|
いよいよ始まるグランプリ・シリーズ、フランス大会(エリック・ボンパール杯)。日本期待の浅田真央選手がグランプリ・シリーズ初参戦となる。しかし、浅田選手のグランプリ・ファイナルまでのスケジュールは過酷。ほぼ2週間に1度、3回の試合をすることになる。昨今のフィギュアの異常ともいえる人気を背景に、ショーも増えている。いくら身体的に強靭な浅田選手でも、いつかオーバーワークからくる怪我に泣かないかと、ヒヤヒヤする。
さて、浅田選手はすでに「トリプルアクセルは1度しからやらない」と明言しているので、その話はなしにして、今年の浅田選手の課題を書いてみよう。実は、ほとんど課題がない――苦手のトリプルループは「回避策」だし――といっていいキム・ヨナ選手とは対照的に、浅田選手は細かな部分で不安がいっぱいなのだ。 (1)トリプルルッツのエッジ矯正は、本当にできたのか。 昨シーズン、浅田選手はルッツを跳ぶたびにことごとく減点され、得点が伸びずに苦しんだ。「エッジ矯正はできた」と言っているが、果たしてジャッジに認められるくらいキチンとアウトにのって踏み切ることができるか、今季の浅田選手の最大の注目点だといえる。 (2)セカンドに跳ぶ3回転を回転不足なしに降りてこられるか 安藤選手同様、セカンドにトリプルループを跳ぶことのできる数少ない女子選手でありながら、その武器がときに足を引っ張っている。昨シーズンからの判定厳密化によって、回転不足判定を受けると、苛烈に減点されてしまう。安藤選手と違ってセカンドにトリプルトゥループを跳ぶことができるのが浅田選手の強みなのだが、このトリプルトゥループも微妙に回転不足気味に見えることが多い。どうも判定はループよりもトゥループに甘い。トゥループが去年より向上しているなら、セカンドはループよりトゥループをもってきたほうが「安全」かもしれない。 (3)トリプルアクセルを決められるか トリプルアクセルは基礎点が引きあげられたが、その分減点幅も大きくなった(詳しくはウィキペディアの「フィギュアの採点方法」を参照)。 この「減点」が曲者なのだ。すでに書いたように減点・加点するGOE評価は、手心点になりさがっている。完璧な着氷をすれば減点はできないが、浅田選手の場合、本当にちょっとしたランディングのキズが多い。若干ツーフットになったり、着氷時にグラリとしたり。こうした、肉眼ではほとんど気づかないようなミスまで鵜の目鷹の目で「減点してやろう」と待ち構えているジャッジがいると思ったほうがいい。 誰にも文句を言わせない着氷ができるか――浅田選手のトリプルアクセルが武器になるか、足を引っ張るかは、その一発勝負の出来にかかっている。 ジャンプに関しては以上で、この3点が大きな浅田選手の課題だ。この3つをクリアできれば、彼女に勝てる選手は世界中捜しても誰もいない。だが、この3つを常に完璧にクリアしつづけるなど、ほとんど人間業ではない。考えてみてほしい。セカンドジャンプに3ループを跳べる選手は世界中に数えるほどしかいない。3アクセルに関しては彼女しかいないのだ。それほど高度なことをやっても、「ちょっとキズがあったらジャンジャン減点します。回転足りてなかったら2回転ジャンプの失敗と見なしますから」というのが今のルール。道理の引っ込む無理を通したのだ。 だから、浅田選手はジャンプ技術では世界一のものをもちながら、確実性の高いキム選手になかなか勝てないのだ。こうした採点にしたのは、大技への挑戦を抑制して選手の怪我を防ぐという名目もあるが、裏では明らかに、ジャンプの得意なアジア系の女子選手にヨーロッパ系の選手が対抗できるようにという配慮だ。だが、甘やかされたヨーロッパ系の女子選手はますます弱くなり、3+3に挑戦しようという選手すらほとんどいなくなった。逆に不利な状況に立たされたアジア系の選手のほうが頑張っている。 浅田選手の課題は、細かいことを言えばまだある。 (4)スパイラルでのレベルの取りこぼし これは浅田選手の責任というより、振付の段階で考えるべきことだった。あまりに密度の濃いプラグラムを作ったために、脚上げの時間が足りずに、昨シーズンは、何度かレベル1に落とされた。こういうアホくさい取りこぼしはいけない。 (5)スピンのレベル取り スピンのポジションは多彩で、シーズン中にもどんどん構成を変えるなど器用なのだが、キム選手ほど「レベル4」を並べられないでいたのが昨シーズン。スピンの差などわずかといえばわずかだが、キム選手と当たる場合は、そのわずかの差が命取りになることもある。