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文庫化『下山事件』復刻書評 お勧めの本(36956)」
[ ノンフィクション ]    

1949年7月5日、初代国鉄総裁の下山定則は
日本橋三越に公用車を待たせたまま失踪。
日付が変わった直後、常磐線北千住―綾瀬間の五反野で
轢断死体として発見されました。

下山の司法解剖を行った東大法医学教室では
局部を蹴り上げられ、血を抜かれてから、轢断されたと判断。

しかし一方で、連合国統治下、ドッジラインなどにより
国鉄では96.000人の解雇が決断されようとしており
その心労から不眠、意味不明の行動が下山に見られ
また5日夕方に五反野近辺にての目撃証言が合いつぎ
自殺説も消せません。

鑑定の再評価をした慶応大学法医学教室では、轢断死と主張。

警視庁捜査一課でも自殺とし、二課では他殺の腺を捨てません。

マスメディアでは朝日と読売各新聞では他殺、
毎日新聞では自殺説を採ります。

この事件はこの後すぐに起こる「三鷹事件」「松川事件」とともに
昭和の国鉄三大ミステリーとして未解決の事件です。

この下山事件の背景には大きな権力が見え隠れします。
そのためたくさんのジャーナリストや作家がこれを題材にしています。

主なものでは松本清張の『日本の黒い霧』(1960年)。
ここでは米軍CICの謀略の可能性を指摘しています。
元毎日新聞記者の平正一の『生体れき断』(1964年)では
自殺を前提に緻密な調査が記されています。
さらに矢田喜美雄の『謀殺 下山事件』(1973年)では
連合国側から左翼による謀殺に見せかけろという指示が
あったという、複雑な当時の時代背景が浮かび上がってきます。
つまり下山総裁は日本政府に殺されたようなものですね。

実際、この下山事件を契機に、左翼は力を失い
国鉄職員は大量解雇され、アメリカは日本を物資供給地として選び
翌年、朝鮮戦争へと入っていきます。この朝鮮戦争によって
日本は戦後復興を成し遂げ、アメリカの庇護の下、
高度経済成長期へと進んでいきます。

要するにこの事件で、「日本はよくやった」とアメリカから
「優」の判定を貰って仲間に入れてもらったという。
それをジャーナリストが指摘するのに14年の歳月が必要でした。

ところがこの『謀殺 下山事件』では事件の核心にいる人物が
すべてイニシャルでした。14年たってもまだ、明らかに
できない情勢なのです。

そのイニシャルを明らかにしたのが、本書。

社会派のフリーディレクターである著者の元に
この事件に関わった日本機関のトップの孫と名乗る男から
接触があります。本書では一貫して『彼』と呼ばれる男は
フリーライターで、日本橋三越そばのライカビルに
亜細亜産業という組織があった、そこには米軍情報機関の
キャノン中佐(キャノン機関)、日本の情報機関幹部が
出入りしており、総帥は矢板玄(くろし)。
そして太平洋戦争中、東南アジアで「血抜きの佐久間」と
怖れられていた佐久間、そして祖父がいたという。
当然、矢板は日本の右翼の大物とも戦争以前から仲がよかった。

この『彼』の話の裏を取りながら、本書は進みます。
彼のよきパートナーとして先輩ジャーナリストの協力も得られ
かなり信憑性の高い事柄に肉迫していきます。
下山事件を扱うジャーナリストは全員、「下山病」に
取り付かれるそうです。どうしてもその真実を知りたくて
生涯、追ってしまうという。その下山病は、本書を読む
読者も感染することでしょう。

ところで、もうひとつ、本書には結末があります。
森達也はフリーで、この下山事件のルポをどのような形で
どこで発表するか当てがありません。本書の中でも
TBS報道特集、週刊朝日と話は転がり、つぶされ
裏切られます。最終的にはこうして新潮社から「
本」になったわけですが。

その森達也の虚しさが迫ってはくるのですが
彼自身の「ええかっこしい」も見えてくるんですよ。

森は矢板玄の弟ととてもいい関係を築きます。
この人物は戦争中、日本空軍におり、戦後、亜細亜産業に勤め
その後、自衛官として定年まで勤めています。
とても快活で裏表がなく、信頼できる人物です。
ところが最初から、森は矢板玄が犯人ではないか、
と疑いながら近づくのですが、その真意を明かしていません。

けれど、結局、週刊朝日が森の企画を、森の許可なく
掲載することになり、矢板玄を犯人のように匂わせる記事に
してしまいます。森は深夜、この弟に謝りに行きます。
すべて週刊朝日に責任を押し付け、森自身が最初から
裏切っていたのを棚に上げています。

さらに、TBS報道特集での話が潰れたとき、
映像として彼は残したいとし、カメラマン一人と
彼のオウム信者のドキュメンタリー映画(「A」)に
感銘を受けたというNHK女性キャスターとともに動き出します。

そしてインタビューだけでは映画にならないと考えた森は
このNHKを退職してしまった女性を被写体として
プロットを立てます。大手メーカー役員のお嬢さんとして
アメリカで生まれ、一流大学を卒業し、NHKに就職した
彼女を日本の繁栄の恩恵の分身とし、彼女がこの事件を知り
変わっていく姿を撮るというものです。

ところが彼女は「下山病」に感染しませんでした。

それをあたかも彼女のせいにしているのですが
彼女は事件の概略も最低限しか知らず、
事件から遠いところで撮影されています。
50年たった事故現場、ライカビル(今はただのテナントビル)。
最後になって矢板の弟。

森のよきアドバイザーである先輩ジャーナリスト斉藤茂男も
情報源の「彼」の生々しい話も聞いていません。

それなのに、熱を帯びてこない彼女を、まるで過去を見ずに
繁栄だけを楽しむ現代人として一種、軽蔑の対象としてしまいます。

それはあんまりなのではないでしょうか。
監督失格は森のほうでしょう。

この企画を降りた彼女は現在もマスメディアに
携わっているとのこと。ぜひいい仕事をしてほしいですね。

どうもねえ。森の力量不足を感じる本になってしまったんですよ。

まだアメリカ側からの圧力があり、いまだに明らかに
ならないこともあるでしょう。下山事件があった事実は重く、
日本がどんな形なのか、森の言いたいことはわかるのですが。
もう少し自分の仕事を整理したほうがいいんじゃない?


本書に出てくる本
『日本の黒い霧』 松本清張 
『生体れき断』 平正一 
『謀殺 下山事件』 矢田喜美雄 
『夢追い人よ―斎藤茂男取材ノート』 斉藤茂男  築地書館
「地を匍う翼」 松本清張
『葬られた夏―追跡・下山事件』 諸永裕司 朝日新聞社 (2002/12)

『ピアノ線の人 村山祐太郎の生き方』 1979年 にっかん書房
『アメリカから来たスパイたち』 1965年 新日本出版社
『何も知らなかった日本人』 畠山清行 青春出版社
『日本の右翼』 猪野健治 1973年 日新報道
『キャノン機関からの証言』 1973年 番町書房


下山事件(ケース)  『下山事件(ケース)』 森達也





最終更新日  October 31, 2006 13:16:47
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