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2008年05月30日 楽天プロフィール Add to Google XML

映画『オルフェ』の主役をめぐる知られざるエピソード
[ Movie ]    

<きのうから続く>
オーモンはコクトーが台本を執筆している間にアメリカへ戻っていた。『オルフェ』を脱稿すると、さっそくコクトーはマレーに読んで聴かせた。
「ジャン、これは素晴らしい作品だ」
朗読を聴き終えたマレーは、感動を抑えられなかった。
「君の心にあるあらゆる神話のエッセンスが入っている気がする。シナリオを超えているよ。これだけでもう偉大な詩的作品だ」
マレーの大絶賛にコクトーは大喜び。つねづねコクトーはマレーの評価を「ぼくにとってはピカソの評価と同じくらい重みがある」と言っていた。
「ねえ、ジャン」
マレーはなおも言った。
「もしオーモンがいいというなら、ぼくも出演させてもらえないかな。ウルトビーズ役ならぼくでもできると思う」
「だって、オーモンが主役で、君が脇役でいいのか」
「もちろん、いいさ。頼むよ、オーモンにぼくの助演を承知するかどうか、聞いてみてくれないか」
「もし君がやってくれるというんなら、渡りに船だよ」
さっそくコクトーはアメリカのオーモンに脚本を送り、ジャン・マレーの助演を受けるかどうか打診した。
だが、オーモンのマネージャーから、すぐに丁寧な「お断り」レターが来た。

「ジャン・コクトー様 脚本確かに受け取りました。さっそくオーモンにわたします。さて、ジャン・マレー氏出演のお申し出につきましては、大変光栄ながら、このたびは見送らせていただければと思います。今回の映画は、ジャン・ピエール・オーモンのフランス帰国記念の第一作であり、ジャン・マレー氏に助演をお願いするのは不都合がございます。次回作以降での共演の機会がありますことを祈念する次第です」

がっかりするマレー。
「間違いなく君の最重要映画作品になるのに。出られないのか……」
マレーがここまで出演を熱望するのも珍しい。コクトーはすでに映画のプロデューサーであるドシャルムにも脚本を送っていたが、マレーの様子を見て、後悔し始めた。
「あのシナリオをわたしてしまったのは失敗だったかな。君がそこまで気に入ってくれたんなら、いつか君と2人で撮れるように手元においておくべきだった」
「もう1つ書いている時間はなかっただろう? 契約もあるし、仕方ないよ。悲しいけど諦めるさ」
「いっそ、ドシャルムに気に入られなければいいな」
「あれのよさがわからないなんて、ありえないよ」
ところが、そのありえないことが起こる。
『オルフェ』を読んだドシャルムはコクトーのマネージャーのポールを呼び出して、どなりつけたのだ。
「いったいこのシナリオは何だ。ジャン・コクトーは、俺たちをバカにしてるんじゃないか」
思いもかけない反応に、ポールは驚いてドシャルムを見つめる。
「俺もこの仕事は長いけどね、こんないいかげんなシナリオは読んだことがないよ」
「いいかげん?」
「明らかに書き飛ばしてるだろ。契約金を早くせしめようと思って、適当に書いたんじゃないか」
「まさか。その脚本は、ジャン・マレーも手放しで絶賛していて、脇役でいいから出たいと、そう言ってたくらいなんですよ」
「その話はオーモンのマネージャーから聞いたがね」
ドシャルムはポールをじろりとにらんだ。
「そもそも、なんでオーモンのための映画のシナリオを、先にジャン・マレーに読ませてるわけ? 気に入らんよ」
「それは、あの2人が親友だから……」
「親友? こないだまで、息子だって言ってただろ」
「それは…… 息子で、親友」
「もう1つあるんじゃないのか?」
「……」
「さすが、ジャン・マレーだな! 常識じゃありえない3役をこなしてるってわけだ」
敵意をふくんだ言い方に、ポールはとまどった。
「しかし、ジャンとジャノのことは、この映画には関係ないでしょう」
「そういや、ジャン・コクトーには、また新しい『息子』ができたってな。オーモン、マレー、デルミット。次々若いのに乗り換えて、しかも、3人が3人とも似たようなカラダときてる。コクトーの尽きせぬ情熱には、まったく敬意を払うよ」
「あなたは、明らかに何か誤解してる。ドシャルムさん」
「ま、俺には興味も関係もない世界だけどさ。おたくら、マレーが出たがってるなんて言って、駄作にハクをつけようとしたんじゃないのか」
「まさか!」
「オーモンの脇役でいいなんて、ジャン・マレーが言うかね? おかしいよ」
「それだけ『オルフェ』が素晴らしいってことですよ」
「素晴らしいだと? この適当な台本がか? いいか、だいたい死神はいったいいつどこでオルフェに恋をしたんだ? 『沈黙は後退を意味する』とか『鳥は指でさえずる』とか、やたらと繰り返されるしさ。意味なんて、ないだろ? ラジオで数字を読み上げるなんてのは、シナリオの行つぶしにしか見えんよ。おまけに、なんで最後に死神が突然自分を犠牲にするのよ」
「それは、ジャンに直接聞いてもらえれば。ぼくだとちょっと……」
「聞くまでもないね。こういうのを、ストーリーが破綻してるっていうの。とにかく、こんなくだらない、子供だましにもならない作品をオーモンの帰国第一作にするわけにはいかない」
「しかし、オーモンとモンテスが気に入ったらどうするんですか。彼らの意見も聞かないと」
「俺と大差ない感想みたいだけどね」
「もう聞いたんですか?」
「まだ、しっかり読んでないと言ってたけどさ。『端役でも出たい』と思ってるふうじゃないのは、確かだよ」