昨シーズンはステップに力を入れてこれは大成功した。プロトコルの技術点での数字の差はわずかだったが見た目のインパクトが違い、これが5コンポーネンツの点の出方に影響した。世界選手権では、最後に強い脚力を生かした動的で華麗なステップを踏んだことで、怪我上がりのキム選手との体力差と細かなステップの技術力の違いがまざまざと印象づけられ、結果5コンポーネンツで高い評価を得たのだ。 今年はスピンのレベルでどれだけキム選手に追いつけるかに注目。 フランス大会では、キム選手には当たらないが、ライバルといえるのはカナダのロシェット選手。前大会での188.89点は驚異的ともいえる点数。今年は去年よりさらに身体をしぼって筋肉をつけてきた。ロシェット選手のパワフルで確実な演技は、今年の台風の目になるかもしれない。 男子はなんといっても、先々シーズンの世界王者であり先シーズンの世界選手権銀メダリスト、フランスのブランアン・ジュベール選手。 体調不良と怪我で出遅れた先シーズンも、最後の世界選手権できっちり結果を出した。本人としては優勝したバトル選手が4回転を回避して勝ったことに不満があったようだが、試合とはそうしたものだ。ヨーロッパ選手権で3位と出遅れながら、一番重要な試合でキチンと銀メダルを獲ったことは、彼の精神力の強さを証明している。 ジュベール選手の魅力は、なんといっても男性的なたくましさ。ヨーロッパは今年、成熟した男性の色気と端整さを備えたアーティスティックな男子スケーターを失った。ランビエール選手なき今、そしてどちらかというと線の細い選手が多い中、ジュベール選手の完成された男性美と迫力のあるスケーティングは大きな武器になる。 金メダル→銀メダルときて、今年浮くか沈むかで、ジュベール選手のオリンピックの展望も変わってくる。すでにベテランの域に達した彼にとっては非常に大事なシーズンだ。ジュベール選手もバリバリの4回転ジャンパーなので怪我がつきもの。怪我なくシーズンを乗り切れれば、日本のエース高橋選手にとっても非常に怖い存在になる。 今年のジュベール選手の振付はタラソワ・チームの一員だったエフゲニー・プラトフ。アイスダンス界では、グリシュクと組んでずいぶん長く無敵のチャンピオンとして君臨した人で、選手としては同じくタラソワ・チーム出身のニコライ・モロゾフより遥かに、圧倒的に、比較にならないほど格上だったのだ。そのプラトフとヨリを戻した(苦笑)ジュベールの新たなプログラムもとても楽しみ。プラトフとしても、ここでジュベールのプログラムが評価されれば、振付師としての自身の評価も高まるだろう。タラソワ・チームに爆弾を投げつけて去り、その後あれよあれよという間に、振付師としてだけではなく、コーチとしても世界的名声を確立してしまったモロゾフに、そうそう負けていられないハズ。 一方ジュベール選手の課題は、フリップでのエッジ矯正。ジュベール選手には世界選手権のフリーで2度ともフリップにwrong edge判定があった。スピンも弱いのだが、ジュベール選手の場合は、なんといってもジャンプで勝負なので、4回転さえ決まればスピンの点などあまり気にする必要はないだろう。 小塚選手には、残念ながらジュベール選手に太刀打ちできる実力は今のところない。ジュベール選手がよっぽどミスってくれなければ勝機はない。5コンポーネンツの点を見れば明らかで、フリーでは小塚選手は70点代の前半、ジュベール選手は後半を出す。出来次第では80点台にのせるかもしれない。 この点差は如何ともしがたい。経験と実績を積んでいくしかない。小塚選手はフリーで3Aを2度きちんと決めることが課題だ。前回の試合ではそれができず、大きく点を落とした。4回転に挑戦せずに、プログラムのジャンプすべてを決めることを目標にしたほうが作戦としてはいいはず。日本のマスコミも、「明日は4回転は?」のアホな質問をやめてほしい。大技への無理な挑戦が日本選手を負けさせている。 世界王者のバトル選手を、その直前のカナダ選手権で破ったパトリック・チャン選手にも注目。彼は4回転はないが、バトル選手と同じく確実で正確な演技で点をのばしてくる。前大会の得点では小塚選手が勝っているが、今回はどうなるか。小塚選手にとっては、まずは当面のライバルはチャンだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.11.14 20:28:15
[Figure Skating(2008-2009)] カテゴリの最新記事
|