午前十時の映画祭で、『ベン・ハー』を観て来ました。 紀元26年、ローマ帝国支配時代のユダヤにローマから、 一人の司令官が派遣される。 彼の名前はメッサーラ。 メッサーラは任地のエルサレムで幼馴染のベン・ハーとの再会を喜び合う。 ベン・ハーは貴族の子でユダヤ人とローマ人ながら、 2人は強い友情で結ばれていた。 しかし、2人の立場はエルサレムでは支配者と被支配者。 そのことが2人の友情に亀裂を生むことになる。 その折も折、新総督が事故にあいそうになる事件が起きたことで、 ベン・ハーはメッサーラに総督暗殺未遂の濡れ衣をきせられ、家族離散、 自身は当時奴隷以下の扱いであった罪人におとされるという憂き目にあう。 護送中、苦しむベン・ハーに一杯の水をくれた男がいた。 その男こそがイエス・キリストであるということを彼はまだ知らなかった。 罪人としてガレー船のこぎ手となったベン・ハーは海戦において、 司令官の命を救うという大殊勲をあげ、彼を見込んだ司令官の養子にまで、 とりたてられる。 戦車競走の新鋭としても注目されることになり、ユダヤへ戻って、 家族を探していたベン・ハーは母と妹が死んだという報に涙し、 メッサーラへの復讐の鬼と化した。 やがてエルサレムでの戦車競走で不敗のメッサーラに挑むベン・ハー。 激闘の末、ライバルのメッサーラを倒したベン・ハーは、 瀕死のメッサーラから思いもかけない言葉を聞くことになる。 DVDで観たことはあったけれど、やっぱり映画館の迫力は、すごい。 あの馬車レースだとか、ものすごい迫力。 あの時代にこれだけの映画を作れたってことも、またすごい。 そしてこれはベン・ハーの人生を見せつつ、 イエス・キリストの物語だったんだなと、改めて。 気付くの遅いよ(笑)。 というか、ここまで宗教色の濃い映画だったっけ? ってのが、改めて見ての素直な感想。 なんじゃこりゃ、キリスト教布教映画か? 当時はそういうコンセプトで公開されたのか?ぐらいの勢い。 イエスの顔は絶対に見えないしね。 それにしてもなぜ、ユダヤの人々は昔も今も迫害されてるの? この映画の時代であるキリストの頃には、ローマ帝国に。 この前の大戦では、ナチスに。 祖国とする場所が場所だから? その天才的頭脳の遺伝子に、脅威を感じてたとか? 選民思想とか、民族宗教への固執とか? って、キリスト教もユダヤ教もイスラム教も、出自は一緒なのに。 それがまぁ、宗教ってもんだろうけれど。 この映画だって、イエスに帰依しているキリストの民である、 ユダヤ人の物語なのに、歴史の途中から何がどうなって、 キリスト教とユダヤ教とが、相容れないものになったのか。 とかまぁ、色々宗教的なことを考えたり。 もともとイエスだってユダヤ人だったのに、それを殺したのは、 ユダヤ人だったかもしれないけれど、ローマ人が指揮を取ったのに、 その憎しみの矛先がなぜユダヤ人に? キリスト教圏の人たちはこの映画を観て、何を思うんだろう、とか。 ユダヤ人たちは、何を思うんだろう、とか。 無宗教というか、なんでもありな民族な私たちには、とても理解できない。 って映画の感想になってないな(笑)。 とにかく、馬車レースすごかった(笑)。 馬車を走らせるだけじゃなくって、体当たりだもの。 当時のローマ帝国では殺人ですら、娯楽だったっていうしね。 そして馬たちの、美しいこと! 当時、あんなサラブレッド風なお馬さんたちがいたかは、謎だけど、 でも馬ってほんと美しいねー。 競馬に熱中するおじさんたちの気持ちが、分かるような気がした(爆)。 この映画を観てたらふと、チャールトン・ヘストンが好きだった、 高校時代の同級生を思い出した。 私を含め周りはみんな、リバーとか、チャーリー・シーンとか、 マイケル・J・フォックスとか、メグ・ライアンとか、ウィノナとかが好きで、 映画雑誌『スクリーン』や『ロードショー』を見てはキャッキャ言ってた頃、 チャールトン・ヘストンと、ビビアン・リーが好きだったという彼女を。