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「学級閉鎖」ってなつかしくないですか? インフルエンザが猛威をふるっているようで、 小1の下の子のクラスは先週1日、今週はなんと 明日、あさって、しあさってと、学級閉鎖になるそうです。 おにいちゃんのクラスも、あと1人休んだら 学級閉鎖になるとかならないとか…。 自分が子供のころはわくわくしたものですが、 働くお母さんにとってはハラハラな現象ですね。 「なりたい自分になる読書術」も更新してます! 『カラマーゾフの兄弟』 『サラサラの組織』 ワールドカフェの感想 『前世ソウルリーディング』 書くための参考書 映画 『Sex and the City』 『なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのか?』 学び マネジメントシリーズ 姿勢・心得編
私は前職は「まちがいがあってはならない」ライティングを していたので、常にまちがっているところ、不足しているところ、 おかしいところ、などを探していた。 その条件反射で、文書を読んでいても、無意識に 間違っているところ、おかしいところが飛び込んでくる。 ただ、これはやられる側は、わかってはいても相当つらい。 なので、以前のライター同士はお互いのつらさがわかっているので それなりのルールを持って、相互チェックをしていたように思う。 それは相手の立場や状況がわかるからだ。 さて、その仕事を辞めて、産業カウンセラーの講座に通っているとき。 ロールプレイなどのワークの後に、オブザーバー役の人からフィードバック をもらう。この時に先生が必ず言っていたのが、 「できていないことを指摘する前に必ず、できていることを伝えること」 ただでさえ学びの途中なんだから、できていないのは当たり前。 できていることをまず認めてあげて、そこからどうしたらもっと よくしていけるか、そういう意味でのアドバイスを、一意見として伝える。 これは何度も何度も繰り返したので、体に染みついている。 と思っていた。 私は、仕事で何かを作って納品する、 何かの文書(書籍、WEB、チラシ、テキスト)を作る、 というときは、前者の「間違い探し」モードになる。 そのときは、その辺の人よりできる自負がある。 でも、「正しい」がないもの、ふくらませる必要があるものなどに 対してこれをやってしまうのは厳禁なのだ。 最初から「いいね~」というようなものが作れたら 苦労しないのである。 クリエイターが高いお金をもらえなくなって、商売あがったりである。 でも、無意識でいると人は不思議なことに欠陥を探す。 おもしろいくらいに、足りない部分を指摘する。 フィードバックをちょうだいといわれて、足りない部分を指摘 しないと自分が足りないと思われるかのように。 でも、すべてがまったくだめなわけではない。 そもそも制作する上で、まったく熱が入らないものを 作っていくことはできないのだから。 なら、そこを少し汲んで、よいと思ったところを 「正直に」伝えることが大切だと、何度かの経験を通して つくづく思う。 これは自分にすごく欠けていたこと。 なんとなくポーズで前半によいこと言って、 あと後半でど~っと指摘の嵐をしていたかもしれない。 それが求められるフェイズであれば、 プロとしてやるべきことだから、誰が何と言おうと それは仕事をまっとうしていることになる。 けど、相手のフェイズを見極めずにこれをやってしまうと 生産性にいちじるしい影響を及ぼす。 本当にその相手のことを思っているときは、 本当にいいと思った部分は言わずにはいられないだろうから、 自然と伝わるけれど、いつもそういうパターンとは限らない。 一応よいことを伝えているつもりでも、うわべだけの 言葉になってしまうことも多い。 (特に私はそういう傾向が強い) しかし、そもそもの目的は、よりよいものを 作り上げていくこと。 なんのためによいものを作るのかというと、 たとえば、パンフレットであれば、それを手に取る人に、 何らかの価値を与えるため。 WEBであれば、情報がほしい人に、しっかりとたどり着ける ガイドをし、情報を端的にあらわすことが最優先になるだろう。 書籍であれば、読んでほしい対象の人に、伝えたいメッセージを より伝わりやすい形に編集すること。 対象ありき、なのである。 そこは見失わないように、かつ、制作者のやる気をそがないという、 2つのアプローチが必要になるだろう。 で、このブログで言いたかったことは、 「一時停止のところでは、必ず車は一時停止しなくてはいけない」 ということ。 つまり、フィードバックをするときは、必ずどんな段階で、 何のためにフィードバックをするのかを確認しなくてはいけない。 と自分の肝に銘じるということ。 以前、車を運転していて、一時停止のラインに気づかず、 そのまま直進していたらパトカーにふぁんふぁん 「そこの車とまりなさい」って追われて初めて気付いて、 切符をきられて、お金を払う、という苦い経験をしたので、 その経験とリンクさせて、フィードバックをするときは 要確認を徹底したい。 これから、自分がいろいろな人に相談をしたり、 相談を受けることが、さらに増えてくる。 無意識のときこそ、足りているところをいつも見つけるように していきたい。
最近いろいろ受け取るサインが、間違いなく 新しい大きな流れの存在を指し示しています。 それはこれまでとは違うもっと上の方を流れている流れ。 澄んでいる流れ。 ドロドロ→ベタベタ→サラサラに変わっていっている感じです。 (↑自分の中ではすごいしっくりくる) その流れの中での自分の役割をしっかり見極めて、 直観にしたがって進みたいと思います。
タイトル通り、すごくいいお話を聞いているとき、 その話をしている人の目を見て、表情を見て、 体の動きも見て、声をしっかり聞いて、 その雰囲気をからだでも感じたい。 そして、それはしっかり覚えておきたい。 でも、そのときにノートをとっていると、 そのライブの価値が減少してしまう気がする。 でも、ノートをとらないと、どんどん記憶が 減っていく。 さて、どうすればいいだろう? とふと思ってこのブログを書き始めたのですが、、、 そうか、話を聞いているときはキーワードだけメモして、 終わってからあまり時間を空けずに、キーワードから 話を再現するクセをつければいいんだ。 と、一人で納得したのでした。
最近、ダブルバインドだなあと思うような状況があって いろいろ考えています。 一番いいのは「気にしない」ってことなんですが、 顕在意識でいくらやってもしょうがない気がするので、 解決志向アプローチを自分に試してみるかな。 これはたまたま来月「ダブルバインド」のワークショップ に参加する予定なので、自分なりの解を見つけたいと思います。 さて、チャゲアス。 最近、チャゲアス解散説が流れたこともあって いつもあまり何事にも興味をしめさない旦那がほしいというんで 手に入れて車できけるようになってます。 で、これが案外よい!! 忘れていた10代の記憶がいろいろ出てくるような感じです。 その頃に感じていたこととか、見ていた景色とか 周りにいた人とか、芋づる式に。 ああ、記憶ってこういうことなんだなあとまた確認。 何らかのきっかけがないと、意識にあがってこないんですよね。 さらに、最近、ちょっと追いかけているテーマが 「ノスタルジー」なのですが、その辺のヒントもいろいろあったので よかったです。 マーケティング(というとたいそうだけど)に活用したいと 思います。 ここ数日、胃の調子がかなり不調です。 そろそろ悲鳴をあげているのか?? 携帯と一緒で今まで胃や肝臓さんたちも雑にあつかって ごめんなさい。かわりはきかないので、今からでもしっかり 大切にします。 と思ったのでした。 なりたい自分になる読書術も更新! 『承認欲求』 |一覧| |
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