。*** Aloha ***
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ハワイ王朝最後の女王 リリウオカラニは、1838年ホノルルに生まれます。他の王室の子達と同じように、当時建てられたばかりの(首長子弟学校と呼ばれた)学校に通い、英語も流暢に話せるようになります。
彼女は24歳のとき結婚しました。結婚相手は王室の人間ではなく、王室に仕えるジョン・O・ドミニス。ニューヨーク州生まれの彼は、そのころのハワイから見れば外国人ということになるわけですが、当時すでにハワイには多くの外国人が集まり、しかも西洋人やアメリカ人の優秀な人物は官僚にも加わっていたため、そう珍しくなかったかも知れませんね。
ドミニスの父は、地中海とアメリカの間を行き来する商船の船長だったため、彼も小さいころからホノルルに住んでいました。
青年となったドミニスは、カメハメハ5世がまだ王子のころからスタッフとなり、王子が国王となったときには、国王の個人秘書とオアフ島の知事を兼任するようにもなります。
その後、カラカウア王(リリウオカラニの兄)の頃には、政府の中でも勢力を強めていたアメリカ人や西洋人たちとハワイ王室の間を取り持つ存在として、そして何より、リリウオカラニが王位継承者となった後は、彼女の良き相談相手としても、なくてはならない存在となっていました。
しかし、リリウオカラニが王として即位して7ヶ月が過ぎた頃、リウマチの悪化によって59歳という若さで亡くなってしまいます。リリウオカラニにとっては、兄カラカウアに続き、彼女の一番大事な時期に夫まで失うことになったのです。その後、彼女は26年ほど長生きすることになるのですが、彼女の本当に苦悩の日々は、そこから始まっているような気がしてなりません。
生涯、ハワイ王室とハワイの人々のために力を尽くし、リリウオカラニにとっては心の支えとして、常に平和を望んでいたジョン・ドミニス。彼がもう少しだけ長生きしてくれればと思うのはわたしだけでしょうか・・・
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リリウオカラニの邸宅として有名なワシントンプレイスは、もともとドミニスの父の遺産でした。彼女には、この邸宅以外にもいくつか自分の落ち着く場所があったようで、若い頃はあまり邸宅ばかりにいることはなかったようですが、1917年リリウオカラニが79歳で亡くなるまでの数年間は、このワシントンプレイスの邸宅で静かに過ごしたとのことです。
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主な参考・引用資料
ハワイ王朝最期の女王(猿谷 要氏著)
前回までのお話は『ハワイの知識』にまとめてあります。
興味がある方は見てね^^
&こちらもぜひ♪

*** Mahalo *** 。 |
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Last updated
2006.12.14 14:50:30