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森へ行こう(心とからだと子育てと)

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森の声

森の声

2015.05.27
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カテゴリ:カテゴリ未分類
「人と人がつながるためには、人と人をつなげるものが必要だ」ということは、いつも書いていることですが、大量消費社会では、その「人と人をつなげるもの」が非常な勢いで消滅してしまっています。

そしてそれは偶然ではなく、必然的に起きている現象です。なぜなら、大量消費社会は競争によって成り立っているため、個々人をバラバラにする必要があるからです。「一つのものをみんなで使う」とか、「一つのものを大切に長く使う」という考え方では経済が成り立たないのです。

そして、学校教育もまた、その競争意識を育てています。生徒を「人間性」とは全く関係のない「点数」で評価し、順序を付けて競争させています。

そのため、人間的には素敵な子でも、成績が悪い子は「私はバカだ、落ちこぼれだ」と自己肯定感を失います。

今の学校は、「勉強が好きな子」ではなく「競争が好きな子」を育てているだけです。「人間性」を育てることなど最初から眼中にありません。

そして、その「競争が好きな子」が良い学校や良い会社に入ったり、政治家になったりしてこの国を動かしています。

そのような人は、数字化出来るものにしか興味がありません。自分の舌で感じる甘みよりも糖度計で計った数値の方を信用するのです。

「自分の頭で考えたこと」よりも「マスコミの言うこと」を信用します。
「自分で発見したこと」よりも「本に書いてあること」を重視します。
「体験」よりも「知識」の方を重視します。

なぜなら、個人的な感覚や体験は点数化出来ないし、比較も出来ないからです。それでは競争が成り立たないのです。

でも、子ども達は個人的な感覚や体験を通してしか成長することが出来ません。

私の口で食べ、私のからだで消化吸収したものでないと、私を育てる力にはならないのです。


ですから「思いやり」とか「優しさ」など育つわけがないのですが、「道徳教育」という名の「大人の自己満足」で誤魔化しています。


「歌」や「踊り」といったものは、昔は世代を超えて伝承され、生活の一部として受け継がれ、「人と人をつなぐもの」として機能していましたが、現代社会ではそのようなものは、「受け継ぐもの」でも「人と人をつなぐもの」でもなくなり、企業が商品として作り出したものを、一人一人がお店やテレビなどから個人的に受け取るものになってしまいました。

そして、同じ「物」や「情報」を持っているものだけが「仲間」として意識されています。でも、その「仲間」にはつながりがありません。

最近の子ども達は、「ゲーム機を持っていないと仲間に入れてやらない」などと言いますが、その場合の「仲間」にも一人一人のつながりがあるわけではありません。

ただ、みんながゲーム機をもって同じ部屋か、同じ公園のベンチに並んでゲームをしているだけです。隣にいる子の顔すら見ません。それが現代的な「仲間」です。

現代社会のそのような状態は、旧約聖書に描かれた「バベルの塔」の話によく似ています。ある日突然、一人一人が別々の言葉を話すようになってしまい、それまでみんなで一緒に築き上げてきたものを放棄してしまった話です。


と、ここまで学校や現代社会の問題点を書いてきましたが、でも、私はそのようなものを変えようとは思っていません。

「社会を変えよう」、「学校を変えよう」と頑張っている人を応援はしますが、私自身はそのような活動はしません。

なぜなら、制度が変わっても、結局はそれを維持運営するのは旧来の価値観を持った人間なので、その人間が変わらないことには、すぐにその新しい制度は形骸化してしまうことが目に見えているからです。

日本の民主主義が機能していないのはそのためです。

今、「ゆとり教育は失敗だった」と非難されていますが、あれは「ゆとり教育」という考え方自体が間違っていたわけではなく、現場の先生達がその考え方を理解出来なかっただけに過ぎません。


私の対象は「社会」でも、「学校」でもなく、あくまでも「子育て」であり、「家族」です。

このような社会の流れの中で、今、「本当に大切なこと」を守ることが出来るのは「家族」だけだと考えているからです。

「家族」は子どもの居場所であり、子どもを守り、育てる場です。これは太古の昔から変わっていないはずです。
その「家族」があったらか、生命も、言葉も、文化や知識や技術も伝わってきたわけです。

でも、現代社会では、「家族」は崩壊し、「家庭」は学校の出先機関になってしまっています。
大量消費社会を支えているのも「家庭」です。

確かに、現代でも「家族」は一つ屋根の下に住んではいますが、それは一つの部屋の中でみんながゲームに夢中になっている子ども達と同じ状態です。

子ども達はそれを「仲間」と感じ、現代人はそれを「家族」と感じていますが、その「仲間」や「家族」に実体はありません。

夫婦は権利を奪い合い、義務を押し付け合い、子どもはお勉強をして、ゲームをして、食べて、寝ているだけです。

でも、お母さんやお父さんの意識が変われば、それはすぐに本来の「家族」の姿に戻ることが出来るのです。

お母さん一人の意識が変わっても、それだけで「学校」や「社会」を変えるのは非常に困難ですが、お母さん一人の意識が変わればそれだけで「家族」は変わるのです。

そして、そのような家族が増えれば、やがて「学校」や「社会」も変わっていくかも知れません。

「学校」や「社会」は変わらなくても確実に「我が子」は変わります。


じゃあ、具体的にどうしたらいいのかということですが、「人と人をつなぐものを大切にした生活」をすればいいのです。

そのことで、子育ては楽しくなり、子どもも、お母さんも、お父さんも幸せになるのです。

ということで続きます。





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Last updated  2015.05.27 10:48:02
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