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山崎元の経済・マネーここに注目の日記 [全107件]

2011.10.28楽天プロフィール Add to Google XML

■運用の心得、五カ条「上級者編」

ご愛読頂いているこのメルマガは、残念ながら、今回をもって配信が終了する。最後を意識して、読者の記憶に残って、長く役に立つ内容をお伝えしたい。今回は、お金の運用を行う上で重要な心得を五つお伝えしよう。前回「初級編」をお届けしたので、今回は、「上級者編」だ。

その一、「自分の買値にこだわらない」

ご記憶のいい方は、「前回の初級編にも同じ心得があったのに、なぜまた同じ心得を?」と疑問に思われるかも知れない。

それでも、この心得はもう一度繰り返す価値がある。それは、プロのファンドマネージャーになっても、自分の買値に対するこだわりが抜けない者が少なくないからだ。「自分は、この株(通貨でも、債券でもいいが)を一体、幾らで、なぜ買ったのだろうか、という反省はプロの場合常に必要だが、それが現在の意思決定に影響するようではプロ失格だ。

意思決定は、既に起こった今後修正できない出来事に影響されて行うのではなく、現在の状況を前提として、将来の想定に基づいて行われなければならない。過去の損は、現時点では取り返しの利かない「サンク・コスト(埋没費用)」として理解されて、今の意思決定からは切り離されなければならない。

チャート分析に基づいて売買するようなレベルの投資家は別として、ある程度以上の常識のある投資家なら「サンク・コスト」を少なくとも頭では理解しているが、一つには、将来の想定が難しいので、過去に起こったことや予測に関係ない事情に頼りたくなるからだ。

たとえば、「機関投資家は、毎年の決算があるから、長期投資が出来ない」とか「アマチュアの方が有利だ」と言うプロがたまにいるが、冷静に考えると、たとえば今年の決算に実現損を出さなければ、来年以降の決算で出さなければならない損が増えるだけなので、長期的に考えると、「正しい投資行動」はそう大きく変わるものではない。「決算があるから」は浅慮に基づくつまらない言い訳だ。

もう一つの理由は、勝ち負けにこだわる本能から自由になることが、誰にとっても難しい、ということだろう。これは、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンらが創案した「プロスペクト理論」が大きな業績として認められて継続的に理論の地位にあることが雄弁に物語っている。

しかし、買値に対する拘りは捨てた方がいい。投資を遥かに、自由に且つ合理的に考えることが出来るようになる。

その二、「エコノミストのようには考えない」

かつてフィデリティ社のマゼラン・ファンドで優れた実績を残したファンドマネージャーであるピーター・リンチ氏の得意な台詞の一つに「私は、マクロ経済について一年間に15分ほど考える」というものがある。リンチ氏は、こう言って、聞き手の顔色をうかがう。

多くの場合、聞き手は、ファンドマネージャーは毎日のように経済見通しについて考えているものだというイメージを持っているので、意外な顔をする。そこでリンチ氏は、マクロ経済の見通しが運用の役に立たないことと、自分の投資哲学である、投資対象企業の把握に集中することの優位性を説く訳だ。

詳しい説明は省くが、専門的な分析を踏まえると、マクロ経済見通しに基づく投資戦略は、(1)マクロ経済の見通しを他人よりも優位に形成することの難しさ、(2)戦略のリスク分散が利きにくいことによる当たり外れの大きさ、の2点によって上手く行きにくいことが指摘できる。

企業分析が他人よりも上手く出来るか、という問題はあるが、他人に聞かせて、他人を納得させられるようなストーリー(エコノミストは、これを語るのが商売だ)は、既に株価や為替レートに織り込まれていることが殆どなので、投資戦略のポイント(アクティブ・リターン)の「種」にはならない。

その三、「逆ではなく裏に張る」

株式市場では、投資家の話題を集めて売買が過熱し、値動きが激しくなる「注目銘柄」や「注目セクター(あるいはテーマ)の銘柄群」が登場することがある。

このような注目銘柄が生じた時に、この銘柄(の動き)に「乗って」順張りで勝負をしようとする人が多い(だから、注目銘柄になるのだが)。一方、人々が順張りなら、自分は逆張りで勝負しようとする参加者もいる(だから、出来高が増える)。

それぞれ、他人よりも自分の持つ情報と判断が勝るという確信があるなら、それで構わないのだが、問題なのは、「買い」にせよ「売り」にせよ、注目銘柄で勝負しなければならないと思い込む人がいることだ。

しかし、注目されている銘柄は、一つには、売り買い両サイドから多量に研究されていて「自分に有利な要因となる情報」の可能性が乏しい。多数の参加者が注目する中で、市場を出し抜くのは大変だ。少なくとも、過去に発表された情報は、価格に織り込まれていることが多い。

また、注目されている銘柄は、その時に状況自体が動いている銘柄であることが多い。プラス・マイナスどちらに動くのかを五分五分と見るとしても、リスクが拡大していることが多い。投資で稼ぐ場としては、不利な条件だ。

順張りか、逆張りか、と力むのではなく、どちらでもない、「注目の蔭にあるチャンス」を探すアプローチが有効な場合が多い。

「裏張り」という言葉はあまり聞かないが、敢えて一言でまとめると、逆張りよりも、裏張りにチャンスが多い。

その四、「株式投資は不美人投票と知る」

かつての英国の大経済学者、ジョン・メイナード・ケインズは、株式投資を美人投票に譬えた。自分が美人だと思う美人に投票するのではなく、他の大多数の平均が多数投票するような美人をこそ選ばなければならないゲームだ、というのが、ケインズのこの譬えの直接的な意味に関する筆者流の要約だ。「自己中」(ジコチュー。自己中心的な考えや態度)への戒め、といってもいいだろう。

しかし、投資家にとって、「美人銘柄」を買うのがいいことなのだろうか?

