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みゅるみゅるミュゼット

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1963年 4月号

わが輩は天下のアコ・マニア#2

アコーディオンを志した不純な動機

                金子元孝

 親がもし、私に幼少の頃、何らかの楽器、

例えばヴァイオリンとか ピアノを 

先生につけて習わせてくれていたとしたら、

私は、ましな秀れた(優れた)音楽家になっていたかも知れない。

しかし 私の親や親セキ連は皆、芸ごとをひどく賤しんでいたから、

私のやる気のない 数学や国語にばかり力を入れ、

私一人が 毎晩のように 色々な先生の宅へ

予習復習に通わされ 馬鹿にならぬ月謝を無駄に払いながら、

無駄な月日を過ごしていた。

これは私に実力が つこう筈はなかったたが、

通信簿にお情けの点をつけて貰うだけには役立った。

 その頃、神田に住んでいた私は 旅籠町の都電(当時は市電)

の停留所前の マツザワ という楽器屋のショー・ウィンドウに

真新しいキレイな トンボ・ピアノ・アコーディオンが

飾られているのが眼に止まった。

親は てんで そんなもの買ってくれる気はない。

親の言い分はこうだった。

「お前が将来、商売でそれをひっかついで

漫才かなにかになる積もりなら買ってもやろう。

しかし趣味や道楽でそんなものをやるんなら、

うちにはそんな高価なものを買う余裕なんてないんだ。」

そこで私は「漫才になります。買って下さい。」

と言えば 約束通り買ってくれるのかと思えば とんでもない。

「このバカ!■■自主規制■■!我が家の先祖代々、子々孫々のツラよごしめ!

ゴミと一緒に掃き出してやらぁ!」

(mi注:金子先生は寅さん好きでもありました)

と家の外まで突き飛ばされる。

それ程、芸人をいやしみ、芸事を習いたいなどと

口に出そうものならふるえ上って罵倒されたものだった。

それでも欲しくて欲しくて、

マツザワ楽器のショー・ウィンドウのガラスへ

自分のおでこを押し当てたまま、ポロポロ涙をこぼしたことを

今でも記憶している。

これ程までに欲しがっている子に 買ってくれぬ親をうらんだ。

そして 何時の日か 自分が子の親になった暁には 我が子に

欲しいというものは 何でも買ってやる親になりたいとちかった。

しかし思えばかわいそうな私であった。

今にして思えば 楽器といえばピアノ、ヴァイオリンなどという

オーソドックスな立派な楽器があるのに、

アコーディオンなどという ■■自主規制■■な楽器に

これほど思いこがれたとは…。

その頃、浅草に吉本興業 花月劇場というのがあった。

松原千加士アコーディオン軽音楽団 という看板が出ていた。

学校の予習復習より 私はこういうのに魅力を感じていたので、

カバンを持ったまま飛び込んだ。

「イー、おせんにキャラメル、みかんに のしいか」の

ばあさんが客席から消え、幕が上がると

アコーディオンがズラリ。

中央にアフロ・キュバンのいでたちで

松原千加士氏がライトを浴びて 誠にサッソウたる雄姿。

これは 今の石原裕次郎、橋幸夫といえど、その華やかさにおいて

また当時のよき環境において 及ばない位のものをもっていた。

そのステージを見物しながら 私は

「アコーディオンをやってうまくなろう」

などという気は起こさなかった。

「あんな風に舞台のまん中で 一ぺんでいいから

サッソウと やってみてえもんだなあ…」とばかり考えていたものだ。

当時の軽音楽好きの若い女性たちに 松原千加士氏のことを聞いてみると、

「ステキ、ステキ、ステキ」

「スキ、スキ、スキ」という人ばかりだった。

実際に 松原千加士氏が巡業する後へは

トラック2台分位の女性たちが何時も 五月の蠅のようにつきまとった。

それから10年。戦争も終わった。

私は シルバー・トーン120ベースを買った。

ところで私は、やはり

「アコーディオンを上手になりたい」という志は乏しかった。

ただ年頃である私は 何かあやかりたかった。

松原千加士氏が渋谷のサイトウ楽器で教授していることを

伝え聞いて習うことにした。

そして一年半熱心に通い、私は松原千加士先生の

最後の弟子となったところで

私はいまだに女の子にもてないのが不思議だ。月謝を損した。

(次回はバンド・マスター一年生物語)

                     終わり


♪♪♪ mizue ナビ ♪♪♪

この原稿の松原千加士先生のお話は、

金子先生が MXTV レインボーカフェご出演されたとき

お話してくださいました ♪

あの日を懐かしく思い出します。

また サイトウ楽器については、松原先生から金子先生が

後を継いでいらっしゃったようです。

アコジャに教室名と先生の名前が書かれています。

それから、「あれから10年、月謝を損した。」

とありますが、絶対にモテた筈、、、、!


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