アンコールワットの旅 #7
2.アキラの 地雷博物館オプションだったので、別途$2支払って見学しました。説明ビデオが放映されていたので見ると日本語のものは、島田伸介司会の「バリバリバリュー」というTV番組のコピーでした。最初に見た英語版とは全然違う印象で、驚きました。観光名所と同じ扱いです。日本人の説明ボランティアもいるとのことでしたが、当日はお休みでした。入り口には砲弾が展示されていました。上の絵が何とも悲惨です。戦争が終わっても、地雷被害は続きます。いろいろな地雷が展示されています。改修した地雷の展示塔です。多くの事故が防げたことでしょう。日本なら、ひとつでも大騒ぎです。中国やソ連といろいろな国のものがあるようですが、日本製がないことを望みます。楽しいところではありませんが、見る価値のあるところです。(参考)アキラの地雷博物館は、カンボジアのシェムリアップ郊外、バンテアイスレイの近くにある小さな博物館です。カンボジア人で地雷除去活動家であるアキ・ラー氏(通称アキラ)が、自身で撤去した地雷や不発弾を集めて安全処理・展示をして「地雷博物館」として運営しているものです。約5,000個の兵器が展示されていて、それはアキラ氏が撤去した地雷の1割にすぎないとも言われていますが、地雷の怖さ、戦争の悲惨さを十分に伝えています。さらに寄付を元に、地雷の被害にあった子供たちの自立を支援しています。 歴史アキラ氏が少年時代のカンボジアは、クメール・ルージュが支配している時代でした。両親と離され「こどもグループ」で少年兵になるために、銃の取り扱いや地雷の埋め方の訓練を受けました。13歳の時、侵攻してきたベトナム軍に捕まり、それ以降はクメール・ルージュと戦うことになりました。20歳の時、カンボジアに国連の平和維持活動が入ると、アキラ氏は初めて地雷撤去活動をしました。その時、地雷を埋めたことへの自責の念から、生涯を地雷撤去に捧げることを決意します。そして、地雷のことを知ってもらうために、博物館を作りました。見どころアキラの地雷博物館は、アンコールの遺跡を目的に来た多くの観光客に衝撃を与えています。戦争の負の遺産である地雷は、カンボジアには今もたくさん埋まっていて、全部撤去するには100年かかるとも言われています。地雷は戦争が終わった今でも、人々に恐怖を与えているものです。この博物館は小さな博物館ですが、対戦車地雷、対人地雷、手榴弾など、たくさんの兵器だったものが展示され、地雷の怖さ、戦争の悲惨さを語りかけてきます。https://www.veltra.com/jp/asia/cambodia/ctg/164827:アキラの地雷博物館/3.民家訪問中に入るのではなくて、木造の高床式の住居を外から見て説明を聞きました。ガス、水道はありません。電気はバッテリーからです。したがって冷蔵庫は皆無です。都市部でも超贅沢品とのことでした。トイレは外に掘った穴で行うとのことです。住宅価格は3-4千ドルで、耐用年数は15年ほどですです。道路沿いでさごやしから砂糖を作っていて、お土産に買いました。やや茶色がかっていました。 集落には、10軒ほど家が建っていました。