株式投資によって儲かるパターンを考えてみると、典型的には、「現在、美人の銘柄」ではなく、「現在は美人ではないが、将来、美人(=多数の人気を集める)銘柄」を買うことによって、後に儲かる、という儲け方の筈だ。

また、儲かるためには、対象が「美人」でなくても構わない。経営その他が「非常に不出来な会社」が「少しましな会社」くらいに改善して、多くの投資家がそれを評価した時、場合によっては、「美人」が「超美人」に変化した場合以上に儲かることがあっておかしくない。

要は、株式投資は(多かれ少なかれ、他の投資も)、「人気の変化を当てるゲーム」なのだ。

そう考えると、これ以上上がり目がないくらい人気が沸騰している銘柄は、むしろチャンスが乏しいと考えるべきだろう。いわゆる「バリュー効果」(割安銘柄のリスク調整後の相対リターンが高い現象)の存在は、いわゆる「グラマー・ストック」のその後の不振傾向と裏腹の関係にある、と筆者は理解している。

その五、「お金はポーカーチップのように扱う」

当メルマガでお伝えする最後のメッセージに辿り着いた。

最後のメッセージは、投資にあっては、お金を貴重だと思って、これを儲けることや失わないことを意識することが邪魔になるということだ。

ポーカーというゲームは、かつてジョン・フォン・ノイマンが注目したくらいで、ゲームというものの本質を代表するゲームだと思うが、ポーカーの世界で強調されているのは、「お金を意識せずに、正しいプレイをする」ことの重要性だ。損を取り返そうとする心理が代表的なものだが、お金への拘りは、その時に最適なプレイから、実際のプレイを遠ざける原因なりやすい。

「行動ファイナンス」が研究しているように、投資の世界には、投資家の非合理的な行動が満ちているが、その多くは、投資がお金に関わる問題であることに起因している。

合理的に考えて、正しい行動をせよ。それだけに集中すべきで、それ以上を望むべきではない。最後にお伝えしたいのは、このことだ。


長い間のご愛読、どうもありがとうございました。別の話題も含めて、投資・運用にご興味のある方は、是非、楽天証券のホームページにお越しくだささい。お待ちしています。

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楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元
(楽天マネーニュース[株・投資]第107号 2011年10月28日発行より) ==========================================================


皆様に長きにわたりお楽しみいただいておりました「楽天マネーニュース」ですが、勝手ながら、今回の2011年10月28日号をもって終了させていただくことになりました。これまで「楽天マネーニュース」をご愛顧いただいた皆様に厚く御礼申し上げますとともに、引き続き楽天グループのサービスをお楽しみいただけますよう努めてまいります。



最終更新日時 2011.11.07 19:54:51


2011.10.14

■運用の心得、五カ条「初心者編」

ご愛読頂いているこのメルマガは、残念ながら、今回と次回をもって配信が終了する。そろそろ最後を意識して、読者の記憶に残って、長く役に立つ内容をお伝えしたい。今回は、お金の運用を行う上で重要な心得を五つお伝えしよう。

その一、「よく分からないものは決して買わない」

金融商品は数が多い。しかも、その数が今も増えつつある。今後も増えるだろう。こうした環境でお金を運用する場合、最も大切なことは、自分が完全に内容を分かっているもの以外には大切なお金を投じないことだ。

完全に分かっているとは、商品の内容を曖昧な点なく他人に対して説明できてどんな質問にも答えることが出来るくらい理解していることだ。どのような時に、どのような利回りになり、どんなリスクがあって、売り手は実質的にどれだけ手数料を取っているか、といったことが、金融商品を購入する前にはクリアに分かっていなければならない。

商品の内容をクリアに理解していること、且つその条件に納得できることが、金融商品を購入してもいい必要十分条件だ。

その二、「セールスを断っても自分は損をしないことを知る」

多くの金融商品は、顧客が自分で探して見つけることよりも、金融業者のセールスによって、その存在を知ることが多いだろう。

しかし、セールスマンから商品の紹介・説明を受けると、「自分は話を理解した」ということを示したくて、時間を使ってくれたセールスマンに恩義を感じて、あるいは、「今の機会にこの商品を買わないと損をする」といった心境に陥って、商品を買わないと悪いとか、勿体ないとかいった気持ちになることが多い。だが、これらの感情は、いずれも、セールスマンがそのように仕向ける意図を持ってプロフェッショナルな努力をした結果生じるものだ。

しかし、金融商品は、株式市場、債券・金利市場、為替市場といったフェアなマーケットから「素材」を持ってきて売り手の利潤を実質的な手数料として乗せて売っているものだ。その時にセールスを断ったからといって、マーケット変動による結果論的な損は将来あり得ても、これを確実に予測できる市場参加者は(ほぼ)いないのであって、その行為自体が「意思決定として損」だということはあり得ない。

つまり、申込期間限定で売っている商品であっても、このセールスを断った時に、その時点では顧客の側は意思決定として損をしない。確実に損をするのは、時間と手間を掛けたセールスマンだけだ。

付け加えると、金融商品を購入する顧客は、セールスを断った他の客にセールスマンが費やした時間と努力の対価も支払わなければならない仕組みになっている。

もう一歩踏み込んで言うと、そもそも対面営業のセールスマンの話を聞くこと自体が、時間の無駄であり、愚かなのだ。「自分で調べて、ネットで注文する」という行動を強く推奨する。

その三、「金融商品は実質的な手数料で選ぶ」

中身の性質が似た金融商品を購入する時(たとえば「国内株式」の投資信託を買う時)、商品の優劣を決める際に最も重要な要素は、商品の「実質的な手数料」だ。手数料は「確実な(基本的にリスク・ゼロの)マイナス・リターン」だ。

前述のように、運用の中身はフェアなマーケットで行われるものだ。プロといえども他のプレーヤーの平均に勝つことは簡単ではないし、それが高い確度で可能な情報や判断力を持っているなら、自分のためにその情報なり判断力を使うはずだ。

少なくとも同じアセット・クラスの商品に投資する場合、最重要な要素は、商品の実質的な手数料であり、過去の運用実績や、商品や運用会社のブランドなどではない。結果に影響するものであって、自分が影響を及ぼすことができる要素に集中しよう。それは、「実質的な手数料」に他ならない。

たとえば、今のところ、株式で運用する商品であれば、手数料差を考えると、インデックス・ファンド以外の選択肢は考えにくい。

その四、「分散投資のメリットを知る」

分散投資でリスクが低下することは広く知られている。分散投資は、投資家自身の努力によってポートフォリオを改善する手段であり、これを利用しないのは「もったいない」。ここでも、自分が影響を及ぼすことができる要素に集中することが大事だ。

結果論だけで見ると、集中投資こそが投資の醍醐味であり効率性も高いかのように思いがちだが、いかんせん将来は不確実だ。分散投資の効用を軽視しない方がいい。

但し、分散投資は、投資の中身が実質的に分散されていることが大事なのであって、同じような中身の金融商品を複数持つような分散は無用だ。たとえば、MSCI-KOKUSAIに投資する外国株のインデックス・ファンドに投資すれば、一つの商品に対する投資で、実質的に20カ国以上に先進国の株式に投資できる。

