水難事故時の心肺蘇生法(CPR)について
救助艇(蒲郡競艇場) posted by (C)ドクターTストレッチャー待機 posted by (C)ドクターT現在、私は、月に5~9回くらい蒲郡競艇場医務室に勤務しています。そこは競艇選手と競艇場職員のための医務室であり、レースや練習中の事故がなければ、風邪薬を出したり、湿布を出したりするくらいで、暇を持て余し、たいていは写真の整理やらブログを書いたりしています。前検日とレース日に選手が水面に出る可能性のある間は事故がいつ起こるか解りませんので、待機している訳です。この仕事を始めてから6年ほどになりますが、幸い死亡事故は起きていません。しかし今年になって、2件ほどの大きな事故がありました。1件は3月28日22歳男性脳震盪、もう1件は6月18日44歳男性多発脊椎骨折でした。競艇の事故はボート同士の接触やボートが波にひっかかって転覆し、後続艇が当たるために起こります。レース中は救助艇が両サイドに待機していますので、転覆があれば1分以内に救助艇が船上に助け上げ、3分以内に医務室前に運んでくる体制が出来ています。しかし、この2件のケースではいずれも海水(蒲郡競艇場は半海水ですが、・・・)を誤嚥していました。意識レベルはどちらもIIー20でしたが、酸素飽和度(SpO2)は70%を切っていました。すぐに酸素投与とアンビューバッグでの強制換気を始めて、救急車を要請し、ことなきを得ました。水の中で意識を失うような事故があれば、その後に引き続いて起こることは、意識消失→溺水(水あるいは海水の誤嚥)→窒息→脳死→心肺停止であり、窒息から脳死までは3分~5分と考えられます。脳死前後まで進行してしまうと回復は絶望的となりますので、救命には1分1秒が重要でまさしく時間との勝負となります。心肺蘇生法(CPR:CardioPulmonary Resuscitation)は心肺停止間際の人の救命へのチャンスを維持するために行う循環の補助方法で、心臓マッサージを主に行い、熟練者は呼吸の補助方法である人工呼吸も行います。2005年までのガイドラインでは、CPRで重要な順番は、A:Airway気道確保, B:Breathing人工呼吸, C:Circulation心マッサージと言われましたが、2010年のガイドラインでは大きな変更があり、胸骨圧迫による心マッサージを最優先にして、気道確保と人工呼吸は省略可能であると言うことになりました。しかし、水難事故でのCPRにもこれは適用してよいのでしょうか水難事故では先に述べましたように、意識消失の原因となった外傷や内因性疾患に加えて必ず水(海水)の誤嚥を伴っている点が異なります。水でなく海水の場合はその後に起こってくる肺水腫もあります。いくら心マッサージをして循環を維持しても酸素を脳に送ることが出来なくては意味がありません。従って、私は水難事故でのCPRではまず人工呼吸を最優先に考えるべきだと思います。その際に水を吐かせる目的でうつ伏せにして背中を叩くなどの処置をする必要はありません。それは餅とか食事を誤嚥した場合に採る処置であり、気道に入った水を出す効果はありません。最近のトライアスロン大会のスイムでの事故や一般の海水浴場での事故では、競艇場での事故のように都合よくアンビューバッグは置いてありませんので、近くにいる人がすぐに呼気吹き込みなどによって人工呼吸を始めるのが救命の第一歩だと考えます。うつ伏せに浮かんでいる状態で1分以内に発見したとしても、正式なCPRを出来る場所に運ぶのに3分以上時間がかかってしまっては救命率は著しく下がってしまいます。AEDは魔法の機械のように考えられて、公共の場所には広く普及していますし、最近ではトライアスロンの大会でも必ず準備されています。しかし、これは本来除細動器であり、適応となる病態は心室細動あるいは粗動と言った限られた場合だけで、心停止には意味がありません。もちろん装着してスイッチを入れれば機械がその適応を判断してくれますので、装着することは問題ありませんし、医師でなくても一般の人が使うことも法改正により出来るようになりましたので積極的に活用していただいて構いません。