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和・輪・環の日記 [全30件]
先日、久しぶりに舞台劇を観に行きました♪ 実はけっこう観に行くんです♪ 先日、行ったのは斉藤由貴・主演の 『 斉藤 幸子 』 って舞台劇。 場所 : ル テアトル銀座 講演日 : 2009年8月14日(金)~8月30日(日) 作 : 鈴木聡 演出 : 河原雅彦 出演 : 斉藤由貴/粟根まこと/千葉雅子/明星真由美 中山祐一朗/松村武/弘中麻紀/小林健一 鬼頭真也/伊藤正之/柳家喬太郎/きたろう タイトルからは、 「 何じゃこりゃ!? 」 って思ってしまいますが、 始まりが、毒ガエルに刺されて入院し、「 幸せって何!? 」 って 考え込んでしまってから登校拒否になった月島の下町の娘が 大人になるまでの波乱万丈すぎる話。 劇もそのタイトル通りのなんじゃこりゃッ!っていう、 すんごい展開のストーリーでかなり笑えます。(笑) 最初っから最後まで笑いと涙のオンパレードだったのですが、 最後の最後の言葉が僕のハートに直撃でしたッ!!! 「 本当に大切なコトは、どっか遠くの素敵なトコにあるのではなく、 身近な ヒト と ヒト との 間 にあるんじゃないかな? 」 って言葉でした。(確か…) う~~~~~~~ん。 素敵ッ! いっぱい笑えて、いっぱい泣ける 『 斉藤幸子 』 興味の湧いた方はぜひどうぞ♪
![]() 神奈川県理学療法士会とメディリハのブログでの記事依頼がありましたので、書きました。 ここにも載っけときます。 去った2009年7月19日(日)~20日(月・祝)に都内の文京学院大学(本郷キャンパス)にて 「フラットぷらっと2009」という、会としては第2回目に当たる大会が行われました。 ご存じない方も多数いらっしゃるかと思いますので、概要を説明させて頂きます。 理学療法士・作業療法士(以下・セラピスト)の学生数が急増する昨今、今後の展開に 危機感を持ちながら日本全国各地にセラピストを中心とする小さな勉強会が多数あります。 それらを一堂に会し、「ザ・ケーススタディ ~背伸びをしない症例検討会~」という テーマで口述発表12演題、ポスター発表32演題の合計44演題の発表会形式の 大会を行いました。発表者及び参加者も北は福島から南は沖縄まで総勢300名を越える 熱いセラピストが集まり、各発表共に熱い活発な意見交換が行われました。 その参加者の内訳も1~2年目のような比較的経験年数の浅い方から20数年の経験を お持ちの方まで、様々な方が参加されております。そういった会の場合、 往々にして若手が先輩に教えを請うような形がほとんどだと感じておりますが、 この大会の中では10数年経験しているから若手に教えるなどではなく、 目の前の患者さんや発表している事に対して 純粋にディスカッションしていく姿が多数目に留まりました。 もちろんセラピストを取り巻く現代社会を作ってきた先人達への感謝の意は忘れてはなりませんが、 理学療法・作業療法の 「 正解 」 がまだまだ未確立である現状では 「 答え 」 は無いに等しく、 従って、このような経験年数をフラットにしたディスカッションが必要なのではないか? と常々感じておりました。 僕が学生の頃、バイザーから 「いつ何時あなたから教えを請う時が来るかもしれないから、 極力オレを “ 先生 ” にはしないでくれ。」 と言われたことがあります。 正直に言うとその当時は「何、言ってんだろう?」と疑問符がついていましたが、 就職し、後輩ができた頃にその意味が分りました。 僕の出来が悪かったこともありますが、 いくら経験年数があるからって後輩よりも全てのことで上回っているわけではないのです。 後輩から教えてもらう事も多々あります。様々な情報をくれることなど日常茶飯事です。 こと患者さんについてのディスカッションにおいては本当に勉強させられました。 僕が経験していないことが得られ、僕が考察していなかった部分の考えが得られるのです。 そのことに気付いてからは極力、先輩顔せずに後輩と接した想いがあります。 