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ライプツィヒはドイツで3番目に古く大学が創立されたことで有名です。現ドイツ首相のメルケルさんもライプツィヒ大学にて物理学を学んだというばかりではなく、化学反応速度論で顕著な功績を残したオストワルド、量子力学の確立に貢献したハイゼンベルク、メビウスの輪で有名な数学者メビウスなど、科学の発展に古くから大きく貢献してきた大学として、重要視されています。一方、芸術分野でも、多くの著名人を輩出していて、作曲家のシューマン、ワーグナー、そして文学ではゲーテや森鴎外などがこの大学に通っていました。 そして、教会の前方部には十字架があり、そこに願い事を書いた紙を貼り付けると、願いが叶うと言われています。早速、ぽんカノさんが、「あなた(バッハ)の曲が、上手に弾けるようになりますように・・・・」との願い込めて、十字架に貼り付けていました。
こんにちは。年が明けて雪が融けて、ようやく暖かい日々が戻ってきました。とは言え、雨が1週間ほど断続的に降っていて、すっきりした天気は望めません。また、窓の外では、ビューと音を立てながら突風が吹いています。数週間後に、ヘルシンキに向かうの予定で、飛行機が強風によって絶叫マシンにならないことを願うところです。 さて、旅の1日目(12月26日)、ライプツィッヒの旅日記を書いていきます。このとき、大雪によって、市庁舎裏にある文豪ゲーテの銅像には、雪が積もっていました。そのゲーテの銅像の向かいにあるは、メードラー通りというショッピングアーケードで、その中にたくさんの店が軒を連ねています。そのアーケードの中央部へと足を進めると、ファウストとメフィストフェレスの像(ゲーテ作、戯曲ファウストの登場人物)がたっていて、そのちょうど地下に、アウアーバッハス・ケラー(Auerbachs Keller)というレストランがあります。 ![]() 雪をまとったゲーテの銅像 メードラー通りのアーケード 実は、ここがライプツィッヒでは最も有名なレストランで、観光名所となるほどの人気を誇っています。ゲーテは、若き頃、ライプツィッヒ大学法学部で学んでいて、その時によく通っていたという酒場が、同じ場所で今でも営業を続けているのです。さらに、このレストランは、ゲーテの代表作である「ファウスト」に登場し、それが理由でレストランのメニューの挿絵や入り口の銅像には、その戯曲の登場人物であるファウスト博士と悪魔のメフィストフェレスが用いられています。 ![]() メニューの表紙 店先の看板 早速、店内に入ってみると、大盛況。このとき、お昼の2時という時間なのに、客足が減らないところが、噂通りの人気店であることをうかがわせます。これでは、席が見つかりそうになく、予約を取って夜に出直そうとしました。しかし、ぽんカノさんが、またここへ来るのは面倒との理由で、ウェイターさんをつかまえて、空き席をたずねたところ、運良く席が空いているとのこと。 ![]() 戯曲ファウストのワンシーンを描いた壁画 ビールが旨い!! 店内の雰囲気 見渡す限りでは、この日は観光客の姿はほとんどなく、地元の人で賑わっていて、まさにゲーテが通っていた頃と同じように、酒場としてのムードが立ち込めていました。 さて、ここのメニューは、主にザクセン地方料理を出してくれますが、クリスマスの時期と重なっていたため、その特別料理として、この地方で獲れた野生動物を使った料理を振舞ってくれるようです。ということで、ガチョウのスープと、この近郊の荒野で取れたイノシシのシチューを注文しました。
2010年12月25日、東欧の旅の前夜、1つ気になることがありました。それは、歩道に積もった大雪の上を歩いて、しかも10日分の衣類をつめたスーツケースを駅まで引っ張っていくことは、厳しいということです。そこで、ぽんカノに頼んで、市内のタクシー会社に電話をしてもらい、翌日の早朝に家まで迎えに来てもらうことにしました。しかし、この時、12月25日、クリスマス。これが理由なのか、市内にある全てのタクシー会社に電話をしても、全く電話に出てくれないのです。クリスマスは、こちらでは特別中の特別な休暇なんです。 一度はあきらめたものの、もう一度掛けなおしてもらいました。すると、あるタクシー会社とつながり、耳の遠いおじいちゃんが電話に出てくれて、何とかかんとか会話が成立。翌朝迎えに来てもらう確約ができて一安心。 実は、食堂車で食事をする予定だったのですが、本日休業というアナウンスが入り、ガッカリ。朝から何も食べずに、6時間の列車の旅というのは、少々厳しいところがありますね。