その五、「自分の買値に拘らない」

筆者が長年投資家の行動を観察していて、投資家が合理的な投資行動から遠ざかる最も大きな理由は、投資家が「自分の買値」に拘る傾向だ。

1,000円で買った株式が900円の時、あるいは、1万円で買った投信が9千円に値下がりした時、人はしばしば「今売ると損が出るから売れない」と言う。

筆者は、決して頻繁な売買を推奨する訳ではないが、自分の買値に拘ることで、リスク資産への投資を減らしたいのにそれが出来なかったり、お金が必要なのに保有している金融商品を売却できなかったりする人が多いことには疑問を感じる。

お金の運用で(実は人生全般で)重要なのは、過去に起こったことではなく、これから起こりうることのみに意識を集中して意思決定することだ。この際に、邪魔になるのが、自分の「買値」ではあるが、これを無視して、将来に向かって何がベストかを考えることが重要だと申し上げておく。

初心者向けの心得のつもりで選んだのだが、自分の買値への拘りは、プロでも捨てられない場合が多い。

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楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元
(楽天マネーニュース[株・投資]第106号 2011年10月11日発行より) ==========================================================



最終更新日時 2011.10.17 09:19:49

2011.09.30

■「危機」のパターン分けと資産運用の今後

ギリシャの状況が深刻の度を増している。最近数カ月で行われている先進国の蔵相レベル以上の会議では、もっぱらギリシアを含む欧州の問題にどう対応するかがホットトピックのようだ。日本国内では、円高問題に対する関心が高かったが、世界的なレベルでは、大きな問題とはされていなかった訳だ。

ギリシャの問題について、筆者は、昨年の5月に、このメルマガで原稿を書いている。自分が何を言っていたか、どこが間違っていたか等を点検することは、投資にあっても重要なので、少々振り返ってみたい。

当時、筆者は、ギリシャ問題の日本に対する短期的な影響を大きく見積もっていない。これは、当時の株価の動き等から見て、やや過小評価だった。

また、当時の筆者は、ギリシャ一国の問題は、金額にして最大限でも数千億ドル・レベルの問題なので、EUはこの問題を遅かれ早かれ解決するだろうと見ていた。しかし、「EUレベル」の得失を見ると、確かにそうかも知れないが、たとえば、ドイツ国内が、「どうして、我々の税金でギリシャを救済しなければならないのか」という問いに対して有効な説得材料を提示することが出来ないといった、現実の政治プロセスの問題について見落としがあったことは反省せざるを得ない。国やまして世界の利益で考えた結論を、個々の人や企業、あるいは国が、実際に実行するとは限らないことは、経済を考える上でしばしば見落としがちなことなので、注意したい。

一方、中・長期的な問題として、筆者は、当時のギリシャ問題を、日本の不良債権問題に譬えると「住専への公的資金投入」くらいのもので、問題の本体は、欧州の金融機関が抱える不動産関連の不良債権にある、と大きく考えていた。「中・長期」の問題はまだ答えが出た訳ではないが、「ギリシャのソブリン・リスク」という比較的扱い易いはずの問題を扱いあぐねている欧州の状況から見て、まだまだ先があると思われる不良債権の問題は、過小評価しない方がいいと(今でも)思う。

欧州の問題は、リーマン・ショックの後のような、いわば金融危機の第二弾につながるものなのか。

この問題を考える上では、「危機」を幾つかのパターンに分類することが、有用だろう。

会社の場合でも、危機的状況には幾つかの段階がある。切迫度の順番からいうと、手元資金が不足する決済の危機、必要な資金を調達できなくなる信用の危機、もう一つは業績の急激な悪化だ。

国の経済単位で考えると、国が外貨不足に陥るか或いは金融機関が決済資金を調達できなくなる「流動性の危機」、大規模な信用の収縮が起こる「信用危機」、さらに「深刻な不況を招く何らかの危機」ということだろう。

流動性の危機は、国単位で外貨の決済を巡って起きることが多く、経常収支の赤字を資本収支の黒字で補っている新興国から資金流出及び新規資金の流入枯渇が起こるのが典型的な流動性危機だが、サブプライム問題に続くリーマン・ショックの後には、民間の国際的な金融システム全体で流動性危機が起こりそうになった。これは、政府と中央銀行の努力によって深刻化が回避されたが、前回の銀行救済に対して各国の国民から相当の批判を受けた後である今回の欧州問題が流動性の危機に発展した場合、これが十分に回避できるかどうかについては、不安が全くない訳ではない。

信用危機は、日本の場合で言うと、金融機関がバランスシートに問題を抱えリスク回避に動いたことと、借り手の側の信用度にも疑義が生じたことで、「貸し渋り」の形で顕在化した。信用危機は、投資の減退から不況を招くと共に信用収縮からデフレを招いたことは、日本人のよく知るところだが、今後数年の推移によって、欧米人も実感するところとなるかも知れない。

不況に至る危機には、バブル崩壊による資産価格の大幅な下落がもたらす逆資産効果によって生じる需要不足のような需要面の危機もあれば、オイルショックや、東日本大震災後のサプライチェーンの損壊のような供給側の要因による危機もある。何れも、生産の縮小から、所得や雇用の減少につながる。

米・欧を中心とした現状は、こうした危機の何れかに至る可能性があるのだろうか。

筆者は、流動性危機にまで至らないと思うが、一時的な信用危機を含む景気後退期は十分あり得るのではないかと考えている。

再び日本の経験から判断すると、信用危機は、金融機関と借り手の両方にあって潜在的な損失が十分に顕在化することと、十分な資本の手当が行われることによって解消するが、特に欧州の現状はこれからかなり遠い。

ただし、この危機が、先進国の財政危機からインフレに至るような経済破綻を直ちに導くものでは無い点には、特に投資家として注意が必要だ。民間の資金需要が減退し、また、貸し手がリスク回避的になることで、政府部門は大きな資金吸収余力を得るし、民間の信用収縮を借り手としての政府が補わないと信用収縮からデフレに陥る(これも日本は経験済みだ)。資産運用上は、今後、欧米が「日本化」する可能性を軽視しないことが重要だろう。財政赤字の拡大から「次は、インフレ」と即断して、インフレ対策モードの資産運用に早く移行すると(極端な典型は国債の空売りだ)怪我をする。

