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去年もそうだったんですが、優勝出来そうな気がするのに、出来ない。このまま行くと完全に無冠の帝王、「笑い飯」 です。 「笑い飯」 のネタを表現するキャッチコピーとして、“Wボケ” が大分定着してきたと思います。 賞レースでは、審査基準に笑いの量が大きく左右される事が多く、それをいかに効率良く稼ぐのかが一つのポイントになってきます。稼ぎ方自体は色々あると思いますが、例えば、一つのボケで取る笑いの量を大きくするとか、ツッコミでも笑いを取れるようにするとか、その他モロモロ。 で、「笑い飯」 の “Wボケ” と言うのは、平たく言って、パッと分かり易く手短にネタを振り、それにテンポ良くボケを重ねていく事に特化したスタイルに見えます。ネタ振りの段階で一つの 「お題」 を出し、それに二人が交代でボケ、重ねていく。 このスタイルの特長は、同じようなボケが並列になっても、ボケとツッコミが交代していることで、見ている側の新鮮味を損ないにくいというのがあり、従来のように一人でボケるスタイルと比較すると、明らかに、平たいボケを重ねやすいように思えます。 例えば、2003年の『M-1』決勝一回戦、「奈良県立歴史博物館」のネタで、人形の動きにナレーションをつけるという 「お題」 を振りましたが、その時は、交互に、合わせて5つのボケを見せています。で、最後の5つ目には少し変化がありましたが、そこに行くまでの4つは、従来のスタイルであれば、多分、賞レースではやれないレベルに並列的なネタ。その後の、「土器を掘る」、「作文を発表する」 という 「お題」 の時も、同様に並列的でした。“Wボケ” というスタイルであったからこそ、『M-1』という大舞台の賞レースにも通用するネタになったんだと思います。 と言っても、一つの 「お題」 について何回もボケる、だけと言えばそれだけって感じなんですが、昔はどんどん笑いを生み出せる熱気があったんですよね。個人的に思うこととしては、二人の「動き」 も良かった。 ・・・・・・と言うより、それがキーポイントだったと思います。 見た目でスグに面白さが分かり易いので、ボケを重ねる前の段階に、それがつかみとなって働いていたと思うんです。 しかし、近年では、話術が上がった反面、「動き」 が減少してしまい、ボケ出した時にはまだ客をつかみきれておらず、途中でやっとつかめる、もしくは、つかめないと、あまりウケ無いネタを必要以上に引っ張っているように見えてしまう、ってな感じになってると思います。 つかみと言えば、『M-1』 出だしの頃、登場の瞬間に走り出して、どちらが最初にセンターマイクに行くかというような事もやってましたけど、それも良いつかみだったと思います。近年では全然やらなくなりましたが、止めちゃった時には、「何で!?」、と思いました。 止めた理由としては、『M-1』がちょっと演出過多になってきて、エレベーターで登場したりするようになったからやり辛い、ということらしいんですが、それでも、「やれよ!」、と未だに個人的には思ってます。 「笑い飯」 って、風貌からしゃべりから、パッと見にはタダでさえ寄り付き難い漫才コンビなんだから、つかみはかなり重要だと思うんです。 やっぱり、視聴者の大半はそれ程 「笑い飯」 を知らないわけですから。 ついでに言えば、「西田」 は髪を切って、せめて、普通のロン毛ぐらいにした方が良いと思えます。今みたいな長髪だと、パッと見で滑稽に見えてしまうので、出だしに、意味も無くスベッてる感を受けると思うんです (実際、個人的には受けましたし)。 または、そうならないにしても、やや滑稽な人が面白い事 (漫才) をやるという構図だと、普通の人や格好良い人が面白い事 (漫才) をやるのに比べて、明らかにギャップが少なくなってしまうので、あんな一発勝負の大会では明らかに不利になる気がします。 ただ、どうたらこうたら言ってきて何なのですが、小耳にはさんだところでは、今年の 「笑い飯」 は原点回帰がテーマらしく、(個人的に思い描いているような感じの) 「良い意味」 で昔に戻れば、断然の優勝候補に挙げたいとは思っているんですが、どうなんでしょう?、楽しみです。
で、ここからはちょっと付け足しなんですが、『M-1』 の出囃子 (も含めた、近年は演出全般) って、どうにかならないんだろうかと個人的には思ってます。 五月蠅いンですよ。 あんなにデカイ音が鳴ったら、その後に出てきた演者の声を聴くと、明らかに前の音よりケレン味が無く、無駄に質素な感じをこちらとしては与えられてしまいます。 まぁでも、それはそれで全組同じ音が鳴るんだから審査には関係ない、って事なら良いのかもしれませんが、例えば 「アメリカザリガニ」 のように、出だしにカン高い声を一つのつかみにしているようなコンビには、明らかに不利だったワケだし、やっぱりいらない気がします。 他にも、登場前のムービーとか、明らかに華美に過ぎると思えるんですよね。結局、漫才大会に必要なのは 「笑い」 なワケで、「感動」 や 「大仰さ」 は付け足しで十分なんですよね。 「すべらない話」 なんかとも共通するんですが、ただの芸能人ゲストに興味なんか沸かないワケです。 金メダリストに順番決めのクジを引かせるとか、「今回もマナカナさんが来てます」とか、どうでもいい、そんな時間を取れば取るほど、“そんな暇があるんならネタ時間でも増やせ” という要望が増えるだけだと思うんですが、どうなんでしょうか?。 [MEDIA]カテゴリの最新記事
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