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![]() 落合恵子さんの講演は、期待に違わずというより失礼ながら期待以上に素晴らしい話だった。 メモ書き以外にちゃんとした原稿ももたずに、1時間半ほどの時間を熱く語った。話は抑揚の効いた、しかも惹きつけられずにいられない見事なものだった。 それはけして中身の薄いうわべの知識からではなく、自分の身体の、心のなかからほとばしる言葉となっていた。 内容のほとんどは、現在の福島原発事故や政治・行政への不信が多かった。しかしおよそ僕がこれまで聴いた講演のなかでは、トップクラスにあげていい中身の濃い内容であった。 落合さんは自分の発言で脅迫を受けたり、マスコミの仕事も減っているのは覚悟していると語ったうえで、歯に衣せぬ言葉で権力のまやかしや原発事故以後の事実を具体的な実例をあげて語った。 しかしそれでも国民は偏った視点をもつことなく、原発推進派の書物も、反原発派のものも公平に読んで、そのなかから真実を自分の力で掴んで欲しいと訴えた。同時に、大人の世代として、罪のない子供たちに負の遺産を残してはならない。そのために何ができるかを真剣に考えて、行動して欲しい。真実を明らかにすべき行政が、「パニックを起こす」などというまやかしで危険を放置している、とも訴えた。 この全容を正確にここで伝えるのは不可能だ。もし、聴いてみたいとおもわれる人があったら、講演を企画してみたらいかがだろう。 なお、講演会は有名人の講演をプロディウスしている会社を経由すると、通常はン十万円、ときには100万前後の講師料を提示される。しかし直接、本人の事務所か地元新聞社を通じて依頼すると、10~20万円ほどで済むことがある。落合さんは、主催者の力量を勘案してとても良心的に引き受けてくれた。 講演・サイン会の後、僕もメンバー数人と控え室でお茶を飲みながら雑談を交わした。 先程までの熱弁から一転し、穏やかで、気さくで、チャーミングな笑顔に戻っていた。 生命を脅かすという脅迫を受けながらも「反原発」の活動をつづける自身について、「私は今を精一杯生きたい。その為には政治や行政のまやかしに怒り続けている。私の元気の源は『怒り』です」と語りながら、そのようすは、よくある中世的女性のものではなく、一種のあでやかささえ感じた。 講演の感想もたくさん寄せられた。後から感想を語ってくれた人もいた。 「わたしは、小さな一市民で、声をあげてもどうすることもできないと思っていたのですが、落合さんの話を聴いて、声を挙げること、アクションおこすことも大事なことであると実感しました。まずは落合さんがしたように、私にできることから始めます。」 「これから人として我が人生を日々考えつつ 人生は“いいものよ。すばらしいよ”と子供たち、孫たちにバトンタッチしていきたい。生まれてきて良かった。長生きして良かった。と感じることができました。」 落合さんはこんな言葉も聞かせてくれた。 「顔のシワは、私の人生の成長のあかし。頭に出来たシワは一生懸命考えてできたシワで、目じりのシワは過ぎ去った日々を笑って過ごしで出来たシワ。ハナから口にかけて出来たシワは、負けるもんかと歯を食いしばって出来たシワ。これは借り物ではなく、自分が生きてきた証の地図。わたしはそれを消したいとは思わない」 落合恵子さんは現在66歳。そういえば、吉永小百合も同じくらいの歳だったな、この年代にはなんて素敵な女性たちがいるんだろう。 自身の行っている、被災地の子どもたちに絵本を送ろうというプロジェクト。「こどもに必要なのは、ハグ=抱きしめること、心臓の鼓動を聞かせること、そして、ひざの上で本を読んであげること」このような言葉にも彼女の魂をかんじた。 最後に、握手をして送り出した。ほの暖かくて華奢な、細い指の感触がまだ僕の手にのこっている。 ![]() ![]() │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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