|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
生きてる書いてる愛してる [全680件]
「ベルリン天使の詩」という映画を、以前見た時、久しぶりに面白い映画に出会った、大変美しい映画に出会ったと驚きました。非常に精神的で、ロマンチックで、メルヘンで、ドイツの美を見た思いです。そして昨日同じ監督の、「パリ、テキサス」をビデオ屋で見つけ、見ました。 この作品だけだと、救われないラストでしたが、「ベルリン…」の前につくった作品とのことで、二つが前後編のように頭の中で結びつき、大変美しい世界が広がりました。 「パリ…」はうまく行かなかった男女の関係がまずあり、ずたずたに傷つき離ればなれになりながらも、愛ゆえであった事を、男が女に伝えにゆく話しでしたが、女は境遇的には汚れたところに居るのに、美しいままでいたのです。離れていた子供も、最初は反抗的ですが美しい心を見せ始めるのです。 「ベルリン…」では男は天使になって地上に降りてきて、女性に出会い、ラストは人間になって戻ってきました。時空を超えて貫いて行く男女の愛のメルヘンが、哲学的。さすがドイツ。 資本主義社会に愛は成立するのか、というロレンスの本(「現代人は愛し得るか」)も思い出してしまいました。 その場しのぎの娯楽映画家が多い中で、ほっとするひと時でした。
ものすごくお久しぶりです。 心入れ変えて、またブログ再開したいと考えました。 どうぞよろしくお願いいたします。 今年は1/1から、京都の八坂の塔の下にできた(なんと1/1の除夜の鐘からオープン!)高麗ギャラリーカフェに行ってきました。 すごいカフェが出来たと心底驚きました。 高句麗王直系子孫の、高麗恵子さんが設営されたカフェは、数千年の歴史を超える空間です。圧倒されながらも、大変暖かく、宇宙的でした。京都に立ち寄られうる方は是非、お訪ね下さい。八坂神社の南(バスだと一区間くらい歩いたところ)に地元の人が言う聖徳太子ご建立の「八坂の塔」があり、そのすぐ下(斜め前)にあります。 またおいおい書かせていただきます。 追伸/宗教研究の好きな私は、最近田川健三さんの新しい訳の新約聖書読んでます。学生の時学校の先生から聞いたのと全然違っていて、大変面白いです。そして納得できます。本当はこうだったのかと。(誤訳が多かった事知りビックリです。理解出来なかった事が分かるようになり、本当の力強いイエス像に触れ感激)。
自分の漫画が、実際にはどのように読まれているのか興味があって、ついでにうりこみもしようと、自著作品を持って兜町へ行って来ました。 恥ずかしながら、兜町でお会いできたのは、プロ中のプロ、漫画で投資の本を読む必要はない方々ばかりなのでした。行くとこまちがえちゃった(笑)。 でも、私が描いた「本間宗久」さんは、兜町のプロ達には本当に「神様」として、本がぼろぼろになるまで読んだと伺い、素晴らしい人を書くことが出来たのだと、あらためて自分の幸運に感謝しました。 そして、証券屋さんのしぶいおじさんは、プロフェショナルでかっこよかったのです。しかも、物腰がまったくふつう。人を差別してない。大手会社の受付の人の方がかえって偉そうな応対なのでした。差別的な態度しない人って本当に素敵と感じます。 100年以上経っているようなどっしりとした大理石(?)造りの 伝統ある兜町の証券会社は、想像していたより心地よく、そこで働く人も感じの良い方々でした。新しい現代建築には何やら重苦しい感じを受けましたが、建物によって人がこんなに影響を受けるとしたら、ちょっと由々しき問題です。建築業界の人にも、金融業界の人にも、世界中の人にも、正しい繁栄を祈ります。
久々に面白い映画に逢ってしまいました。私には、こんなに面白い映画は珍しいと感じられました。(私の独断なので、他の方が見たらどう思うかは不明) 天才シェフのお話。(ネットで検索すると「官能料理」などと出ていますが、そう言ってしまうとちょっとニュアンスが違うような気がする)とってもメルヘンのような、哲学的のような、ラブストーリーのような、ちょっとドキとする恐いシーンもあって、あったかいような、何故かおかしくて笑いの場面がいっぱいで、何ともいえない。主人公のシェフはあまりしゃべらずに目で語る。そんな静かな表現が強烈。シェフの作る料理は本当に美味しそうで、映像としても大満足。かなり不思議。こんな映画はドイツ人にしか作れない。ブレーキのきかないドイツ人。哲人ドイツ人。ブラボー。最初から最後まで夢中で見てしまい、時間が経つのを忘れました。
ユダの福音書を読みました。 以前にも読みましたが、また読んでみました。 原書の保存状態が、目に見えぬ思惑によって(発見された時は保存は良かったとのこと)ぼろぼろになって、読めなくされたこと、返す返すも残念ですが。 それでも、断片的に残る文章からは、イエスの言葉なまなましくリアルに感じます。 ユダはイエスとともに生き、ともに精神的十字架にかけられたのではと感じます。 ユダの苦しみをイエスは知っており、イエスの苦しみをユダは謙虚に知っていたと想像します。 イエスはユダ愛し、ユダはイエスを愛し、その愛に、周りは嫉妬したと感じます。 マグダラのマリアも同じく嫉妬によって隠されたようです。 でも両方ともその福音書が発見されたとは、なんという奇跡の現実でしょう。 がらりと変わる世界の予感。
あたらしい世界が見たい すべて相手のために 相手を含む相対した大きな世界のために 自分に相対する世界よりよくなることは結局自分の願い 自分もよくなりたいけど相対する世界も良くなってもらいたい こんな独り言は誰にも通じないかもと ここに書いています 人は、誰かに認めてもらわないと存在できないかも ネットに書くことは 存在証明をはじめていくこと
薄っぺらなもので動いて来た私は 明るみに出て 青ざめる 弥勒の時。 こころからありがとうございます。 待ち望んでいました。 古い自分の(生きる)用件は終わりました。 これから 未知です。 あたらしい空間に飛び込む。 このようなことを書かせていただいた 光り輝くまばゆい空間ウェブサロン http://salon.idaki.co.jp/ ありがとうございます |一覧| |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||