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楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元
(楽天マネーニュース[株・投資]第105号 2011年9月30日発行より) ==========================================================



最終更新日時 2011.09.30 13:53:05

2011.09.09

■「運用の目的」の副作用

ある金融業界誌を見ていたら、対面営業の金融機関が投資信託の販売をどう強化したらいいか、という特集記事があった。この記事の中で、対面営業の金融機関寄りと思われるファイナンシャル・プランナー(FP)は、顧客に「運用の目的」を明確に意識させることの重要性を説いていた。

このFPによると、例えば、老後の生活設計のために訪れた客には、老後の生活のイメージを明確化させ、手持ちの資金を、「生活資金」(入院費など突然の出費への備え)、「ゆとり資金」(年金等で足りない生活費を補填するための資金)、「残す(増やす)資金」に分けると、考えやすいのだという。このFP氏によると、生活資金は普通預金口座、ゆとり資金は「リタイヤ後に備えるのならば分配型ファンドや変額保険などの年金形式で受け取れる商品が合っています」、最後の増やす資金は「国際分散投資をしながら長期運用」するのだという。

はっきり言って、「ゆとり資金」と「残す(増やす)資金」の区分がムダであり、「老後のキャッシュフローで足りないお金を補填する、ゆとり資金」というものをイメージさせることによって、分配型の投信や個人年金保険といった、銀行にとって手数料の大きな商品に資金を誘導する手掛かりにしている。

分配型のファンドの多くは為替リスクを大きく取っており、この上さらに、国際分散投資をしながら長期運用という資金を設けると、為替リスクが過大になることが多いし、全体を見通した時の運用計画には、「ゆとり資金」のリスクも考慮されるべきであり、余計な資金区分が運用の非効率性につながっている。

金融商品の売り手側が、顧客へのコンサルティングサービスとか金融商品の目利きとか言っておこなっているのが、こうしたインチキ・セールスなのだ。はっきり言おう。対面型の相談窓口に行ってもろくなことはない。自分の手持ち資金などのデータを提供しつつ、先のFPの話のように、役に立たない話を聞かされて、金融商品を売り込まれるだけだ。

思い切って断言すると、「運用目標」とは、顧客の目を純粋な運用の損得から逸らすための方便だ。

運用の目標は、「お金を増やすこと」に決まっている。もちろん、増やし方の「事前の時点での」評価は、負うことになるリスクと期待収益の効率に依存するが、適切な大きさのリスクの下に、ベストな効率で資産を増やそうとすることが資産運用の一般的目的であり、その際にコスト(実質的な手数料=確実なマイナス収益)が特に重要だ。

老若男女、立場の違いを問わず、運用判断に必要なのは、それだけだ。後は、どれだけ運用に資金を回すか、あるいは、どのようなペースで運用資金を取り崩すかといった、キャッシュフロー・マネジメント(会社で言えば「資金繰り」)があるだけだ。

お金、あるいはもう少し範囲を拡げて金融資産のいいところは、処分の柔軟性だ。お金があれば、老後の生活資金のために、あるいは、結婚資金のために、子供の学費のために、病気の時のために、いざという時の備えのために、あるいは、将来の各種の「夢を実現する」ために、何れの目的にも使うことが出来る。

この目的意識は、貯蓄や運用のモチベーションになるので、全てが悪いわけではないが、資金の使途別にお金を用意しなければならないと考え始めると、余計な金融商品に目が向きやすくなり、運用の資金効率が落ちる。

たとえば、ある保険専門家は、率直に当面自由になるお金が100万円か200万円ある人にガン保険をはじめとする医療保険はいらない場合がほとんどだ(健康保険の高額療養費制度で医療費がカバーできるから)と言うが、「病気への備え」という過剰な運用目的をイメージすることによって、「5千円の医療費を、1万円の保険料で買う」と言われるような、非効率的な契約を結ぶように誘導されている。

実際には、先のFP氏が言う分類だと、「生活資金」と「増やす資金」があればよく、増やす資金の中でどれだけリスクを取ることが出来るかを考えた上で、リスク資産部分はそれこそ「国際分散投資」の最もリスク当たりの効率のいい組合せで行えばいい。突然の病気など、出費要因があれば、運用資金を取り崩せばいいだけのことだ。資金使途別にお金を用意しなければならないという余計な先入観が運用の効率性を損ねる。もっと言えば、運用目的に過剰に首を突っ込むことで、金融機関のマーケティングに絡め取られやすくなっている。

FP系のマネー・アドバイザーの中には、「運用目的」の重要性を強調しすぎる人が少なくない。

人生の一般論として、「目的」を持つことがいいことだ、という刷り込みがあるのだろう。あるいは、少々意地の悪い推測を許して貰うと、彼らは、運用の効率性を測る手段と正しいアセットアロケーションの作成能力を持っていないから、顧客の「運用目的」に頼るのだろうし、そこに話題を持っていかないと、語るべき事がないのだろう。もちろん、こうした人々が、金融機関の手先となって、保険や運用商品の販売を仲介して、手数料を貰っていることもある。

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楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元
(楽天マネーニュース[株・投資]第104号 2011年9月9日発行より) ==========================================================



最終更新日時 2011.09.13 15:37:52

2011.08.30

■金(GOLD)を理解する

ドル安と共に、金(きん)に注目が集っている。もちろん、直接的なきっかけは、近年の金価格が高いことにある。

テレビなどでも、円高問題の特集に加えて、最近の金価格上昇について取り上げることが増えてきた。もっとも、金価格について「これから買ってもまだまだ儲かるのではないか」と考える方向でばかり取り上げられる訳でもない。「随分値上がりしたから今のうちに売っておこう」と所有している金地金や金貨、金製品などを貴金属取扱店に持ち込む人も多いようだ。

金には、複数の顔がある。第一に、金は、工業製品の原材料だ。電子部品などに使われるので、景気が良くなって一次産品の商品相場全般が上昇するような時に、金価格も上昇する。

第二に、金は装飾品の原材料でもある。近年、経済の発展が目覚ましい中国やインド、特にインドでは装飾品として金製品が好まれるので、同国経済の成長は、金に対する需要を下支えすると見込まれる。金がまだまだ買えるという理由を挙げる時によく登場する話だ。

もっとも、装飾品のような形で広く保有されているということは、金価格がいよいよ上昇した時に、あちこちから個人の現物売りが出て来やすいということでもある。かつて、銀の買い占めが起こったことがあるが、この時に、買い方の失敗を招いた一つの原因が、銀相場のあまりの高騰に、食器などの銀を売る新たな現物供給が買い方の計算外であったことを挙げる向きもある。

