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さるのちえ

さるのちえ

与話情浮名横櫛 1

与話情浮名横櫛 1
「与話情浮名横櫛」(よはなさけうきなのよこぐし)
三世瀬川如皐(せがわじょこう)の作。歌舞伎を知らない人でも「いやさお富、久しぶりだなぁ」の台詞はご存知だろう。また「粋な黒塀、見越しの松に、あだな姿の洗い髪」という春日八郎の歌はカラオケでも、よく歌われている。
原作は九幕三十場という「世話物」の大作である。瀬川如皐の作風は、必要以上に丁寧というか、冗漫であり、原作とおりには演じられることは、めったにない。通常は「見初め」「赤間別荘」「源氏店」の三場が上演される。

与三郎役は、十五世市村羽左衛門(1874・明治7~1945・昭和20)や十一世市川團十郎(1909~1965)などが有名。お富役は、六世梅幸や六世歌右衛門が嵌まり役だったが、こんにちでは、与三郎役は、当代菊五郎、当代團十郎、当代仁左衛門など。お富役は、雀右衛門、玉三郎などが挙げられる。

幕開けは海岸での潮干狩り。といっても土地の親分の妾お富が催しているものだから艶やかな雰囲気が漂っている。そんなお富の立場をさりげなく見せて引っ込むと、入れ違いに出てきた与三郎はいかにも若旦那らしい軽さと品の良さだが、実は養子で入った江戸の大店伊豆屋に後から実子ができたので、そちらへ相続させようとわざと放埒を尽くし、親類へ預けられているという設定である。

その与三郎と江戸から手紙をもってきた鳶頭が海岸へ行こうとするところで、反対側の位置にしつらえられた階段を使って舞台から客席へ下るという趣向もある。1階席の観客は大喜びである。そうしている間に舞台上では茶店のセットが横に引かれて舞台袖に消えていく。そうこうしているうちに与三郎と鳶頭は1階席を横断して花道に上がり、再び舞台に近付く。そこで酒に酔った無頼衆の一人に突き当たりからまれるが、「お前、誰かに似ているな?」でこれはやるな、と思ったらやっぱり「わかった、11代目市川團十郎!成田屋~!」とやって大ウケ。

そんなどたばたの後に与三郎とお富が海岸で出会い、互いに一目惚れするところがこの幕の最大の見せ場で、行き当たって会釈、見つめ合ってふと視線をはずし、別れ際に「そんならあれが」「噂に聞いた」と‥。うっとりとしたお富が「いい男」と言いかけて…「いい景色だねえ」とごまかし、舞台では与三郎が放心したまま肩からはらりと羽織を落とす。金五郎が羽織を拾い上げて、与三郎に着せようとするが、また脱げかける。「モシ、若旦那」と後ろから声をかけると、「知ってるよぉ」と応える与三郎。しかし、取って肩にかけた羽織は裏返し。与三郎は通らぬ袖のも双手を胸へ十字のままでうっとりと女の俤を追う。

次の幕は「赤間別荘」場。暗い別荘での与三郎とお富の逢瀬は、覚悟が定まっていない与三郎を別室に誘い、簾越しに行灯の明かりで着物をするすると脱いで与三郎とひとつになるお富の積極さと色気がエロティックである。しかし、ここで回り舞台を使っての場面転換から赤間源左衛門一行の戻り、与三郎のなぶり斬り、お富の海への身投げと大掛かりに場面が進んでテンポがいい。与三郎の疵は「三十四ヶ所の刀疵」で、「顔に三筋の」疵をつけられる。

次は、いよいよ「源氏店」の場である。「晴れて雲間に‥」の流行り唄に被せた下座音楽で幕が開く。黒塀から出た見越しの松の下、門口で雨宿りしている和泉屋番頭藤八を、湯屋から帰ってきたお富が家の中に案内するところから始まるが、お富の湯上がりの風情がしっとりしていて、これに藤八がそそられるのも仕方ないかと納得してしまう。この藤八がとぼけた役で、下心ありありで、なんのかのとり靴をつけてお富に迫るのだが、いまひとつ迫りきれず、なぜか嬉々としてお富に白粉・紅をつけられる羽目になる。

そして、蝙蝠安と与三郎の登場である。蝙蝠安の下手に出ながら金をせびる小悪党ぶりが見ものである。与三郎の「しがねぇ恋の情が仇」からの名台詞までの芝居の運びは、実に観客を酔わせる。与三郎は元大店の若旦那なのできき過ぎてもよくなく、さらに威しではなくて恨みを込めた台詞なので難しいところだ。 


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