日本にお住まいの皆様、明けましておめでとうございます。只今、ハンガリーのブダペストからブログを書いております。こちらはあと2時間弱で、年が明けようとしています。 12月26日に旅をスタートし、ドイツ・ライプツィヒ、ドレスデン、そして国境を越えてチェコ・プラハを訪れました。ドイツとチェコの最低気温は平均してマイナス14℃、体感気温マイナス18℃近いという中、たくさんの観光客にまぎれて旅をしました。 昨晩、寝台特急に乗ってチェコ・プラハを発ち、眠っている間にスロバキアを通過して、ハンガリーのブダペストに到着しました。ブダペストはハンガリーの首都でありながら、隠し切れない「貧しさ」が至る所に見られます。錆付いた地下鉄、老朽化したバス、壁のペンキが剥がれ落ちた町並み、などなど・・・・・・ 旅の詳細は、旅が終わった後に、ブログで報告したいと考えています。では、またネットの環境が調ったら得られたら、旅先から報告したいと思います。
昨晩はクリスマスイヴで、夜更けにもかかわらず、教会の鐘の音が市内に響き渡っていました。今日は薄陽が差し込む天気で、雪が融けてくれるかなぁと期待したのですが、気温は氷点下のまま。窓の外は、相変わらず白い景色が広がっています。 さて、僕の家でもささやかながら、クリスマスパーティーをしました。ぽんカノさんは、ドイツの伝統料理の一つである「ザワーブラーテン」を作ってくれました。この料理については、このブログで度々登場してきましたが、牛肉ブロックを赤ワインとワインビネガーに漬けて、数日間冷蔵庫で寝かせて、オーブンで焼いた料理です。しかし、我が家にはオーブンがありません。なので、フライパンで牛肉を弱火で何時間も熱して、作ってくれました。意外とフライパンで作っても、オーブンで焼いたものと遜色なく、美味しく仕上がっていました。
昨晩は猛吹雪で、その風の音で何度か目を覚ましました。この大雪によって、航空、鉄道は運休・遅延が相次いでいて、数日後にひかえた旅立ちを心配しているところです。今朝とお昼過ぎに、家の前の歩道を除雪しましたが、どんどん積もってくるので、また夜にでも除雪しないといけないようです。ちなみに、ドイツでは住居(所有地)前の歩道を除雪することが義務付けられています。車道に関しては、市の除雪車が担当することになっているのですが、今日はクリスマスイヴだからなのか、除雪されていない状況です。そのため、走行中の車のタイヤが雪に埋もれて身動き取れないで困っている様子が、家の窓から何度か見られました。 さて、ハーゲンという町に、野外博物館があります。小高い山の中腹にあり、この地方独特の木組みの家が立ち並んでいます。この野外博物館は、大人というよりはむしろ子供が伝統産業を学ぶために建てられたものですが、この敷地内でクリスマス市が開かれるという情報をつかんだので、早速訪れてみることにしました。列車に約40分乗り、さらにバスに乗り換えてみたら、車内は大混雑!! 交通渋滞もあり、野外博物館に着いたときは陽が沈み薄暗くなっていました。 ここはNRW州の伝統料理も振る舞うレストランです。ドイツ料理の典型であるシュニッツェル(ドイツ風トンカツ)をNRW州風味に調理するらしいので、それを注文しました。すると、シュニッツェルの上に厚切りベーコンが1枚乗せられたものが出てきました。ベーコンとシュニッツェルの組み合わせは初めて口にしましたが、これが意外と旨かったです。 ドイツ人の中には、栗の皮をむかずに食べている人がいました。確かにこちらでは栗を食用とする機会が少ないから、食べ方が分からないのでしょう。ちなみにこっちでは、りんご、梨、ブドウなどは、皮をむかずに、まるかじりするのが普通のようです。
お久しぶりです。約1ヶ月ぶりのブログ更新です。仕事もいよいよ大詰めで、それに付け加え、帰国の準備やその他諸々で、ブログ作成に携わる時間はもちろん、ブログ友達の皆さんの記事を読む暇すらありませんでした。こういう状況ですので、最近は休日なしという状況で、明日も、明後日も、実験をするために研究所へ行く予定でした。ところが、冬期休暇につき、来年まで一部の実験設備が停止されるので研究はできないという知らせが入り、しかも、窓の外は大雪というにもかかわらず、明日から所内の暖房も止めてしまうという連絡があり、びっくり仰天。 こういう状況に加え、これで約3年間のドイツ滞在で最後の大型休みとなるだろうし、滞在最後の記念として、東欧の国々を旅することにしました。毎度のことながら、土壇場で旅の計画を立て、大晦日まであと1週間という時に、格安ホテルなんて取れないだろうと思っていたら、意外にも簡単に取れてしまい、これまたびっくり。 まっ、窓の外は大吹雪で、こんな時に誰もヨーロッパを旅したがらないというのが理由だと推測しています。