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カテゴリ:MJQ本体
【1】『ぢいさんばあさん』
昭和時代に作られた新しい作品です。言葉も現代調で、そのまま見て楽しめます。 <場面> 一幕目:美濃部伊織の家・某年春 二幕目:京の鴨川沿いの「床」・同年夏 三幕目:一幕目と同じ家・37年後の春 <みどころ> 一般的には三幕目です。37年を経て夫婦が再会する感動。 個人的におすすめは二幕目。舞台は京の鴨川沿いの「床」。京の月に江戸の花、風情満点。続いて起こる悲劇。呆然とし続いて激しく悔やむ演技に注目。対照的にはんなりした唄が効果的。悪役の演技も見もの。いかに憎憎しくいやな奴を演じるか。この演技がよいと芝居が引き立ちます。 【2】『野崎村』 <本編以前のあらすじ> 百姓である久作の家には、妻、娘のお光、養子の久松がいた。久松はもと武士の息子だが、ある事情で家がつぶされ、乳母の兄である久作が養子としてひきとり育てた。久作の妻は後妻であり、その連れ子がお光。お光と久松は、久作の家で育った幼馴染。 久松は、大阪の商家である油屋に奉公に出た。油屋を経営するのは未亡人のお常。その娘がお染。お常は、山家屋という商店から借金をしている。ところが経営難で返済できない。山家屋の主人は、お染を嫁にほしいといってきた。ところがお染と久松は恋仲である。 ある日、お染に片思いの丁稚が久松を陥れようとする。金を盗んだ濡れ衣をきせられた久松が、久作の家に送り返されてくる。たくらみを見抜いた久作は、金を立て替える。久作は、この機会に、久松とお光を結婚させることに。妻は病身で余命わずか。娘であるお光の結婚を唯一の楽しみにしている。 <本編のあらすじ> 結婚の準備でウキウキしているお光が登場。 そんなところへ美しい町娘が訪ねてくる。お光は、恋敵のお染と悟り締め出すが、結局お染は久松と再会する。 久松の別れ話に、お染はそれなら死ぬと迫る。久松も一緒に死のうと覚悟を決めるが、久作の説教がこたえて思い直す。 さっそく久松とお光の祝言をあげようとしたら、なんとお光は髪を切って尼の姿となっていた。自分を犠牲にしたお光の姿。お染はまた死のうとするが再度とめられる。 お染の母親であるお常が登場。さきほどからの様子を外で見ていたといい、久作とお光に感謝して、久松とお染の仲を認める。事情を見抜いているお常は久作にお金を返す。 人目をはばかり、二人は別々に帰る。お染は母お常と舟で、久松は駕籠で。 見送るお光は、皆が去るまでは平気を装う。しかし、皆が去った後、ついにこられきれず、父の胸に泣きすがる。 <本編のあとの物語> この物語には続きがあり、結局、お染久松は心中してしまう。 <野崎村は実在?> 野崎村は、大坂郊外の農村地帯。有名な観音様で知られ、大坂から日帰りで参拝できる距離。 <障子部屋の主> 右手に障子の部屋があります。実際に登場はしませんが、老母がいる想定です。久作の妻(後妻)、すなわちお光の実母です。最初に出る村人が帰り際に「お大事に」といったり、ほか何度か、その存在を匂わせています。病身の老母の存在で、悲劇が一層高まります。 <二本の花道> この演目では、二本の花道が設置されています。問題の二人が駕籠と舟とで別々に大阪へ帰る終盤。左側の花道は川となり、舟が進みます。右側の花道は土手となり、籠が進みます。途中、1階席の客から笑いが出ます。籠のかき手が一休みして、曲にあわせてコミカルに汗をぬぐっているのです。3階席からは花道が見えませんので、想像力で補ってください。 【3】『二人椀久』 幻想的な雰囲気の濃い演目です。変化に富む踊りです。曲も名曲。起承転結で構成を見てみましょう。歌詞はこちら。 <起> 幕が開くと、舞台は真っ暗。長唄の演奏がひとくさりあります。続いて、花道から椀久が登場。自分の境遇を語りつつ、彷徨いながら海岸にたどりつき、松の木のそばで眠りにつきます。 <承> ここからは、椀久の夢の中とでもいう想定。恋仲の松山が登場。二人で楽しく踊ります。最初はしっとりとした踊り。その一部に使われているのが、伊勢物語の筒井筒の部分。こんどは一転して華やかな踊り。だんだんテンポが早まっていきます。 <転> 松山は消えてしまいます。 <結> 一人残され呆然とする椀久の姿。 <なぜ「二人」椀久?> 冒頭で椀久が着ていた着物があります。それを松山が着て踊る部分が途中にあるので。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005.03.24 20:48:56
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