第三に、金は伝統的に通貨の材料として用いられてきたこともあって、通貨に準じる資産として扱われる性質がある。多くの国の中央銀行が金を準備資産として保有しており、この点で、金は他の商品と一線を画す。中央銀行の売買は、金の需給を読む上でも重要なファクターだ。

この第三の性質によって、金は、通貨の価値が揺らぐような場合に需要が増加して価格が上昇する傾向を持っている。金融危機のような金融システムの信頼が低下するイベントも買い材料だし、戦争も金が買われる典型的な要因の一つだ。近年の金価格の上昇の背景には、世界の基軸通貨である米ドルの価値の下落傾向がある。また、現在、米国が自国の通貨の下落を望む環境にあり、同時にユーロの信頼性が揺らいでいる。これらの要因が金価格上昇の追い風となった。

しかし、金は保有していても、株式・債券・不動産のように、資産が経済価値を生む活動に参加する訳ではない。金は、利息も配当も生まない。金を現物で持っていても、他人に見せて「拝観料」でも徴収できるのでないなら、経済的な価値を生みはしない。

つまり、金の購入は、価値を保存する動機を脇に置くと、金価格の上昇に賭ける「投機」であり、生産活動に資本を提供してその果実を得ようとする「投資」ではない。

金相場のリスクは、基本的に、これ以上金価格が上がるか、あるいは下がるか、というお互いの見通しの違いに賭けるゼロサム・ゲームのリスクだ。より大きなリスクに対してより大きなリターン(超過リターン、あるいはリスク・プレミアム)の補償が期待できるという「ハイリスク、ハイリターンの原則」が当てはまるような投資のリスクとは根本的な性質が異なる。

世間では、「金の積立投資」のように、金の購入に対して、「投資」という言葉を当てようとすることがあるが、リスクを負担する行為である点が投資に近いとしても、株式投資や不動産投資のような経済活動への参加としての投資とは意味が異なるので、注意を要する用語法だと思う。

筆者の結論をはっきり言うなら、原則として金は長期の資産形成に不向きだ。これは、金相場に対してどういう見通しを持つのかとは別種の議論だが、重要な認識だ。

金相場との関わりは、「投資」ではなく、あくまでもゲームとして、投機としての覚悟を決めて行うのが正しいと思う。ゲームと割り切るなら、金貨や金の延べ棒のような現物を買うのは実質的な手数料が高くて割りが悪い。筆者のお勧めは、ネット取引の商品先物取引だ。

もちろん、「買い」から入るのか、「売り」から入るのかは、読者がご自分で決めて欲しい。

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楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元
(楽天マネーニュース[株・投資]第103号 2011年8月26日発行より) ==========================================================



最終更新日時 2011.08.30 16:10:50

2011.08.12

■「デフォルト」という言葉のあれこれ

先週の世界のマーケットは、米国債のデフォルトに対する懸念に注目が集まった。米国では、政府の債務残高の上限が決められており、これを議会が引き上げなければ、上限を超える債務(国債やTビルなどによる借り入れ)を持つことができない。リーマンショックに続く金融危機の発生後、米国では金融・財政共に非常に積極的な政策を実施したので、政府の債務が急拡大しており、まさにこの上限に近づいていた。

議会の合意が8月2日までに成立しない場合には、米国債の利払いが滞る可能性があるとして、デフォルトの発生が心配されていた。

デフォルトという言葉は、債券投資の世界でよく出てくるが、読者はどんなイメージをお持ちだろうか?

この言葉が使われる文脈は、なんとなく不吉な場合が多い。金利も元本も全く返ってこない、全面的な「貸し倒れ」のような状態をイメージされる読者が多いかも知れない。

しかし、言葉の定義の上では、債務に関する契約のどんなに些細な問題であっても正確な履行がなされなかった場合、それは、すべてデフォルトなのだ。従って、元本を全く返済しないのもデフォルトだし、金利の支払いが一日遅れるのもデフォルトなのだ。

デフォルトという言葉が出てくるのは、債券投資の世界ばかりではない。企業同士、あるいは企業と金融機関のお金の貸し借りの契約にもデフォルトはあるし、プロジェクトの資金を融資するローン契約のようなケースでもデフォルトがある。

プロジェクト・ファイナンスの契約書は、紙に印刷すると何センチもの厚さになることが珍しくない。英文で書かれた分厚いローン契約書を読むのは骨の折れる作業だが、コツは、デフォルトの定義とその関連項目に集中して読んでみることだ。

ローンの貸し手の立場からすると、お金を貸した相手が、お金を返せなくなるかもしれない事態が発生した場合には、法的な手段に訴えて自らの債権の価値を保全できるようにしておかなければならない。

利息の支払いが順調であっても、たとえば、借り手の会社が債務超過になった場合などには、直ちに債権を保全する手続きを取ることができないと、他の債権者に先に資産を差し押さえられてしまうような事態が起こりかねない。従って、ローンの契約にあってはデフォルトの定義の中に借り手が債務超過になることを含めたり、債務超過にならなくても、自己資本比率が一定以下に低下したりした場合にこれをデフォルトと定めるというような条件をつけて、契約書を作成することが一般的だ。

また、ローン契約にあっては、同一の借り手の他のローン契約でデフォルトが起きた場合には、この契約もデフォルトとみなす、という趣旨の規定(「クロス・デフォルト条項」と称する)が含まれていることがしばしばある。

ともかく、デフォルトという言葉は、債務契約の不履行全般を指す言葉であって、何がデフォルトに該当するのかは、個々の契約(債券の場合は発行条件)で何を定めるかに依存する。従って、契約を結ぶ場合には、その契約において何がデフォルトに該当するのかについて、借り手も貸し手も細心の注意を払うことが肝要だ。

そして、プロジェクト・ファイナンスのような大きくて複雑になりやすいローン契約も、デフォルトに注目して読んでみると、案外簡単に理解することができる。

デフォルトと関連する言葉で、誤解しやすいのが「リスケジュール」(日本式に略すると「リスケ」)だ。借り手に十分な返済能力がなく、金利支払いや元本の償還について、当初に決められたスケジュールから、別のスケジュールに組み直すことを(多くの場合、返済期間を延ばすことが多い)リスケジュールと称する。

