■投資理論のジレンマ
今年の楽天証券八周年記念講演では、投資の理論についての話をした。投資に関する理論的な考え方を10個取り上げて、それぞれの真贋と、個人投資家にとって役に立つ教訓はないかと考えてみた。投資に関する理論や法則を使って利益を得ようと考えたときに悩ましいのは、その理論の有効性をどう確認するかだ。投資に応用しようと考える一つの理論が有効であるか否かを確認するときには、実際のデータに照らして判断したいが、これが、なかなか難しい問題を孕む。先ず、過去のデータに当てはまるか、ということを、たとえば、過去10年の東証一部の全上場銘柄について確認するといった、サンプルに偏りのないテストを行うことが必要だ。株式投資の入門書によくあるような「たまたま当たった事例」や「自分が儲けた事例」を法則として一般化するのは問題外だ。たとえば、2000年1月の投資を決めるデータは、1999年12月までに得ることが出来るものでなければ、現実の投資と条件が違ってしまう。投資に関する学術論文では、この辺りまでは、最低限の条件だ。ところが、そこまでやったとしても、今、この時点である法則をテストしようとすることは、今までの事実を知っていて「これは、有効な法則かも知れない」と思ってテストするのだから、「後知恵」の問題が完全には回避されるわけではない。そうすると、何らかの仮説の有効性をテストするには、過去のデータではなく、「これから」のデータによるテストが必要だということになる。しかし、たとえば、ある仮説を実際の運用に3年間応用してみたとして、これが上手く行った場合に、その仮説が、今後も有効であるかと考えると、さらに、二つの難しい判断をクリアしなければならない。一つ目の判断の対象は、その仮説の有効性が過去3年間に発揮されたという事実が、その有効性の元になる資源の大半をその3年間で使ってしまったことを意味するのではないか、という問題だ。たとえば、何らかの割安株に投資するという場合、それが過去に上手く行っているとすると、その事実は、その間に市場の中の銘柄間の「割安さ」が薄れてしまっていたことを意味しているのかも知れない。この場合は、ある仮説が過去に有効であったことを、むしろ、将来の有望性に対するマイナス材料だと解釈しなければならない。これは、ヘッジファンドの運用の有効性などを判断する場合にも陥りやすい罠だ。加えて、ある法則が過去のデータにあって、統計的にも有効だと確認できるくらい、よく当てはまっている場合、市場参加者の中に、この法則に気付く人が多数いるのではないかという心配も生まれる。人間は、似たようなことを考えるものだから、その法則が理論的に納得的なものであればあるほど、他人に使われやすいという心配がある。結局、「理論」で安定的に有利に儲けるのは難しいということだし、長く生き残っている理論自体をよく見ると、「有利に儲けられる理論はない(はずだ)」ということ自体が、論理に組み込まれていることが多い。とはいえ、理論は、投資を考える上で、有力なヒントではある。==========================================================楽天証券経済研究所客員研究員 山崎元(楽天マネーニュース[株・投資]第7号 2007年7月27日発行より)==========================================================