ごくたまにアップするブログにつきあって下さりありがとうございます。
これからこのブログは、ジャズピアニスト関根敏行のHP:http://www.mugi55.comの独白コーナーにそっくりそのまま引越すこととなりました。
今後もよろしくお願いします。
感動したり認識したりもすべて人の頭のなせること。世界はそれぞれの人の頭の世界とも言える。だから頭おさえられていると、わかること、感じることも枠がありその人の頭の枠以外のことはキャッチできないということになる。同じものを見て人と同じだと認識しても、実際は皆違うものを見ていると言える。その頭で生きていると年取るにつれ自分の枠がわかってきて、飽きてくる。でも枠は変えられないから、だんだん感性も硬直し感動もなくなっていく。どんなに良くても自分の枠がある限りマンネリになってしまう。それが変わるとしたら宇宙とつながる頭になることだと思う。人間のしがらみを超えた世界。といってもどこか遠い所にある夢物語のようなことじゃなく実は自分の中にあること。実際宇宙、大気圏外に出た人や、いわゆる天才と言われる前人未踏の域に達した人、事故等で九死に一生を得た人等は経験することがあるという。でもそんな大変なことをしなくてもいだきしん先生に会うということで宇宙意識が芽生える可能性は多いに高められると思う。宇宙とつながる頭は今まで経験したことがない無限の世界を経験できるだろう。
前にも触れてるんですけど、私には慢性的に腹が立っていることがある。以前は何か書こうとするとその腹が立ってることが邪魔して、今日はこんなことがあって楽しかったですなんて、あたりさわりないブログ書く気にもならんかった。あたりさわりがない、暇つぶし的なものか、2チャンネルみたいなものかどっちかなのね。どっちも人の気持ちが自然じゃなく何か型にはめられてるような気がしてならない。
思うに80年代以降ますますコントロールに拍車がかかってきているように感じる。ずーっと以前から、長い歴史を経て人間は何かにコントロールされ続け本当の自由等経験したことないのではと思うのだが、以前は支配の網の目が粗かったから救われてた部分もあったんじゃないかと思う。ゆるかったいうか。ただし目が粗い分だけ選択肢も少なかったのだろう。カエルの子はどう転んでもカエルみたいな。。今はというと目が細かくなった分管理統制が細部に渡っている、そういう人間が増えてきた。いわゆる画一化均一化というやつだ。ただし同時に多様にもなってきているから、どんなに支配しようとしても追いつかないところまできているので、この辺が一つの突破口になるのだと思う。音楽のフィールドでのアマチュアの人たちの台頭等があげられる。といってもこれにも良い面悪い面両方ある。ネットが普及して世界の情報をアパートの一室で、あるいは町中で手に入れたり、いわゆる素人さんのアイデアが多くの人の役に立ったり、ビジネスモデルを産んだりする反面、自殺やエロサイトの氾濫から人を中傷攻撃したりするものまであるのと一緒で、誰でも音楽を演奏したり制作したりでき、環境にしばれられず、才能を開花できる反面、良いものを聴いたり味わったりすることより、チュセツでも未熟でもなんでもとにかく人前でやってしまうという恥知らず的なことが横行している。今までの価値観が行き詰まりスタンダードが崩れた分何でもあり状態で、ずうずうしくて、えげつない奴の勝ちみたいな状態にも見える。
特に私が以前から言っている80年代以降、以前からの路線では新しいものが出なくなってきている。(Don't believe over 80'sなーんて)その分レトロに走ったり、今まであったものを組み合わせたりということでもたせてきてはいるが。同時に企業のイメージ戦略というものが露骨になってきている。それだけ困ってる証拠なんだろうが、宣伝がヒステリックになってきている。それでも多くの人は持ってかれちゃってるんだけれども、何せ内容がなくて下らないものにますます踊らされてるというか。昔ある経営者が言ってたけれど売れるものが良いものなんだと。確かに良いものは売れなきゃいけないけれど、売れるものが良いもので、売れないものは悪というんじゃただの儲け主義になるでしょ。中身を見なくなってるし、もしかしたら中身の善し悪しがもうわからなくなってるんじゃないかと考えると暗澹たる思いにかられてしまうよね。
それで最近思うことは、こういう時代だから良いものを作って提供していかなければいけないんだとますます思う次第であります。いわゆる大手売れ線が(別に敵視してるわけじゃないけど)やってることはある水準は確かに押さえてるけれど何せ中身がない。意識先行、世間ずれはしてるんだよね。その上いかないとね。いつまでもバカのままじゃいけないんだ。生かさず殺さずの戦略にはまって終わりたくないからね。
晴れて私の28年ぶりにリリースしたリーダーアルバムのトラックダウンが終わった。多少荒削りの所はあるものの、全体にエネルギッシュなパワフルなアルバムに仕上がったと思う。特に早稲田通りのテーマはジャズの魅力スウィング感ドライブ感とテンションに溢れた素晴らしい出来でみんなに聞いてほしい曲だ。アメリカのジャズも最近は概してアカデミックなことが災いしてストレートな情熱に欠けるものが多い中で、理性的でありなおかつ情熱的であるという理想に近い形になっている。
私の作った曲に早稲田通りのテーマというのがある。曲を作った4年前にふと気づいたのだが、私が通っていた小学校は富士見小学校といって、JR飯田橋駅から靖国神社に向かう通称「角栄通り」ぞいにあった。それで毎日その道を通ったり道で遊んだりしていたわけだ。その道が神楽坂につながり早稲田大学の前を通り中野へと向かう。中野は私の青春時代を4~5年過ごしたところで、アルバイト帰りには夜の早稲田通りを落合から上高田まで歩いたものだった。そして当時の奥さんが病気をして入院していたのも早稲田付近だったのでよく通った。そして今また高田の馬場のライブハウスの前を通っているのも早稲田通り。そんな訳で何かこの通りに愛着を感じたり、過ぎ去った時へのノスタルジーを感じ、作ってみたのです。
特別普段ジャズファンや音楽ファンでない一般の人にも広くアピールするジャズというのができないものか考え中です。いつも思うにマーケットはたくさんあって、人もたくさんいるのにジャズの店と限定してしまうと人が来ない上に来てもマニアのような人が多いとなると、可能性を感じなくなってしまう。もうジャズが酒場の音楽というコンセプトは時代遅れもいいところなのだ。だけど人は変われない。となれば新たなマーケットを開拓するよりないわけだ。一般の人にアピールするジャズ。ただしイージーリスニングみたいのはやりたくな。、あるいは大衆に媚びてべたな曲のオンパレードやリクエスト大会でもないライブを考え中ですんで。。待っててよ。
浅草の国際通りから少し入ったところにある古ーいお店。表から見ると屋台風だが入ってみると古い日本の普通の家のような感じ。床も所々ギシギシ言っていた。梁を見渡すと有名人のサイン色紙等が飾ってあるが、よくある芸能人のサインとはひと味違う昔の作家達のものと思われるものがそこここに…。その中には先代のおかみさんの人なつこい笑顔の写真もあった。聞くところによれば、戦後の貧しい頃、何とか安い材料でおいしいお好みを作ろうと創意工夫したおかみさんが編み出したのがおもち4個で囲ってその中に具を流し込む独特のスタイルで、オリジナルメニューのしゅうまい天というものだった。これが美味。また、山寺天といっって何で山寺かはわからなかったが、長ネギと万能ネギと赤味噌とキクラゲと肉というこれまた変わったとりあわせのものだがこれもまた大変結構でした。個性ある味と古き良き東京のふんいきあるお店、ぜひおすすめしますよ。