ここで誤解しやすいのは、リスケは一見デフォルトのように見えるが、借り手と貸し手の双方が合意して返済スケジュールを変更することなので、その合意ができれば契約不履行の状態が解消してデフォルトの状態には分類されない。

いったんデフォルトに該当する事情が起こっても、後からリスケジュール等の合意ができて、現状が契約不履行に該当しなくなると、デフォルト状態が解除されることになる。通常、何らかの契約でデフォルト状態にある主体は、追加的なローン契約を結ぶことができないが、後から当事者間でリスケジュールが合意されることによって、国際金融の舞台に復帰することができるようになる。

今回、仮に米国債に関してデフォルトが起きたとすると、米国債の信用が大きく毀損する可能性があった。ぎりぎりではあったが、デフォルトが回避されたことは幸いだった。

もっとも、現在の米政府の場合、支払い能力やそのための資金の調達力に疑問が生じてデフォルトになる訳ではなく、手続き的な問題で、デフォルトが起こるかも知れないということだったので、仮にデフォルトが起きたとしてもギリシアのようなケースとは異なるし、短期間でその状態は解消したはずだ。

デフォルトの可能性にもいろいろあるので、その性質を正確に掴んで、正しく恐れることが重要だ。もっとも、米国債のような、本来は最も信用度が高くあって欲しい対象で、今回のような心配が生じるようなことは、頻繁には起きて欲しくない。

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楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元
(楽天マネーニュース[株・投資]第102号 2011年8月12日発行より) ==========================================================







最終更新日時 2011.08.22 15:57:12

2011.07.22

■為替についてよくある二つの誤解

為替レートは毎日ニュースで報道されるし、外貨投資もずいぶんポピュラーになった。しかし、「為替」については、初心者ばかりでなくベテラン投資家や時にはプロでも勘違いしやすい誤解が二つある。

一つ目は、「高金利通貨の期待リターンが低金利通貨よりも高い」と考えることだ。「為替」とは支払い手段のことであり、為替取引は支払い手段を取引しているのだから、常に資金取引を伴っている。つまり、為替レートは必ず金利と共に取引されているので、「事前の」予想の段階にあっては、どの通貨と金利の組合せのリターンが高いということが言える訳ではない。

これは、銀行や商社などで為替予約を扱うと実感として分かることなのだが、株式のように金利を直接的に意識していない対象しか売買経験がない場合にはなかなか納得しにくいことのようだ。

高金利通貨も低金利通貨も、預金や債券の将来リターンが「どちらが高いとも言えない」し、自国通貨の預金・債券と、外国通貨の預金・債券のリターンについても同様のことがいえる。この場合、外国通貨の預金・債券にあっては、為替レート変動のリスクがあるので自国通貨の預金・債券と比較した場合、大まかにいうと「リスクはあるのに、期待リターンは同じ」ということになる。つまり、割りが悪い。

現実には、金利物への外貨投資は、預金でも債券でも外債に投資する投資信託でも、国内預金・債券で運用するよりも高い手数料を支払いがちになるので、この割りの悪さがさらに拡大する。

二つ目の誤解は、為替のリスクをハイリスク・ハイリターンの原則の対象になるリスクとして解釈してしまうことだ。この誤解は、第一の誤解と絡んで、「高金利通貨の預金・債券は、リスクはあるものの、期待リターンが円の預金・債券よりも高い」という誤解につながりやすい。

為替市場である期間(円を売って)外貨を買うということは、「外貨の買い持ちの為替リスクを持つことと、円資金を借りることと、外貨資金で運用すること」の組合せであり、市場の反対側に同金額で「円の買い持ちの為替リスクを持ち、外貨資金を借り入れて、円資金で運用している」人がいるということだ(為替のディーラーがやっているのはこうした資金取引なのだ)。

この場合、外貨を買う人と円を買う取引相手は、価値の変動という意味で同等の大きさで反対側のリスクを負っていることになる。つまり、二人は、同じリスクを持っているが、損益の合計はゼロだという「ゼロサム・ゲーム」的な関係にある。

このゼロサム・ゲーム的なリスクは、株式投資のように資本を提供してリスクを負う「投資のリスク」と異なり、リスクを補償する超過リターンが期待できるようなリスクではない。

しかし、時には、プロのファンドマネージャーや運用会社の経営者であっても、高金利通貨の債券は為替リスクがあるけれども、「リスク負担に相応の期待リターンの高さ」があると誤解していることがあるから、注意したい。

必ずしも広く通用する分類ではないが、筆者は、為替リスクのようなゼロサム・ゲーム的なリスクを「投機のリスク」、株式投資や不動産投資のような生産活動に資本を提供する場合のリスクを「投資のリスク」と呼んで両者を区別することにしている。

投機のリスクも投資のリスクも、リスクとしての警戒が必要なことは同じだが、後者の場合は理屈上リスクを補償する追加的リターン(リスク・プレミアム)が期待できる点がちがう。

リスク・プレミアムが期待できるのは一定の前提を置いた理屈上の根拠によるものだが、長期にわたる資産形成にあっては、「投資のリスク」を取り込むことの方が、投資家にとって「割りがいい」といえる。

それでは、現実の投資の世界では為替リスクとどう付き合ったらいいのだろうか。

一般に期待リターンを増やさないリスクは取らない方が賢いが、例えば、株式に投資する場合、日本とは異なる景気循環や市況、日本にはないビジネスに投資できる点で、外国株式への投資は分散投資上の意味が大きい。

理想的には、為替リスクのヘッジを行いながら外国資産に対して投資の範囲を拡げていくといいが、個人には為替ヘッジのオペレーションは手間やコストが掛かって現実的ではない場合が多いだろう。

一方、為替リスクも株式などのリスクと同様に一つのリスクに対する投資ウェイトを大きくすると、その悪影響が大きくなる類のリスクだ。

現実的には、個人が為替リスクをある程度取って運用することを甘受しつつ、そのリスクは外貨預金や外国債券ではなく、外国株式に「割り当てる」ことがいいのではないか。巨額の公的年金資産を運用する機関投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のような機関投資家も為替ヘッジを行っていないことを考えると、この程度が現実的だろう。

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楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元
(楽天マネーニュース[株・投資]第101号 2011年7月27日発行より) ==========================================================




最終更新日時 2011.07.27 10:28:30

2011.07.08

■株や投信の「売り時」を考える

投資を勧める記事や、投資の入門書を読むと、どんな理由で投資をはじめるべきかについては、過剰なくらい多くの理由が載っている。だが、いったん買った株や投資信託をいつ売るのかについて判断基準を述べているものは少ない。

