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カテゴリ:Movie
<きのうから続く>
マレーはつれづれにジョルジュの肖像画――それは、手だけはマレー自身の手だった――を描き続けていたが、ある日イーゼルからはずして、かわりにコクトーの肖像画を載せた。マレーは絵が完成したと思えないタチだった。イーゼルに載っていると絶えず描き直したくなる。そこで、何枚かの絵を交互に描くことにしようと決めたのだ。 9月も終わりのある夜、コクトーの肖像画に手を入れていたマレーだったが、筆を置いても、その日はすぐにベッドに行く気になれなかった。1人で外出なんて、ばかげている――そう思いながら、マレーの足はガレージに向かった。オープンカーを出す。きっと秋の夜風は気持ちがいいだろう。 エンジンの音に気づいたのだろう。門の横の家に住み、門番も兼ねている衣装係のアンヌの夫のジルベールが慌てた様子で出てきた。 「寝てくれていいよ」 門を開けてくれたジルベールに声をかけて、アクセルを踏んだ。 眼を上げると満月だった。 マルヌの隣町のバーに行くと、おぼろげな知人がまとわりついてきた。彼はなかなかマレーを解放してくれなかった。気疲れしてようやく戻ってきたときは、午前1時を回っていた。ジルベールの家に灯りがついている。 マレーが門を開けようとクルマから降りると、ジルベールが出てきた。 「待っていなくてよかったのに――」 「ジョルジュ様がおいでです」 「え……」 家の中はしんと静まり返っていた。マレーはまずジョルジュの部屋を開けた。――ジョルジュはいなかった。サロン、ダイニング、アトリエ…… 全部見て回ったが、やはりいない。最後に、マレーは自分の寝室のドアの前に立った。灯りはもれてこない。 そっとドアを開ける。 思ったとおり、ジョルジュはマレーのベッドで眠っていた。床の上に服が脱ぎ散らかしてあった。まるで酔っ払いが着ているものを脱いで、そのままベッドに倒れこんだように、下着1枚の姿だった。カーテンを開けたままの大窓から差し込む月明かりに、静かに眼を閉じた横顔が浮かんで見えた。背中を少し丸めて腕を投げ出している。筋肉質な太腿から伸びるすんなりとした脚は、くの字に曲がって重なっていた。庭の樹木が、ジョルジュの下半身とベッドのシーツの上に、入れ墨のような影を落としていた。半ば闇に沈んだ蠱惑的な裸体は、ある種の神話の挿絵を思わせた。 ふいに、マレーの脳裏にある思い出が蘇った。最初に戦争に動員された1939年、マレーはフランス北部のソンム県にいたが、無断でこっそり駐屯地を抜け出しては、パリのコクトーに会いに来ていた。マレーの出征で1人になったコクトーは、ココ・シャネルに誘われてリッツ・ホテルに身を寄せたが、リッツの贅沢さを嫌い、当時イヴォンヌ・ド・ブレが同性の恋人ヴィオレットと住んでいたハウス・ボート「スカラベ」号に移った。 夜の間にクルマを飛ばして、朝パリに着いたある日、コクトーはたまたま外出していた。コクトーの部屋に入ると、ベッドに向かいあった壁いっぱいに、マレーの写真がピンで留めてある。入り口の脇においてある小さな机には、自分あての手紙が書きかけでおいてあった。野外で寝ることに慣れていたマレーには、パリのハウス・ボートのコクトーの部屋は暑かった。服を脱ぎ、窓を開ける。狭い部屋にはソファもなかった。ベッドに座り、コクトーの帰りを待つつもりだったが、徹夜で走ってきた疲れで、いつの間にか眠り込んでしまった。 気がつくと、陽が高くなっていた。コクトーはすでに戻ってきていて、書きにくそうな机に、楡の木で作った板――コクトーは机のない場所でも書き物ができるよう、いつも板を持ち歩いていた――を半分たてかけるようにして、何か書いていた。マレーは慌てて起き上がり、時計を見ると、すでに帰らなくてはいけない時間だった。なぜ起こしてくれなかったのかと、多少恨みがましくコクトーに言ったかもしれない。コクトーはこちらを向き、やさしい笑顔で何か言った。何と言われたのかは、憶えていない。君がよく寝ていたからとか、そういったたぐいの何気ない言葉だっただろう。だが、コクトーの声と表情は、マレーの胸を歓びで満たした。 時間はなかった。マレーはコクトーと抱擁とキスを交わし、駐屯地へ戻った。 マレーはいつの間にか、あのときのコクトーの年齢に近づいていた。部屋に戻ってきたコクトーは、ちょうど今の自分がジョルジュを見つめるように、自分を見つめたのかもしれない。 マレーはジョルジュと和解したかった。いがみ合う理由など2人にはまったくない。マレーはジョルジュを愛していたし、求めていた。こうして、ここに眠っているということは、ジョルジュも同じはずだ。ジョルジュを揺すって起こし、抱きしめ、赦し、赦されること――マレーの心が、そしてジョルジュの心が、それ以外の何を望んでいただろう? <明日に続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.08.23 16:41:25
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