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「備蓄型循環農業」 久保田さんが時々口にする言葉です。 そういう農業をする農家が増えて欲しい・・・と。 これも、まだ私の理解が充分では無いという想いがあり、書きとどまっていたのですが、数日前に書いた「何故有機農業を広めたいのか」の話に少し関連するので、書いてみたいと思います。 つまり、農家が農作物を収穫します。 農家なら普通そうなのでしょうが、収穫した農作物すべてを出荷してしまうのではなく、自分が食べる分、あるいはお知り合いに分ける分、また小分けに出荷するためのマトメ採りなど、少しは手元に残しているでしょう。 それを、計画的にかつ一定量、常に行っていくというか・・・・・収穫、出荷の間に、この「備蓄」という工程もローテーションに加えて行なうというイメージです。 注意点は、収穫したものを「蓄える組」と「出荷・すぐ消費する組」に分けるのではなく、収穫から消費と流れていく間に、「新鮮さ」を失わない範囲において、ちょっとだけ一時停止するのです。 だから「循環型」の「備蓄」。 家の押し入れに閉まってある「災害時の非常用食料」袋などとはチョット違っていて、「保管しておくためのもの」ではなく、今までどおり動いている過程の1つです。当然、その「ほんのちょっとの時間」の保存にも向かないような野菜もあるでしょうし、一冬だって新鮮なまま保てる野菜だってあるでしょうし、地域によっても、農家の規模の大小によっても事情は違うでしょう。 すべて、「状況にあわせた形」で行なうのです。「できる範囲」で。 それを、各農家が行なうとします。 農家が・・・できれば有機農家が、どんどん増えてゆくと、「備蓄」されてる「農作物の倉庫」が各地域で増えてゆくことになります。 それは、緊急時の自衛になります。 農家が、そういった・・・つまり・・・・・、 自分のところは、コノ付近一帯の「食料緊急避難所」であるという「役目」を自覚して、「備蓄」を行なっていければ、農家が増えるということ、イコール、あちこちに食料備蓄の拠点ができてゆく、ということになる・・・と。 久保田さんは、笑いながらよく話します。 「うちにはお金はないけど(笑)、食べるものなら当分あるよ。 何かあったとき、とりあえず当面ならば、 ご近所含めて食べる分くらい充分に。 でもね、 食べ物って、本当に基本なんだよね。 食べるものがないって、すごく不安になるし、ミジメになるんだ。 逆に食べるものがあれば、多少の困難でも笑ってがんばる元気がわいてくるよ。」 私が書けなかった理由の1つ。 こういう話を聞いたとき「すごい。すばらしい」って思います。 ウソじゃなく感動します。でも、言うだけの私は簡単。 久保田さん自身が既に実践しているこの発想の中には、 実は書ききれないほど、たくさんのことが詰まっている気がします。 輸入に、あまりにも頼っている日本の農作物のこと。 日本だけでなく、実際に今、明日の食べ物に飢えている国のこと。 何かあったとき、「分け与える」ということを、あたりまえのこととしている優しさ。 ・・・・・ 具体的な言葉にするのは、難しいほどです。
Last updated
2006.03.29 22:15:29
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