そのせいか、投資をはじめてみたものの、自分が買った株式や投資信託をいつ、どのような時に、売ったらいいのかが分からない投資家が少なくない。

「売り時」に関して、不適切な思い込みで代表的なものを三つあげてみよう。

一つは、自分の買値を基準に、「何割上がったら売り」あるいは「何割下がったら、売り(損切り)」と決めておくやり方だ。たとえば、「3割上がったら、あるいは、2割下がったら売り」と決めておくと、売り買いに迷わないし、自分の買値から見て大損することはないので、気分的に楽だからいい、といった理由で勧められていることが多い。

しかし、精神的には楽なのだが、この方法は正しくない。株価や基準価額が上がるとしても下がるとしても、投資の意思決定をどうするべきかの問題は、今後の可能性であって、過去の買値との比較ではない。

上がった株価も、企業の今後の見通しに対しては上昇不足なのかも知れないし、株価が下がったとしても状況が悪化していないのなら、投資対象としてはむしろ魅力的になっているのであって、その場合、損切りは愚かだ。

「上がるか、下がるか、判断できないから、機械的な基準を決めて置いた方がいい」という反論を聞いたことがあるが、これは、そもそも、その株や投信を買うと決めた時に何らかの判断をして、その判断が有効だと思って実行に移したことと矛盾している。判断は難しいが、判断なしで運用ができると考えることは誤りなのだ。

二つめは、「長期投資だから売らない」と決めつけるやり方だ。株式は、株主になって会社の利益の配分を受け取る手段なので、会社が順調である限り、投資期間と共に利益が増える。この意味で長期投資が基本になる。

ただし、リスクを考慮に入れた時に、他の資産の方が有利だと判断される時、端的にいって、株式なら、現在の株価が高すぎると判断できた時に、「長期投資」を理由に漫然と保有し続けることは適切ではない。この場合も、買う時には買うか買わないかを考えたのだから、売る時にそれを考えないのはおかしい。

三つ目は、適切でない根拠に基づいて、「売り」(「買い」もだが)を判断するケースだ。さすがにプロのファンドマネージャーの場合、テクニカル分析に基づく投資は顧客から相手にされないことがほとんどなのだが、素人投資家の場合はチャート分析にもとづいた売買が多い。チャート分析による売買は、売り買い共に無駄な売買を増やしがちだ。

買値を基準にした売りがダメで、チャートによる売り判断もダメ、かといって長期投資を決め込んで、できるだけ売らないと開き直るのもダメ、となると、途方に暮れる方がいるかも知れない。

それでは、いつ、どんな時に、持ち株や投信を売ったらいいのか。適切な「売り」の基準は存在するのか。

売りの判断基準は存在する。大まかにいって、以下の二つのケースでは、持ち株や投信を売ることが適切だ。

第一に、お金が必要な時だ。生活費であっても、不動産や車などの買い物のニーズであっても、お金が必要な場合、借金をするよりは、株や投信を売る方が断然「得」なので、売りを躊躇する必要はない。

投資は、リスクとリターンを考えてそれなりに有利だと思って行っているはずだが、その「有利さ」は、ほとんどの場合、確実に返さなければならなくて金融機関の利益(スプレッド)が乗っている借金の「不利さ」には及ばないと考えることが妥当だ。

この場合、心配なのは、株式や投信の現在の値段が自分の買値よりも安い場合に、売りを躊躇して、借金に及んだり、有効にお金を使えなかったりすることだ。

もう一つの売りの基準は、「買った理由が消滅した時」だ。

たとえば、予想される利益に対して株価が安いと思って買った株式の株価が上昇して、すでに割安とはいえない水準に達したとしよう。これは喜ばしいケースだが、「長期投資」その他の合理性の外にある理由に拘って売りを躊躇する必要はない。逆のケースとしては、たとえば、利益の成長性を評価して買ったはずの株の予想利益が下方修正されたような場合、株価の回復を祈ってこれを持ち続けても、簡単には株価が回復しないことが多い。投資は、祈るだけでは、どうにもならないことが少なくない。冷静に考えよう。

投信の場合も、投資を決めた時の経済や市場の状況が大きく変化した場合に、投資額を縮小した方がいい場合がある。

もっとも、株式でも、投資信託でも、持っているものの全てを売り切るような極端な行動ではなく、部分的に売却してリスクの大きさを調節する程度の行動が適切な場合が多い。

「売り」でも「買い」でも、投資にあって極端な行動は、長期的には、成功しにくい。

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楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元
(楽天マネーニュース[株・投資]第100号 2011年7月8日発行より) ==========================================================




最終更新日時 2011.07.12 17:24:56

2011.06.24

■日本とギリシャの大きなちがい

ギリシャへの支援がEU(欧州連合)の大きな負担になっている。ギリシャは、国家であるにも関わらず、普通にはお金を借りられなくなっているのだから、ドイツをはじめとする援助する側の国の国民はできればギリシャにお金は貸したくないだろうし、事実、この政治問題が大きな不安定要因になっている。

さて、日本の財政赤字の残高が対GDP比でギリシャよりも大きいこともあって、日本もギリシャのようになるのではないか、という意見を時々聞く。中には、ギリシャは欧州諸国に支援を求めることができるけれども、日本は頼るべき相手がいないので、ギリシャよりも大変ではないかという声もある。

ギリシャとの比較では、確かに支援を求める相手があることは、ギリシャの強みだ。ある意味では羨ましいと言っていいのかも知れない。しかし、同時に、親に甘やかされている子供が歳を取ってもなかなか一人前にならないように、これは、ギリシャが良い方向に変わることを妨げているのかも知れない。

一方、ギリシャを日本と比較した場合に、ギリシャが気の毒なのは、EUに加盟してユーロを使っているため、通貨安という選択肢がないことだ。この点、日本には、一つ大きな安全弁がある。

日本政府の債務の信用が損なわれた場合、国債の金利は上昇するだろうし、通貨も大半は国の債務が担保なので、インフレになるだろう。そうなった場合、あるいはそれ以前に、そうなることが確実視され始めた場合、日本円は安くなるはずだ。

日本円が大幅に下落すると、外国、たとえば韓国に「一人当たりGDPで抜かれた…!」などというニュースが流れて、日本人は大いに悲観に浸るのかも知れないが、日本に立地する産業は競争力を回復し、日本の雇用も改善するだろう。つまり、変動する為替レートには、リスクを吸収する効果もある。