ポールは絶望して引き下がった。コクトーとマレーにプロデューサーの酷評を話す。すっかり凹むコクトー。
「それは、映画を作らないっていう意味かな?」
「まだそこまでは……」
マレーがさっそくコクトーを慰める。
「ジャン、彼の読みなれた台本と違うってことだよ。どれほど異質かってことがわからないんだ」
「きっとオーモンにも、モンテスにもわからないんだろうな。死神とオルフェが出会う前から定められた『カップル』だってことが。そして、最後の死神の完全な自己犠牲の意味も」
と、コクトー。
「ポール、もしオーモンがやりたくないというのなら、僕がやりたがっているって、ドシャルムに交渉するのはどうだろう?」
「そりゃ、無理だろう。オーモンを使う映画の話だからさ。それに……」
「それに?」
それに、コクトーとマレーに対する反感を見ると、ドシャルムとはいい仕事ができそうにない――ポールはそう思ったが、さすがに言えなかった。
「いや。つまりさ、ドシャルムのところで企画がポシャったときのことを考えて、別のプロデューサーを探しておいたほうがいいじゃないかと」
「たしかにね」
「ポールヴェに相談するしかないかな」
コクトーとマレーは顔を見合わせた。
「またポールヴェか」
ポールヴェはコクトー作品の映画化を何度も手がけてきたプロデューサーだが、コクトー自身はあまり好印象をもっていなかった。何やかやと難癖をつけ、「興行に自信がもてない」と言ってはコクトーに不利な契約を押してつけてきたからだ。

だが、とにもかくにも、コクトーのマネージャーのポールとマレーのマネージャーのリュリュとが動き出す。そもそもコクトーのほうは、マレーがやりたいと言い出した時点で、オーモンではなくマレーと撮りたいと思っていた。

結局、ドシャルムはコクトーとの契約を破棄し、映画は作らないと通告してきた。ポールとリュリュはポールヴェにかけあい、コクトーに残された唯一の方法を提案した。コクトー自身が『オルフェ』のプロデューサーとなり、そこでポールヴェを代理プロデューサーに指名して、俳優を集め、組織するという方法だった。

マレーは自伝では、オーモンに配慮したのか、「映画化がようやく決まったときには、オーモンはすでに他の仕事にかかり、空いてはいなかった」と書いている。だが、映画化が本決まりになる前年、まだ自身でプロデューサーになる前の段階でコクトーがマレーにあてた手紙には、「この映画(=『オルフェ』)はぼくたちのもの、君とぼくのものになります。絶対です」という一文がある。つまり、コクトーは途中からもう、オルフェ役はオーモンではなく、マレーにと決めていたということだ。

オルフェ役がマレーになったので、ウルトビーズ役が必要になった。マレーはなんと、ジェラール・フィリップに申し込み、断わられたと自伝に書いている。

ジャン・マレーのオルフェに、ジェラール・フィリップのウルトビーズ! なんと素晴らしいキャスティング! 実現していれば、間違いなく『オルフェ』の審美的価値はさらに飛躍的に高まっただろう。最初に登場するとき、ウルトビーズはロールスロイスの運転手だが、端整なブリティシュフォームのコートをきっちり着こなしている。オルフェを冥界に導くとき、ウルトビーズの顔にだけ風があたり、髪が乱れる。2度目の旅ではオルフェに手をとられながら2人で四苦八苦しながら進んでいく。最後にオルフェと妻の幸せな姿を見届けて姿を消すときは、なんともはかなげな寂しそうな表情になる。こうしたシーンはすべてジェラール・フィリップの繊細な美貌にはぴったりだった気がする。『オルフェ』は封切られると同時に大ヒットし、ロンドンのロイヤル・アカデミーとニューヨークの『ヘラルド』から、「今年最高のフランス映画」に選ばれ、1950年ヴェネチア国際映画祭で国際評論家賞も受賞している。出演していれば、ジェラール・フィリップの数少ない(というのは若くして亡くなったからだが)代表作の1つになったろうに、残念だ。

ジャン・マレーは自身ももちろん卓越した役者だが、共演者を選ぶ選択眼も非常にすぐれていた。イヴォンヌ・ド・ブレもエドヴィージュ・フィエールもマレーが共演を望んで作品が成功をおさめた。また、まだ19歳だったセルジュ・レジアニの朗読を聞いて、そのあまりの素晴らしさに感動して舞台での共演を自ら申し込み、それがきっかけでレジアニはメジャーになった。その後レジアニはヴィスコンティの『山猫』にも出演している。後年は、映画『上級生の寝室』でまだ端役だったジャンヌ・モローの才能に注目し、自身が演出する舞台にのせて大成功している。

余談だが、『オルフェ』は1983年にフランスのTV番組としてリメイクされた。そのときオルフェ役、ウルトビーズ役とも役者のファーストネームがオーモンと同じ「ジャン・ピエール」だった。

<明日へ続く>



最終更新日  2008年08月11日 03時34分15秒





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