畜生道に生きたものの結末
不意に昔のことを思い出したので、お話をば一つ。岡惚れという言葉があります。要は邪恋のことであり、横恋慕のことなんですけど、それをした友人がいたのです。名は…岡とでもしておきましょうか。彼と知り合ったのは十代の終わりであり、この話もそのときに起こったことです。岡の父親は不動産屋を営んでおり、それなりに裕福な資産家でした。家には岡とその弟との三人で暮らしていて、家政婦さんを雇い身の回りの世話をさせていたようです。岡の母親はこのときの数年前に亡くなっており、そのせいでしょうか、父親は外に女を囲っていたとのこと。年のころは27くらい。肩まで伸ばした黒髪の綺麗な、おとがいの細い、全体に華奢な女性であったそうです。どういう理由でこの女と知り合い、愛人として囲うようになったかは、岡も知らぬと言っていました。ただ、口元のイヤラシイ、ふるいつきたくなるような危うい女であったと、岡は私に語っていましたっけ。今考えれば、岡はその頃から彼女と交わっていたのかもしれません。岡はその女に溺れていました。学業も何もかもそっちのけで、日がな一日、父親の来る時間以外の全てを、女の家で過ごしていたぐらいですからね。昼も夜も、肌を触れ合わせ、睦みあっていたそうです。岡は言いました、あの女さえ居れば何もいらないと。あの女と結婚すると。それが叶わぬなら、二人で駆け落ちすらすると。危うい目付きで、岡は私に語っていました。危うい、狂気ともいえるほどに、危うい瞳で。しかし、そんな蜜月も長くは続きませんでした。父親に二人の関係が暴露されてしまったからです。密告したのは実の弟。彼も狙っていたそうですよ。父と兄が愛した女を。なんともはや、鬼畜ですなぁ。実の親子、実の兄弟で一人の女を奪い合う。実に人間らしい振る舞いです。実に醜く、実におぞましく、実に美しい。父子は激しく罵りあいました。それは俺の女だ、いや俺のだ、と。岡は父親にこういいました。その女と俺は愛し合っていて、俺は結婚しても構わない、と。父親は笑ったそうです。結婚など出来やしない、お前には永久に出来やしない、と言いながら。父親は侮蔑するように岡を見つめ、実に嬉しそうに笑ったとか。お前は俺にそっくりだ、本当に俺にそっくりだ、このケダモノめ、お前はその女が誰だか知っているのか?女は岡の姉だったとか。母親が他の男との間に生んだ娘。そして、若い頃の母親にそっくりだったということでした。だからこそ、父親は彼女を己が物にしたのかもしれません。自分が愛した女にそっくりな娘を愛するために。まったく……ケダモノですなぁ、岡も父親も。その後、岡は父親に重傷を負わせ刑務所に行き、父親は一命を取り留めたものの一生不具の身になったとのこと。女は最近まで弟と暮らしていたそうですけど、今は行方知れずになりましたよ。そういえば弟の方も最近見ませんね。一体、どうしたのでしょうか。何もなければ良いのですけど。