く(お金を落としてくる)事が正しい事と言われるでしょう。 行動は正反対ですが、時によって正しいとされる事は変化するのです。 ですから、よく考えなくてはならないと思います。 私の唱える「正しい事」は本当に、「今」必要とされることなのか。その時に最善の策であるのか、と言う事を。
九州の実家に帰省し、先月無事に3400グラムの女の子を出産しました。 一時間半のスピード出産でした。お産は何度経験してもやはり「痛い」デス(笑) でも、女に生まれてよかったと思っています。 こちらでは懐かしい友人にも会えました。ありがたいです。 今月、二年前に引き続き、行政書士試験を受験しました。 出産まえは…結構勉強したんだけどね。産後一月は全然勉強しなかったけど。 自己採点したけど、今回も無理っぽい。 もう、全然ダメなら諦めつくのに。今回は一般も法令も足きり免れてるし。記述もほぼ模範解答みたいなのもあったから本当に悔しいです。出産無かったらラスト一月の追い込みできたから、合格できてたかも。いやいや、出来てないか。来年受けるかどうかはまだわからないなぁ~…こんなとき皆どうするんだろう。試験の感想は、目が疲れました。「産後の針仕事は目をつぶす」って本当かも、ね。 それから、今月末。子どもも生まれたので自宅に戻ります。でも、主人の異動の都合で引越ししてるからまだ見たことの無い土地へ戻ることになります。私、産後、見ず知らずの土地に行く事多いな、長男のときもそうだったし。ま、新生活頑張ろうと思います。 新しい手帳が欲しいです。今年はバタバタでまだ手帳の整理もしていないよ…。なんだか慌ただしいです…はぁ。
おかげさまで、妊娠16週に入りました。 つわりで一番つらかった時期を抜けても、デジタル酔い(テレビ、ラジオ、携帯、パソコン等に触れると具合が悪くなる)は相変わらずだったのですが、ここ数日ちょっとずつ乗り越えてきているのを感じます。 個人的な生活自体はすごくゆったり、と言う感じです。青森にいたころの時間に追われて綱渡りのようになんとか日々を送っていたのに比べるとずっと楽です。 身重で体はきついですが、自分の事、家事、育児くらいしかしていないので、非常に時間の進みがゆったりしています。まとまった自分の時間が一日2~3時間は取れるので、また勉強を始めました。 まず二年前に立てた自分の目標があったので、ずっと放置していたその勉強を再開しました。これはアナログテキストなんで、ひと月くらい前から初めてます。今年は読書量を減らして(重い本を抱えたりできないので)在宅でこもって頑張ろうかなぁと思っています。 そう言えば、首都圏は放送大学の地上波放送があるんですが、たまたまガイダンスがやっててそれをボーっと観てる時に大学院生の方が「自分が勉強をすることで、自分の為、身近な人の為、もっと大きく言えば社会の為になる」と話されてました。すごいなぁ~と、思いました。私も社会の歯車の一つとして、そういう人材となる事を目指したいなぁと思います。 次に、ISB公共未来塾の講座を再度受け始めした。つわり中に第三期は終了(私三期生なのに…)してしまったので遅ればせながらと言う感じですが、ネットを介した講座なのでいつでも好きな時に、在宅で(妊婦パジャマを着ていても、布団敷きっぱなしでも)第一線で活躍する人たちの講演を聴くことが出来ると言うことに感謝しています。非常に面白く聴いています。 それから、ずっと放置していたこのブログもそろそろ再開していこうかなぁと思いました。これもISBの影響です。妊娠前、このブログは100人を超える方に定期的に(更新ごとに)閲覧していただいていました。それが実はとても有意義で有難いことだと言う事に気が付かされました。「自分の興味を持った事、問題提起したい事」を「知ってもらう」事の価値、もちろんそれが「自分自身の向上につながる」と言う事を、ISBで講師の先生が話されていて、その通りだなぁと思ったので、体調の続く限りはまた続けていきたいなぁと思っています。 よろしければ、お付き合いお願いします。 |一覧| |
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