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フランス大会の女子フリーが終わった。浅田真央選手は、得点は最低だったが、プログラムの内容自体は予想以上に素晴らしかった。ショートの『月の光』の静謐で透明感にあふれた世界、『仮面舞踏会』の悲劇的で重厚な世界。まったく違った世界を見事に表現して、フィギュアスケートの醍醐味を十分に味わわせてくれた。『仮面舞踏会』の最後のステップには度肝を抜かれた。あれほどバリエーションに富んだ回転動作を見せながら、深いエッジを遣い、情感あふれる華麗なステップを踏める選手は、これまで女子選手では見たことがない。ステップは得点の面ではそれほど他の選手と差が出ないのだが、プログラムコンポーネンツの出方に影響してくる。フリーのジャンプがあれほど悪いにもかかわらず、プログラムコンポーネンツで58.88点もの点が出たのは、最後のステップの迫力がアピールした面も大きい。
エレメンツの点数稼ぎに注力した、同じような構成のプログラムばかりになってしまった昨今のフィギュアスケート。何の新鮮味もなく、ただ決められた技を正確にこなすことで点の出る採点システム――伊藤みどりはそれを「規定への回帰」と表現したが、それはすなわち、見ているほうにとっては退屈な競技になることを意味する。そんななか、今シーズンの女子シングルで初めて、「フィギュアスケートの根源的な魅力を思い出させてくれる作品」に出会った。 先日、ジャンプ以外の課題としてあげた事柄は、予想以上の出来ですべてクリアした。 スパイラルでのレベルの取りこぼし まったくなし。ショート、フリーともにレベル4。加点もついて文句なしの得点。浅田選手の柔軟性、すらりと長い脚の美しさを十分に見せるスパイラルだった。 スピンのレベル取り フリーではズラリとレベル4を並べた。去年は活用することの少なかったディフィカルトポジションでのレベル取りに成功した。キム選手のスピンと似てしまったが、結局レベル取りをしようとするとみな同じような構成になってしまうのだ。 とはいっても、浅田選手も言うとおり、「ジャンプが決まらないと始まらない」。あまりに難しいプログラムを作ってしまうと試合に勝てないのは、ランビエール選手が昨シーズン証明してしまった。 キム選手が抜群の強さを発揮するのは、ジャンプ構成をまったくといっていいほど変えずに、確実性を高めてきたことだ。連続ジャンプは3F+3Tと2A+3T、それに3Lz+2Tが核であって、これは決してブレない。対して浅田選手の今シーズンのフリーのジャンプ構成はこれまでとまったく違うものにした。この不確実な構成が今回は完全に裏目に出た。 克服すべき課題として挙げた点はどうだっただろう。結果から言うとまったくダメ。逆に新たな課題を抱え込んでしまった。 (1)トリプルルッツのエッジ矯正は、本当にできたのか 結果から言うと「できていない」と見なされたということだ。ショートで2ルッツになってしまったジャンプが「!判定」。GOEでジャッジ全員から-3をつけられて(なぜ? それはここでは3回転でなくてはならないから)、2.5点にしかならなかった。フリーでは3ルッツを跳ばなかった。ショートでの2ルッツでの「!判定」がショックだったのかもしれない。タラソワが「10回のうち7回は完璧なルッツが跳べるようになった」と以前言っているのを聞いたが、本番では3回のほうが出てしまう、それがフィギュアだ。フリーで入れてこなかったということは、やはり自信がないのだろう。 (2)セカンドに跳ぶ3回転を回転不足なしに降りてこられるか 昨シーズンまでは、回転不足気味ながら、半々ぐらいの確率でなんとか入っていたセカンドジャンプの3回転。これもショートでは1回転になり(これは最低2回転でなくてはならないので、またもGOEで-3)、フリーではとうとうセカンドジャンプに3回転が一度も入らなかった。昨シーズンまあまあだったセカンドに跳ぶ3トゥループもなくなった。これが「希望の星」だったのに…… フリーでは単独の3トゥループですら、GOEで減点しているジャッジがいた(-2点が2人)。加点をしてるジャッジもいて(+1点が3人)、運良くそっちの数のが多く、ランダム抽出でも加点のほうが拾われたようで、最終的には基礎点を少し上回る得点になっているが、単独の3Tですら、GOEで減点される口実があるということだ。どうしてあれが減点ジャンプなのか、正直、解せない。だが、GOEが主観的で信用ならないのは、すでに何度も書いている。 (3)トリプルアクセルを決められるか これもお約束のツーフット。肉眼ではよくわからなかったがスロー再生で見たら、見事なツーフットだった。回転不足判定こそないが、GOEで減点され、基礎点8.2点から引かれて6.52点。成功した3ルッツ程度の得点しか稼げなかった。トリプルアクセルはこれが怖い。確かに今年から基礎点も上がったが、同時に加点に比べて減点の度合いが大きくなったのだ。(詳しくはウィキペディアの「フィギュアの採点方法」を参照)。 浅田選手は今回、ショートでイーグルからダブルアクセルを跳んで見事に決めた。イーグルから跳ぶということは、助走がほとんどないので難しい。しかもランディングしてから片足のままグイグイ滑っていく。この難しいインからアウトまでの流れを完璧にこなしたことで、基礎点3.5点に加点がついて5.5点。フリーのトリプルアクセルと1.02点しか違わない(苦笑)。浅田選手のショートのダブルアクセルが非常に高度なものであることは間違いないにしても、ダブルはダブル。トリプルアクセルの難度とは比較にならない。それなのに、これっぽちの点差なのだ。いかに今のジャンプ評価がトンチンカンかわかろうというもの。 もっといえば、浅田選手をなんとか落としたいジャッジが2人いるようで、この2Aの加点、ほとんどのジャッジがプラス2にしているのに、プラス1しかくれないケチなジャッジが2人。3トゥループでも、わざわざ減点したジャッジは2人だった。こうした、「減点してやろうと手薬煉ひいてるジャッジ」に、つけ入るスキを与えないジャンプを跳んで降りないと、なかなか素直にプラス点は出てこないのが、現行のルールなのだ。 だが、トリプルアクセルだけに限っていえば、去年よりは確率がよくなりそうな気はする。 課題として挙げた点すべてで失敗したうえに、昨シーズンまで何の問題もなかった大得意の3ループまで2ループになってしまった。足首に何か問題があるのではないかと思わせるような踏切時の力のなさ。さらにさらに苦手な3サルコウを入れて入らず、1サルコウで転倒するというオマケつき。この1SはGOEで-3がついて、得点は0.14、そこから最後に-1が引かれるので、-0.86点になってしまった。3サルコウは練習ではきれいに決めていたのに、やはり苦手意識があるものはプログラムの流れの中ではなかなか決められないのかもしれない。 ジャンプだけで見ると、これまでに見た浅田選手のどんな失敗試合も軽く見えてしまうほどの超新星爆発級の自爆。天才はやることが派手だ(苦笑)。これまではショートで失敗しても、フリーでは何とか立て直してきたが、今回はショート、フリーともダメだった。 「こういうシーズンの始まりは真央の伝統」とタラソワ・コーチは虚勢――明らかに――を張っているが、内心は思った以上に悪い出来でショックだったはずだ。もちろん浅田選手本人も。 ここまですべてが悪くなると、もはや一朝一夕にはどうにもならない。次のNHK杯でジャンプをどのくらい立て直せるか、待つことにしよう。 <明日は男子シングルの総括です> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008.12.13 16:48:19
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