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2008年03月10日 楽天プロフィール Add to Google XML

隠れた名作、ヴィスコンティの『白夜』(1) 映画レビュー(4715)」
[ Movie ]    

ヴィスコンティ映画の中でも特に個人的に特に好きなのは、『白夜』だ。これはこの監督としては異色の作品かもしれない。ヴィスコンティの世界につきものの、破滅的な不倫や禁断の近親ソーカンや抑圧された同性愛といったエキセントリックな設定はなく、恋人の帰りを待つ純情な女性といい加減で平凡だけれど愛すべき性格の青年の淡い恋の物語。崩壊していく古きよき時代の転換点といった歴史の大きなうねりもなく、したがって豪華絢爛なセットやきらびやかな衣装もない。だが、ほとんど男女2人の会話で進んでいく小さな世界の物語だからこそ、役者の演技がストレートに楽しめる。そして、なんといっても傑出したヴィスコンティの演出。全体的に舞台劇的な雰囲気なのだが、すべてのカット、あらゆるモーションが、がとてもさりげなく、とても巧みで、しかも凝りに凝っており、オールセットで撮られたという街の幻想美とあいまって、何度繰り返してみても飽きさせない魅力を作品に与えている。

加えて、『白夜』において特筆すべきは、その国際色豊かなキャスティングにあると思う。ヴェネチアとローマを足して2で割ったような独特な、そしてきわめてイタリア的な街に住んでいる純真可憐なヒロインにオーストリア出身のマリア・シェル。2週間前に転勤してきたばかりで、「恋人がほしいな~」と思っている、夢想家の青年に若き日のマルチェロ・マストロヤンニ。そして、ヒロインが思いを寄せる運命の相手に、フランスが生んだ往年の大スター、ジャン・マレー。

マストロヤンニが主役でマレーが脇役。これがどんなに大胆なキャスティングだったか、現時点で想像するのは難しいかもしれない。マストロヤンニは今でこそ、イタリアの名優中の名優で、ヴェネチア映画祭ではその名を冠した賞まで創設されているが、『白夜』まで、つまり30代前半までは、舞台俳優としてのキャリアは長いものの、映画に関しては「陽気なタクシーの運転手役の類い」しか出演のチャンスがなく、ほとんど無名の存在だったのだ。これは『マストロヤンニ自伝』(小学館)で彼自身が語っている。マストロヤンニが『甘い生活』で世界的に大ブレイクするのは、『白夜』から3年後のことだ。

一方、ジャン・マレーは当時40代半ば。世界中にその名(と美貌)をとどろかせた『美女と野獣』(ジャン・コクトー監督)からはすでに10年以上、代表作『オルフェ』からも約8年。コクトー作品からは離れ、幅広いジャンルで国際的な名声を確立していた。

『白夜』では主役がマストロヤンニ。マレーは重要だけれど「小さな役(ヴィスコンティとマレーの言葉)」だった。ヴィスコンティのこの『白夜』で、それまで泣かず飛ばずだった映画俳優マストロヤンニは、フェデリコ・フェリーニの目にとまる。そして『甘い生活』を経て、『8 1/2』『ひまわり』『黒い瞳』『みんな元気』と、中年から晩年にいたるまで多くの作品で主役を張り続けることになる。ジャン・マレーのほうも、ジャン・コクトーが映画にかかわらなくなってからも、舞台や映画で多彩な才能を見せた。『ファントマ』シリーズのような娯楽作品ではアクションもこなし、『ロバと王女』『魅せられて』のような名作では存在感のある演技を脇で見せている。

すでに大スターだったフランス人俳優を脇におき、これから大スターになるイタリア人俳優を主役にすえた。ヴィスコンティのキャスティングが光っている。この小さな役をジャン・マレーが引き受けたのはヴィスコンティが直々にパリまで頼みに来たからだ。

『ジャン・マレー自伝 美しき野獣』(新潮社)によると、ある日、パリで夕食をともにしていたヴィスコンティがマレーに次回作の俳優を1人探していると話す。マレーは何人かの俳優を挙げたが、ヴィスコンティはいい顔をしない。
「その役に合いそうな有名スターを挙げてみてくれ。そうすれば俳優のイメージが浮かぶかも」とマレーが言うと、
「君だ」とヴィスコンティが答えたという。
「なぜそう言わないんだ?」
「だって小さな役だから」
「君との仕事なら役の大小なんて問題じゃない。引き受ける」

こうして最後に主人公からあっさりヒロインを奪っていく、謎めいた下宿人役をマレーが演じることになった。

一方のマストロヤンニは、長年ヴィスコンティの率いる劇団で舞台俳優として経験を積んだ。ヴィスコンティの教えは厳しく、その要求は途方もなかったという。そして、10年ほどたってやっと、ヴィスコンティとの初めて映画、つまりこの『白夜』に主演。それまでの取るに足らない役から抜け出すことができたのだ。

そう思って『白夜』を見ると、気づかされることがある。それはのちのマストロヤンニのイメージ、つまり、オンナに弱く、口ばかり達者で、だがどこか憎めない、人間的なユーモアとペーソスを備えた「いかにもイタリア人的な遊びオトコ」――その原点がこの作品にあるということだ。加えて、『白夜』でマストロヤンニが演じるマリオは非常に表情が豊かで、ある意味感情が不安的。気分がすぐに変わり、単純に有頂天になったかと思えば、ちょっとしたことですぐに落胆しクラ~く落ち込む。簡単に信じ込んだかと思えば、一転して警戒し、相手に対する疑いや不信の念を隠さない。

のちのマストロヤンニの感情表情がほとんどすべてがこの作品に「原点として」見られるように思うのだ。時に滑稽で、時に浅はかで、時に深刻で、時に悲劇的な人間そのものを、マストロヤンニは生涯にわたって数多く、巧みに演じたが、それらはすべて、この『白夜』での演技を発展させたものではないか。あまりにすばやく移り変わるマリオの喜怒哀楽を見ているうちにそんなことを思った。ある意味、このマストロヤンニの演技は「役者の感情表現のお手本」かもしれない。

<明日に続く>



最終更新日  2008年08月22日 11時50分59秒






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