また、インフレは現金の購買力が減少することであり、高齢者のように収入のない資産家にとっては嬉しくない現象だが、国をはじめとする借金を持った主体の負担を軽くする。もちろん、これまでのようなデフレの悪弊を取り除くことができるので、これも悪いことばかりではない。

また、日本の場合、国債の9割以上が国内の投資家によって保有されている。その多くは銀行であり、背後には預金者がいるが、預金者も元本価値が確実でさえあれば円建ての低金利に満足して(我慢できるのも満足のうちだ)、資金を預け、銀行はより大きなリスクを取るよりも国債の利回りに満足していることが、今日の長期金利の低水準をもたらしている。

加えて、日本の場合、欧州諸国などと較べて財政の国民負担率(GDPに対する税金、社会保険料など国民の負担の割合)が低く、将来の増税の余地が大きい。これは、現在の財政赤字要因の一つでもあるが、将来の潜在的負担力を意味する強みでもある。

日本の諸々の意外な強みを考慮すると、欧米の国々の財政・通貨状況と将来どちらが強いのかは、必ずしも判然としない。

もちろん、日本の財政や経済運営に問題がないわけではないが、日本の状況だけが圧倒的に悪いと決めつけたり、まして、ギリシャと日本の状況を同一視したりする意見は、かなりピント外れではないか。

相場というものは、時に非常に皮肉にできていて、侮りがたいものだ。

たとえば、過去20年くらい、「貯蓄から、投資へ」と言われてきたが、国内では個々のタイミングにも依るがおおむね株式に投資していた人よりも貯蓄していた人の方が、多くの場合、ましな結果だった。

日本財政破綻論から円安に賭けていた人が大損を被るような事態があって、それから円安がやって来る可能性もある。

ギリシャと日本の比較だけでも随分誤解があるようだ。為替レートも株価も、相手が相場であることを忘れずに、他人の意見に流されずに、自分でとことん考えて参加するようでありたい。

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楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元
(楽天マネーニュース[株・投資]第99号 2011年6月24日発行より) ==========================================================




最終更新日時 2011.06.24 16:59:58

2011.06.10

■親は「お金」について子供に何を教えたらいいか?

先般、東京都内で行われた「コツコツ投資家がコツコツ集まる夕べ」と題する集まりに出席した(最近、他の地域でも分科会ができている)。この集まりは、金融業者ではないが投資分野に関わりを持つジャーナリストやブロガーなどが声掛け人となって、主に投資信託で積立投資をすることに関心のある個人投資家が月に一度自発的に集まっている(金融会社のスポンサーなどは付いておらず、会費制の集まりだ)。この日は会の一周年ということもあり、数十人が集まる盛況だった。

この会の出席者の中に、母親と息子(大学生で金融を勉強されているらしい)の二人連れの出席者があり、投資家の話の輪に加わっていた。筆者もお話しさせてもらったが、親子で投資の勉強とは素晴らしいと思った。

しかし、親が子に投資、もっと範囲を拡げて、お金についてどのように教えるべきかは、なかなか難しい問題だ。しかし、難しいけれども、重要な問題だろう。

親が子供に最初に教えるべきなのは、おそらくお金の収支の管理方法だろう。お金が貴重であることと共に、入ってくるお金以上のお金を使ってはいけないことを教える。古くからある「こづかい帳」はこれを具体化したものだろうし、多くの場合、学生時代に一人暮らしをしてみて、金銭管理の価格を体得することになる。お金持ちの親が子供を甘やかして育てた場合などに、この感覚が育たないままの大人ができ上がってしまうことがあるようだが、まずは、この点が金銭教育の第一歩だろう。

親としては、子供に説明しにくいかも知れないが、高校生くらいになったら、家の資金繰り全般を例にして具体的に説明してやるといいのではないか。これは、親の側でも、子供の恥ずかしくない金銭管理を行うきっかけになりそうだ。

次に教えるべきは、正確な損得計算の必要性と方法、具体的には、利回り計算のやり方だろう。もっとも、この点については、現在の投資信託の売れ筋商品などを見ると、親自身が、計算ができていないケースが多いのではないかもと思われ、困難が懸念される。キャピタルゲインとインカムゲインの合算、単利と複利、税金の損得、割引現在価値などについて、親が子供に教えられるようなパンフレット的テキストが必要だろうし、学校教育でもサポートすべきだろう。

インカムゲインとキャピタルゲインを合わせて判断しないと損な取引を行ってしまう可能性があること、同じ利回りなら先に税金を払うような商品は損になることが多いこと、不動産を借りるのと買うのではどうちがうか、といった金銭判断が親子共にできるなら素晴らしい。

親が子供に教える第三番目の要点は、金融取引における「情報の非対称性」と他人を簡単に信じてはいけないという世間知だろう。もちろん、情報の非対称性という抽象的な言葉をそのまま教えるのではなく、一方が情報を持っていて、他方が情報を持っていない場合に(たとえば生命保険の原価を知っている場合と、知らない場合に)、情報を持っていない側が不利で危険な立場にあることを教える。

金融に関する事件(典型的には投資案件に関わる詐欺など)などを題材として持っていると、説得力のある話ができるだろう。また、金融機関に限らず、商売一般にあって、売り手は買い手から儲けるために様々な努力(一見親切に見えるような行為も含めて)をしているのだ、と教える。子供が、他人の「うまい話」を簡単に信じなくなれば成功だ。

リスクを取った運用、具体的には株式投資や投資信託への投資などについて教える時期はいつがいいのかが次の問題点になる。株式投資の内容自体は、高校生で十分理解できると思うが、ある程度お金を自己管理することが必要になる大学生になってから教える方が、無理がないかも知れない。

投資には、もちろんゲーム的に面白い側面もあるのだが、株式投資は、模擬売買のような形のトレーディングのゲームとして教えると悪い癖が付きやすい。

資産形成のための手段として投資に取り組むことを教え、教養の一部として、投資の考え方や過去の市場の推移などについて学ばせることができると理想的だが、これについては、個々の家庭の事情に差はありそうだが、最大公約数的には、親子で一緒に学ぶスタイルが最も現実的であるような気がする。

「親子のための投資教室」のようなものがあるといい。投資家の集まりで、真面目な親子にお会いして、筆者は、そのようなことを考えていた。

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楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元
(楽天マネーニュース[株・投資]第98号 2011年6月10日発行より) ==========================================================




最終更新日時 2011.06.16 12:39:14

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