モテの虎

先日、後輩のタナカに誘われ一緒に夕食を食べに行くことになった。
オレは全く聞いた事が無かったが、会社の近くに何度か雑誌やＴＶに取り上げられた事
もある、わりと有名なラーメン屋があり、どうしてもそこに行きたいのだそうな。

タナカに連れられて店に着くと、夕食には早い時間にもかかわらず店内はそこそこ混雑
しており、ラーメン屋だからか一人の客が多く、カウンター席は埋まっていた。
店員にテーブル席に案内され、席に着くなり店員が戻ってきて、
「申し訳ありませんが、相席をお願いしてよろしいですか？」
と聞いてきたので、速やかにＯＫする。

オレ達の向かいに座ったのは、キャリアウーマン風の女性とエビちゃん風ＯＬの２人組。
どちらもかなりの美女である。

キャリアウーマン風の女性を見て、彼女は学生時代はバレー部でキャプテン。
かなり熱いので後輩からは嫌われたりもしたが、引退試合での彼女の涙に後輩達も
もらい泣き…みたいな妄想を膨らましていると、タナカにメニューを差し出された。
「注文、何にします？」
しばし悩んでいると、タナカがメニューの解説を始めた。
「まず、この店の一番人気はとんこつラーメンなんス。ビギナーにはオススメっス。
んで、お店のイチ押しが特製しょうゆラーメン。ま、コレもビギナー向けッス。
それから店長のオススメがミソラーメンッス。ま、コレは中級者用ですけどね」

…オマエもこの店初めてじゃねーか。
ひょっとして美女二人組を前にして、「オレは通だぜ」ってアピールなのか？
などと勘ぐりつつ、ビギナー向けのしょうゆラーメンとビールを注文する。

タナカは「通」だからなのか、ミソラーメンにチャーシューとワカメをトッピングし、
ギョーザを注文。
「上級者はミソラーメンとギョーザのコンビネーションっス」
なぜか自慢気に言ってメニューを伏せた。

そしてラーメンが到着。４人が黙々とラーメンをすすり始めると店内に流れている有線が
響いた。その時流れていたのは海援隊の「贈る言葉」。武田鉄也の粘っこい歌声が店内を
支配する。

なんか季節はずれだな…。あ、そういや、また金八先生が始まるからか…。
などと考えているウチに次の曲へ。

イントロが流れ出したその曲は、田原俊彦の「抱きしめてTONIGHT」だった。
…教師特集なのか？と思ったその瞬間。

歌いだしたのは武田鉄也だった。

オレ、タナカ、そして相席の女性２人の全員がラーメンを吹き出した。
「オイオイ、何？この曲」
「ヤバイッス！コレ、マジでヤバイッス！」

騒然とするオレとタナカに同じように女性２人も話し出した。
「ありえなくない？」
「何、コレ？モノマネ？」

そこでタナカがすかさず女性２人に話しかける。
「コレって多分、モノマネですよね？」
「絶対そうですよー！」
そして、意外にも女性達との会話は盛り上がり、まるで最初から４人で食べに来たような
雰囲気になっていた。

ラーメンも食べ終わり、オレは一大決心をし、彼女達に告げた。
「あの、せっかくだし、メアドとか交換しません？」

その時、キャリアウーマン風の彼女の笑顔はこの店一番人気のとんこつスープのように
濁っていた。

「あ…、イヤ、それはまた今度にしときます…。それじゃ…」

彼女達はそそくさと会計を済ませ、店を後にした。

今度って何時やねん…。オレとタナカに残ったのは、上級者向けのニンニクたっぷり
ギョーザのような後味の悪さだけだった…。

会計を済ませ、店を出た瞬間、タナカに一喝されてしまう。
「イナゾウさん！あそこはメールアドレスとかじゃなくて、そのまま飲みに誘うべき
でしたよ！何焦ってるんですか！」
「イヤ、だって…、聞きたかったんだもん！メールアドレス、聞きたかったんだもん！」
しばし口論の後、オレとタナカは一言も会話しないまま、家路に向かう。
二人の間をしょうゆラーメンのスープのようにドス黒い空気が包んだ…。

それから３日間、会社でも会話を交わしてません。

……武田鉄也（たぶんホリのモノマネだと思います）の「抱きしめてTONIGHT」のＣＤ
手に入らないかな…。