その甲斐あって、列車のチケットも格安でどんどん手に入るからうれしいです。その結果、10日間もの長旅なのに、都市間移動に使う列車の料金の総計が、東京-広島の新幹線往復料金をと大して変わらないから、驚きです。 さて、行き先ですが、今回はドイツを東に向けて横断し、国境を越えてチェコ、ハンガリー、オーストリアへと進みます。そして、南からドイツに再入国し、ドイツを南から北へと横断して、帰路につくことを考えています。国境越えは総計5回。 なお、移動はすべて列車です(寝台列車や蒸気機関車にも乗って移動します)。 旅のお供のぽんカノさんも同行しますが、彼女は相変わらず旅程を作るのに非協力的。なので、一人でいろんな観光協会に問い合わせたり、チケットの事前予約をしたり、鉄道会社に「寝台列車のeチケットが取れないぞぉ~」って嘆きながらコンタクトを取ったりしながら、ようやく旅程が完成しつつあります。 とりあえず、「まだ生きている」という報告がしたかったので、ブログを書きました・・・
銀山を見学した後、黒い森の景色を見納めると、刻一刻とフライブルクを去る時が近づいてきました。これからぽんカノの知り合いのお宅にお邪魔をし、夕食をご一緒させていただくことになっています。しかし、銀山の探検によって、衣服は泥まみれ。こんな服装で、お邪魔するのは失礼なので、ホテルに戻って着替えることにしました。 市内から少し離れた場所に、素晴らしい日本庭園があります。実は、この庭園は愛媛県の松山市から贈られたもので、1988年にフライブルクと姉妹都市を結んだ故に、ここに造園されたのです。ドイツの各所で和風庭園もどきを見て来ましたが、ここで見た庭が最も本格的で規模も大きかったです。 ドイツではパエリアにウサギの肉を入れることがあるのですが、ぽんカノが嫌がって食べないので、その代わりに鶏肉が入っていました。 フライブルク中央駅、時刻は00:14。定刻どおり夜行列車が発車。駅を出ると、町の灯が遠くなり、やがて暗い黒い森を列車は抜けて行きます。長かった旅もこれで終り、バラの花を見ながら楽しかった旅を回想するのでした。 最後に、この旅の計画を立ててくれたぽんカノと、お世話になったご夫婦に感謝します。
フライブルク南部には標高1284 mの山があり、「黒い森」と呼ばれる山々の中でも、最も高いものの1つに数えられています。この山の名前は「Schauinsland」で、天気の良い日には、その山頂からスイス・アルプス山脈が見晴らせるそうです。しかし、生憎この日は、アルプスの壮大な光景は濃い霧に消されてしまいました。 フライブルクは、随分昔から急速に経済成長を遂げ、町が瞬く間に拡大をしていきました。そのきっかけの1つとなったのが、銀脈の発見です。この銀山は、南西ドイツ最大の規模を誇り、しかも約800年もの間、銀が採掘されていました。
このガイドツアーは、ショート・ツアー(1.5時間)とロング・ツアー(2.5時間)に別れていて、僕とぽんカノはロング・ツアーを選び、他のお客さんは全員ショート・ツアーに参加していたのです。ショート・ツアーが終ると、ガイドさんは我々2人のために坑道内に残り、さらにその先を案内をしてくれるのですが、驚いたことに、ショート・ツアーのお客さんは、ガイドさん無しで、もと来た道を迷わずに戻って帰らないといけません。 随分長~い坑道内の探検を終り、ガイドさんにお酒を出してもらい、冷え切った体を温めました。外に出て気付いたのですが、衣服が泥まみれになっているのです。この後、ぽんカノのお友達の家に招待されているのですが、こんな泥だらけの服でお邪魔して良いのやら・・・
フライブルクのお菓子屋さんで、ぽんカノにペロペロキャンディーを買ってもらいました♪♪。キャンディーを舐めながらホテルまで歩き、朝市で買ったお土産をホテルに預けると、すぐに駅前の停留所から路面電車に乗りました。交通量の多い市内を、路面電車が車の流れと共に走り、マーティンス塔をくぐり抜けて間も無い頃、東側の車窓には黒い森が広がっています。路面電車は山へと続く穏やかな坂道を登り、やがて山の麓にある停留所で停車。どのようやらここが終点らしく、電車を降りると、その前に接続のバスが止まっていました。 バスに乗り換えて、山道をグングン登って行き、山間の高台にあるロータリーに到着。ここで登山装備の若者たちも一緒に下車しました。彼らとは違い、我々はロープウェイに乗って空中移動をして山頂を目指します。そう言えば、ドイツに来てロープウェイに乗るのはこれが初めてだなぁ。
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