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泳げる人の溺死

泳げる人の溺死
                     JTUメディカル委員長 竹内元一
 今年(2011年)のトライアスロンではスイムで2件の残念な死亡事故が起こってしまいました。水泳中の突然死の原因は昔は心臓マヒで片づけられていましたが、いろいろな原因が考えられます。最近では溺死と判断される事例が増えてきています。溺死というのは、呼吸循環が停止する前に海水を肺の中に吸引し、そのために窒息を起こし、無酸素状態となり、意識を失い、その状態が継続することにより脳死となり、心肺停止にいたったものです。泳いでいる途中で意識消失を起こすような原因が別にあったとしてもそれが水の中であったために、呼吸が停止する前に海水を肺の中に吸引し、最終的に溺死となる訳です。
 2002年に宮古島大会で2件の事故が起きた時に、「大会中の事故と自己管理」というタイトルでJTUメディカル委員長として発表し、警鐘を鳴らしたのですが、今一度泳げる人の溺死がどのようなメカニズムで起こるのかを解説し注意を喚起したいと思います。最初に述べましたようにスイム中の突然死はいろいろな原因で起こり得るのですが、基礎疾患のない健康な泳げる人に起こる溺死ということに限って解説させていただきます。すべてのスイム中の突然死がこのために起こるとは思っていませんがその中の大きな原因のひとつであることは間違いないだろうと考えています。
 1963年に元東京都監察医務院院長の上野正彦先生が泳げる人の溺死の原因として溺死体の解剖所見で50%に錐体内出血が見られることから錐体内出血による急性平衡失調が関与しているであろうと発表しています。錐体という骨の中には三半規官という平衡感覚を司る器官があります。その機序は次のようになります。
呼吸のタイミングを誤るあるいはバトルなどが原因で鼻の奥と中耳を結ぶ耳管という細い管の中に水が入ることによって、水の栓ができ、それに引き続いて起こる水の嚥下運動などにより、水の栓がピストン運動を起こし、また外耳からの水圧の影響も加わり、鼓室内圧の急変を生じ、毛細血管が破綻して、錐体内出血を起こすことがあります。また同時に海水を少量誤嚥(気管内へ吸引)した場合には引き続いて起こる咳発作(怒積)により上半身の静脈圧が高まることも錐体内出血を起こす誘引となります。そうすると、錐体内部にある、三半規管は急性循環不全を起こして、平衡失調すなわちめまいが出現します。泳ぎの上手下手に関係なく、これが起こると、めまいのために息継ぎがうまくできなくなり、溺れてしまいます。これによる事故を防ぐには次の6点が重要です。
1.かぜ気味の場合、耳管から鼓室に水が入りやすい。
2.耳鼻咽喉科に疾患のある場合
3.飲酒酩酊時(酩酊時には神経系統の総合的反応鈍磨があり、耳管から水が入りやすいし、また急性循環不全を生じやすい)──以上の状態のときは水泳をしないこと。
4.水泳中は口から息を吸い、鼻から息を出すこと。(鼻から水を吸い上げると耳管に水が入りやすい)
5.耳栓をするより、鼻栓をした方がよい。
6.鼻から誤って水を吸い、気分が悪くなった場合は、直ちに水泳を中止し、水からでること。錐体内出血そのものは致命的なものではなく、めまいが起こるだけで意識がなくなることもありません。めまいはしばらく続きますが、1~2週間で出血は吸収され、めまいも徐々におさまります。問題はそのときパニック状態となったり、泳ぎ続けようとするために、うまく呼吸ができずに溺水による窒息を引き起こしてしまうわけです。
私自身100回以上のトライアスロンに参加していますが、幸いまだこのような事態に陥ったことはありません。米国の報告ではトライアスロン大会中の事故は10万人中1.5人と言われていますので、そろそろ起こっても不思議ではないかも知れません。私自身このような事態になった時に冷静に対処出来るかどうか判りませんが、まず異常を感じたら泳ぐのをやめることは絶対に必要だと思います。通常ウェットスーツを着ていますので泳ぐのをやめればお尻が下がり頭が上に来ます。手足を動かさなくても鼻と口は水面から出るはずです。2002年の宮古島大会の時には事故に会われた二人の方は突然異常な方向へ泳ぎ出したことが観察されています。
                           2011年10月30日 


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