空也の滝で修行する友人。今日も滝に打たれている。寒行は厳しい。見学に行こうと思いつつも・・・午前5時に間に合わなかった
帽子をかぶった比叡山。夜明けに姿を現して
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表現の場所は本当に増えた。生きること=アート、そんなやり方をしっかり続ける人たちもぶ厚い。手で作る。見せる。現物のパワーと作る人と会えること。表現 x 人 x 急がない時間
→インスタレーションの土壌であるためには? ギャラリー4年目へ
→アート・タッグマッチ。
→空間にあそぶ、アーティスト。生きる=稼ぐじゃない、見せたい!! の欲求をつないでゆく仕事も、ある。体力が欲しいのだけれど
→小さな画廊空間に溢れていたインスタレーションの風景。今じだいは売れる絵と向き合っていて、うちの探し物もそんな方向を向いていた。 それは、面白みの多くを削いでいたのかもしれない。
→「売り」だけの可能性の中に収まり切らない「表現活動」をどう伝えてゆくか?
→箱になったりキルトになったり、屋外の吊るしものだったり、表現手法がどんどん変わる。そんな面白さを「売る」ことはできない。その時どうするか。80年代現代アートの面白さはレンタルスペースにあったのかもしれない。
→ギャラリービュウ尼子さんやギャラリーココの柴谷さんがやったこと。今も活動するギャラリーがやっていること。近所の森も奥深く。アートの森の俯瞰はできないほど豊かで、そして
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