カテゴリ:パレスチナ・中東問題
たったひとりの聖戦(1)
たったひとりの聖戦(2) たったひとりの聖戦(3) たったひとりの聖戦(4) たったひとりの聖戦(5) たったひとりの聖戦(6) たったひとりの聖戦(7) たったひとりの聖戦(8) たったひとりの聖戦(9) たったひとりの聖戦(10) オサマ・ビンラディン アフガンの荒野から孤独の荒野へ ロバート・フィスク著 安濃一樹訳 . ──三度目の会見のおり、ビンラディンはフィスクにある提案を用意していた。そこから、このジャーナリストのいのちがけの弁論がはじまる。 . ▽ たったひとりの聖戦(10) . 一九九七年三月一九日。山の中腹で、機械となった男が目の前に立つ機械の検査を続けていた。標高一五〇〇メートルの地点だった・・・。 . 合図のライトに送られながら、巨石を過ぎて角を曲がると、月光に照らされた小さな谷が目の前に広がった。草木が茂り、谷に沿って川が流れている。崖下にテントがいくつか見える。男が二人やってきた。またアラブ風の丁寧な挨拶が交わされた。私の右手を二人で握っている。私たちを信用してください。挨拶の意味はいつも同じだった。そうしてアルジェリア人とエジプト人の男がこの小さな谷のガイドを務めてくれた。 . 流れで手を洗い、固い草の上を崖面に向かって歩いた。すこし見上げたところに暗い切れ目が浮かんでいる。しかし、次第に闇に目がなれてくると、それが大きなトンネルの入り口だとわかった。長方形に穿たれたトンネルは六メートルの高さがあった。ロシアとの戦いでビンラディンの男たちが岩山を貫いて築いた防空壕だ。私はこの人工の洞穴に入っていった。アルジェリア人が松明をかかげている。足音がこだまして、穴の奥深くから返ってきた。トンネルを抜けると、月の光がまばゆいほどだ。白い光の中に谷が浮かんでいた。木と水と山の頂。もうひとつの楽園だった。 . 私が連れて行かれたテントは軍用に作られたもので、カーキ色の防水キャンバスをロープで張って鉄の杭に繋いでいた。ひらひらする布が入り口だった。染みで汚れたマットレスが床に敷いてある。鉄製のポットに紅茶が入っていた。私はガイドの二人と並んで座った。カラシニコフ銃を持った三人の男たちもいっしょだ。そうして三〇分くらい待った。 . 不意にテントの外で声がした。古い映画みたいに、かすれた早口だった。入り口の布を跳ね上げて、オサマ・ビンラディンが入ってきた。ターバンを巻いて、緑のローブに着替えている。低いテントの中で前屈みになりながら握手をした。キャンバスにぶつかるので、頭を下げて相手の顔を見上げることになった。トルコ人が挨拶するときの仕草にどこか似ていた。 . またビンラディンは疲れているようだった。テントに入って来るとき、少し足を引きずっていたことにも気がついていた。前に会ったときよりもっと髭が白くなり、顔が細くなった。それでも彼は満面に笑みを浮かべている。何かうきうきした様子だ。持っていたライフルを左側のマットレスに置いて、客の私にもっと紅茶を飲むように勧める。それから数秒間、下を向いていた。顔を上げると私を見つめた。笑顔がもっと大きくなっている。慈しみ深い顔だったのに、私はとても不安になった。 . 「ロバートさん」と切り出して、彼はテントの中を見渡した。戦闘服に茶色の帽子の男たちが集まって、テントがいっぱいになっていた。「ロバートさん、私たちの兄弟が夢を見ました。ある日、あなたが馬に乗って私たちのところへやってくる夢です。あなたは髭を生やしていて、崇高な精神を輝かせていました。そして私たちと同じようにローブを着ていた。この夢は、あなたが真のムスリムであることを告げています」 . 何か柔らかい物が首を絞めてきた。いままで生きていて、こんなに恐ろしい思いをしたことがあったろうか。ひとつ一つの言葉が、ビンラディンの口から出てくる前に、一瞬はやく、私はその言葉を心で聞いていた。「夢」「馬」「髭」「精神」「ローブ」「ムスリム」。テントの中の男たちは何度も頷きながら、私を見つめている。微笑みながら見つめる男がいる。静かにじっと見つめる男もいる。「兄弟」の夢に現れたイギリス人を見つめている。 . 私は震えていた。これは勧誘であると同時に罠だった。世界でもっとも危険な男たちに囲まれて、もっとも危険な瞬間を迎えていた。私が「夢」を否定したら、ビンラディンをウソつき呼ばわりすることになる。しかし、逆に肯定したら、自分がウソをつくことになる。そればかりか、この夢を予言と認め、神の意志として受け入ることになってしまう。明らかにビンラディンは夢が現実となることを求めていた。 . 外国人である私に対して何の偏見も抱かず、いつか私が兄弟としてやってくると信じてくれている。そのことは、この男に感謝してもいい。だが、私がビンラディンたちの同志となって、ともに戦うことなど絶対にありえない。同志たちは私の返事を待っていた。 . * . 岩波『世界』誌、〇五年一二月号掲載。 . Extracted from The Great War for Civilisation: the Conquest of the Middle East by Robert Fisk. . ロバート・フィスク。英『インディペンデント』紙中東特派員。ベイルート在住。北アイルランド紛争、イスラエルのレバノン侵攻、イラン革命、イラン・イラク戦争、ソ連のアフガン侵攻、湾岸戦争、ボスニア戦争、アルジェリア内戦、NATO軍のユーゴ空爆、イラク戦争などを取材。著書にPity the Nation: Lebanon at War (1990.1992)など。最新刊にThe Great War for Civilization: The Conquest of the Middle East がある。 . * . 写真はムジャヒディーンの洞窟防空壕。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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