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成長とは自由になることです。
そして、「自由になる」とは、知らなかったことを知り、出来なかったことが出来るようになり、分らなかったものが分かるようになり、気付かなかったことに気づき、見えなかったものが見え、聞こえなかったものを聴くことが出来るようになることです。 それがまた、人類が歩んできた道でもあります。人類における進化とはそのまま「自由」を得るための過程でもありました。 ですから、教育本来の目的は、その人類の歩みを子どもたちにも体験させてあげることです。そのことで古代人の状態で生まれてきた子どもたちが、人間らしさを獲得することが出来るのです。 でも、現代人はそのような意味での「自由」という言葉が理解できなくなり、束縛や苦痛がない状態こそが「自由」だと思い込んでいます。 なぜなら、現代社会は人間の成長を支えるようには出来ていないからです。現代社会で大切にされているのは「人間としての成長」ではなく社会の「経済的成長」だけです。人間はその「経済的成長」のための道具に過ぎません。 実際、テレビやマスメディアなどで大切なこととして扱われているのは「経済成長」のことばかりであって、「人間としての成長」などは全く扱われていません。 そのため、現代の子育てや教育現場では子どもたちに対して、その「道具としての能力」を育て、その社会に適応するようにばかり働きかけています。「立派な道具」になることが「教育の目的」になってしまっているのです。 そうでないと、「勝ち組」になることが出来ないため親も必死です。 でも、子どもたちは本能的に自由を求めます。自由を求める方向にこそ成長があるということを本能的に知っているからです。 でも、そこで大人とぶつかります。そして、大人の力で抑え込まれます。その結果、「自由」が成長を目的とするものではなく、単に「束縛からの逃避」を意味するようにすり替えられます。 成長することで「自由」を得ようとするのではなく、「束縛」から逃避することで自由を得ようとするのです。それが現代人の感性です。 でも、どんなに束縛から逃れても、そこに成長が伴っていなければ不自由なままです。成長出来ない人は他者からの束縛がなくても自由になることは出来ないのです。 みなさんは、何でも自由に出来る状況を与えられたら、自由になることが出来ると思いますか。他に人がいない山や海や自然の中に行けば何をしても自由です。大声を出そうと、裸になることさえ自由です。でも、その状態を自由だと感じることが出来ますか。 出来ないですよね。 生命の本能はそのことを知っています。 そのため、成長がない状態の生活ばかり続けていると、不安とストレスが強くなります。自己肯定感も低くなります。結果、一時的にせよその不安とストレスを忘れさせてくれるゲームや様々な娯楽や買い物などに麻薬的な効果を求めるようになります。 そのようなものに夢中になっている間は、現実と向き合わなくても済むからです。 でも、妊娠・出産・子育てという状況の中では、現実と向き合わなければなりません。現実と向き合わないことには「子ども」という現実と関わることが出来ないからです。 その「現実」を乗り越えるためには「成長」が必要なのです。成長して自由になることで初めて、「自由な存在としての子ども」とちゃんと向き合うことが出来るようになるのです。 でも、現代人は成長によって困難を乗り越える方法を知りません。 だからすぐに行き詰ってしまうのです。
成長とは、自由になること。
自由になるとは、いろいろなことができるようになり、どんどん自分の世界が広がり、自分も他人も受け入れられる器が大きくなり、お互いを自由にさせてあげられる、というふうに繋がるのかなと思いました。 >>過去を探るのではなく、「いま」身体を緩めることで変われるなら、とても嬉しいことだと思いました。そして、やってみよう!と思います。 ----- >それは「自分が生まれてきた意味」、「生きている意味」を探ることでもあるのですよね。 上記の2/10のコメントにいただいた森の声さんのお返事のことを考えていました。 体の声を聞くことが「自分が生まれてきた意味」「生きている意味」を探ることに繋がるという意味でしょうか? 喜怒哀楽といった感情や、体の状態(緩んでいるか固くなっているか)を羅針盤にして、生まれてきた意味に沿っているか否かを判断できるということでしょうか? (2012.02.12 08:45:09)
わかめさん
>>それは「自分が生まれてきた意味」、「生きている意味」を探ることでもあるのですよね。 > >上記の2/10のコメントにいただいた森の声さんのお返事のことを考えていました。 >体の声を聞くことが「自分が生まれてきた意味」「生きている意味」を探ることに繋がるという意味でしょうか? >喜怒哀楽といった感情や、体の状態(緩んでいるか固くなっているか)を羅針盤にして、生まれてきた意味に沿っているか否かを判断できるということでしょうか? ----- この件に関しては明日本文の方で書かせていただきます。(2012.02.12 17:36:46) │<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |