ワーホリに向けてワーホリに向けてニュージーランドから帰国するやいなや、今度は長期で行く!と周りに宣言していた。 当時つきあっていた人にも「いい?」という聞き方でなく、「行くねん!」だった。 資金稼ぎのため約1年後の出発、英語だけでなく旅やいろいろな経験のできるワーホリで 行くことに決めた。 運良く、ある留学エージェントが発行している雑誌の編集デザイナーという職を得た。 1年以内にニュージーランドに行くために辞めるから、アルバイトという扱いだったけど。 なんかイギリスに行く前に苦労していた転職活動がウソのように、ポンポンと決まった。 短期とはいえ留学していたこと、今までの職歴、この両方が役に立った。 ここの職場は、カウンセラーの人たちは海外経験者で話していて刺激がいっぱいだった。 締め切りに追われ、昼夜ぶっ通しで働いたこともあった。 世界中の語学学校とやり取りをしていたから、夜にメールを打つとチャットのように 返事が返ってきたり、ファックスも早朝はオセアニア、午後はヨーロッパ、 夜はアメリカから送信され、各国に朝が来たな、地球が動いているなーと感じていた。 アルバイト扱いなのに、正社員以上に働いたと思う。 私が採用されたときに、会社の体制が変わって、とある製作会社が親会社になった。 結構理不尽なことが多くて、何度辞めようかと思った。 でもニュージーランドに行くためだったし、世界とコンタクトを取れるこの仕事に とても魅力を感じていたし、留学のすばらしさを伝えられるし、 親会社から手伝いに来ていた編集長の理解、そして同僚がよかったので、頑張れた。 自分の横の壁に大好きなニュージーランドの写真なんかを貼って、気分を高めていた。 会社の体制は好きにはなれなかったけど、あれほど魅力に感じられた仕事は今までなかった。 この会社に勤めながら、自分のワーホリへの準備も着々と進めた。 まずは語学学校に行こうと思っていたのだが、気になる学校がいくつかあり、 そのうちのひとつが会社に訪問に来たので、少し時間を頂いてしゃべった、 といっても当時の私のスピーキングでは大したことは聞けなかったけど。 後で直接メールで質問したりして、結局その学校に決めた。 そして計画通り、2000年9月再びニュージーランドに飛んだ。 「旅~NZワーホリ~」へ |