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日本に就航してからそろそろ60年という長い歴史を持つエールフランス航空。以前は国営の航空会社でしたが、株式を公開し、対外的にもエールフランス・KLMグループの経営統合(持ち株会社の設立のみで運行は別々)により、ヨーロッパ最大の航空グループとなりました。 ![]() 常に新しい機材を投入し、一時は日本からニューカレドニアやタヒチへの便も運航していましたが、今は東京(成田・羽田)・大阪からパリへの便のみの運航となっています。東京発はヨーロッパの路線にしては珍しく夜に出発する便もあり、仕事帰りにパリに飛べるという効率の良いたびのスケジュールを提供してくれます。 美食フランスの航空会社だけあって、ファーストクラスではパリの三ツ星レストランのフレンチが提供されます(食べたことないですが…)。ビジネスやエコノミーでも品質が高くワインやシャンパンも自慢のものが搭載されています。 Last updated 2011年1月10日 15時47分52秒
洗練されたデザインが特徴のパリ・シャルル・ドゴール空港(CDG)はパリ郊外にあり、イギリスのヒースロー国際空港に次いで欧州第2位の旅客取り扱い数を誇っています。 ![]() ターミナルは1から3まで3つに分かれています。ターミナル1は古い建物ですが、7つのサテライトを持つドーナツ型の斬新な建物が特徴で、ガラスのチューブ内をエスカレーターが通っています。 ターミナル2は6つのホールを持つ曲線で構成された建物で、ガラス張りのコンコースや案内表示、カウンターも美しいフレンチデザインが盛り込まれており、見ていて飽きることがありません。 ターミナル3は欧州内を運航するLCC(格安航空会社)専用ですので、日本人がここを利用することはほとんどないでしょう。これら3つのターミナルは距離があるためバス移動となっています。ターミナル間の移動が伴う乗り継ぎは、時間に余裕を持っておく必要があります。 およそ25kmある市内へのアクセスはバスが一般的で、1時間もあれば到着します。TGV(フランスの国鉄であるSNCFが運行する高速鉄道)も乗り入れているので、口蓋やブリュッセル方面などへのアクセスにも便利です。 Last updated 2011年1月20日 19時38分39秒
フランス革命の100周年を記念して行われたパリ万博において、フランスの威光を内外に示すために建設されました。建設当時はもちろん世界最高峰の建築物(301m)でしたが、パリの景観を損ねるとして完成に至るまでは、「鉄のガラクタ」と手厳しい評価がなされていました。 ![]() 当初はパリ万博の20年後に解体される予定でしたが、アンテナ塔として存続することになり、現在ではすっかり街の顔、フランスの顔となりました。 ただ、タワー系に共通した特徴なのか、私の思い込みなのか、東京タワー、横浜ランドマークタワー、名古屋のテレビ塔、そしてもこのエッフェル塔も遠くから夜景として見たり、夜の展望台に上ってパノラマ風景を愉しむ分にはいいんだけど、昼の時間帯に近くまで行って見たりするとあまり感動しなかったりします…。 エッフェル塔の場合は地上57mの地点に第1展望台、115mの地点には第2展望台とレストラン「ジュール・ヴェルヌ」が、そして地上274mの地点にはパリ随一の展望を誇る第3展望台があります。夜は11時(夏期間は12時)まで公開されていますので、行くなら絶対、夜がオススメです。 Last updated 2009年10月22日 19時58分0秒
1805年のオステルリッツの戦いで勝利したフランス軍の栄光を讃えるため、ナポレオン1世の命によって建造されました。しかし、工程の失脚、王政復古、7月革命などの激動の時代を経て、1836年に完成したときにはナポレオン1世は既にこの世を去っており、遺体となって凱旋門を通ることになったのは運命の皮肉を示す有名な話です。 ![]() 門の下には第1次世界大戦で祖国フランスのために命を捧げた無名戦士の墓があり、花が絶えることなく供えられるとともに、毎日夕刻になると追悼の炎が灯されています。 屋上の展望台へは螺旋階段で登ることができ、パリの風景を満喫することができます。途中にはドイツ占領時代のドイツ兵の遺品などが展示された博物館やみやげ物店もあります。 ちなみに世界一の賞金総額を誇り、ヨーロッパの最強馬決定戦とされている「凱旋門賞」は毎年10月の第1日曜日にロンシャン競馬場(芝2400m)で行われています。エルコンドルパサーの2着以来、コンスタントに日本馬が挑戦しており、ディープインパクト(結果は失格)が参戦したときには多くの日本人ファンが競馬場を訪れて、地元でも大きなニュースとなってました。 Last updated 2009年10月22日 18時28分37秒
「オペラ座」として世界に名を知られているオペラハウスは、ナポレオン3世統治下の1875年、セーヌ県知事オスマンによるパリ改造計画の一環で建設されました。世界最大級のスケールを誇るこの劇場を設計したのは、171人によるコンペを勝ち抜いた当時は無名の建築家シャルル・ガルニエです。 ![]() ガルニエは当時流行していたギリシャ風古典主義を打破しようと、古典からバロックまで多種多様な建築様式を組み合わせた豪奢な建物を完成させました。公演日以外は、劇場内を見学することができます。なかでもシャガールによる天井画は必見となっています。 オペラ・ガルニエには博物館が併設されており、オペラの名場面となった舞台装置の模型や、実際に使用された豪華な衣装が展示されています。また、台本や楽譜を集めた図書館もあり、オペラの舞台の裏側を知ることもできます。 Last updated 2009年10月22日 17時30分44秒
宗教的に重要な古都「シャルトル」のシンボル的存在となっている大聖堂で、ユネスコ世界遺産にも指定されています。 ![]() フランスの中世文化を代表し、「ゴシック様式の最高傑作」といわれています。ノートルダム(聖母マリアの意)の名のとおり、聖母マリアに捧げられており、聖堂内には200体近くのマリア象とともに、イエス誕生のときに彼女が見につけていたとされている衣が聖遺物として収蔵されています。 ステンドグラスの宝庫としても有名で「シャルトルの青」と謳われている神秘的な雰囲気は、現在でも多くの人々に強い信仰を与えています。 Last updated 2009年10月21日 20時14分23秒
小さいころは「城」だと恥ずかしい勘違いをしていましたが、モン・サン・ミッシェルは「修道院」で、その歴史は8世紀まで遡ります。対岸にある街の司教の夢枕に聖見返るが現れ、「岩山に修道院を建てるべし!」と告げたことからこの地に礼拝堂を建てたのが始まりです。10世紀になると修道院が建設され、ベネディクト派の聖地となり、巡礼として発展しました。 ![]() 英仏100年戦争時には堅固な城塞として利用され、18世紀には一転して監獄としても使われていました。19世紀になるとその建築的価値と美しさが再認識され始め、1979年には世界遺産に登録されました。 付近一帯は、潮の干満差が大きいことで知られており、以前は満潮時になると、島全体が水に囲まれたそうです。現在は完全に水に浸ることはありませんが、その神秘的な美しさに魅せられて現在でも訪れる人が絶えない景勝地となっています。 7月と8月に開催される「音と光のスペクタクル」では、昼間とは違った夜の修道院も楽しめるので、この時期に行くなら島内のホテルに一泊するのもよいでしょう。また、パリからの日帰りバスツアーも人気ですので、旅行の日程に余裕のある方は是非一度、足を運んでみてはいかがでしょうか。 Last updated 2009年10月21日 18時59分17秒 |一覧| |