先輩ならまだ良いにしても、“先生”になってしまうと、 その相手からは良い情報をもらえることが少なくなります。 なぜなら相手からしてみれば“先生”なのですから“教える”訳にはいかないのです。 しかし本当はその相手の中にもたくさんの良い情報が詰まっているかもしれないのです。 そういった経験から今回の大会への想いはつのり、 ついに昨年、全国の熱いセラピストを集め、 フラットにディスカッションできる場を創ろうという想いで 「フラットぷらっと2008」として都内の首都大学東京にて第1回大会が開催されました。 昨年は北海道から沖縄まで250名を越える発表者及び参加者を迎えて行われ、 そして今年は第2回目として開催されたわけですが、 大会長として昨年は“お祭り”ムードを少々感じておりました。 しかし今年は昨年の理学療法・作業療法への“想い”を更に熟成させ、 熱い想いを持った“発表会”に成長した印象を受けました。 参加者のディスカッションの質も昨年より熱を帯び、 より深みを持って真剣に話されているのが印象的でした。 世界の中で見れば小さな日本ですが、 ご自分の周りを見渡しても分るように、 この小さな日本ですら様々なヒトが存在し、 様々な考え方を持つセラピストが数多く居るのも事実です。 先輩・後輩の垣根を取っ払って目の前の患者さんに対し、 真剣にディスカッションできる場を創ってみてはいかがでしょうか? 本当に大切な事は普段の日常の中に… 来年からは 「 開催場所もフラットに! 」 との想いを込め、 全国での持ちまわり開催を予定しております。 来年は 福岡 での開催予定です。 興味をもたれた方はご参加の程、ご検討ください。 この記事は神奈川県理学療法士会広報にも掲載される予定です。
『 フラットぷらっと2009 』 お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。 今年は僕の発表時間オーバーと 事前のタイムスケジュールの告知不足以外は 特に大きな問題もなく終わることが出来ました。 本当に感謝しております。 『 フラットぷらっと 』 という企画は、 ちょっとしたみんなの思いを ふとしたキッカケで実現させようと思い立ち、 今年で2回目を迎えることになりました。 たった2回目ではありますが、今年の大会は昨年の大会よりも 一回りも二回りも大きく成長した “ 会 ” になっていました。 発表内容、質疑応答、懇親会での会話 etc... 細部に渡り、“ ちょっとオトナ ” を感じた “ 会 ” でした。 そのちょっとオトナな会の人気投票で選ばれたのが、 我々の原点とも言うべき 「 ヒト 対 ヒト としてのセラピー 」 を意識し、 どんな状況においても 「 共に歩む姿勢 」 を崩さない発表スタイルでした。 これからの時代において求められるのは カッコいい理論でもなく、 カッコいい技術でもなく、 地に足をつけた 「 共に歩む姿勢 」 なのかもしれませんネ それにしても今年はなんだろぉ~? 暖かいというか穏やかというか、 落ち着いた会になったなぁ~ってつくづく思いました。 昨年の大会を 「 お祭り 」 と例えるなら、 今年は昨年の熱い想いを引継ぎ、更に熟成させ、 よりセラピストとして、ヒトとして、一回り成長した 「 発表会 」 になれた気がします。 それもこれもあの場に居た参加者全員の気持ちの表れだと感じ、 発表者はもちろん質問者を含む参加者全員、 並びにその奥に見える患者さん、 その周りを取り囲む参加したくても出来なかった皆さん、 そして開催スタッフとその家族を含む関係者全員、 並びに気持ちだけでも応援して頂いた皆さま方に 心より厚く感謝申し上げます。 「 フラットぷらっと2009 」 は幕を閉じましたが、 もう来年の 「 フラットぷらっと2010 」 の開催が決定しました。 会場と日程は未定ですが、九州での開催になるかと想います。 ポッ!と始まった「フラットぷらっと」ですが、 僕の想像を遥かに越え、今後もさらに成長し広がりをみせ、 僕らの活力源になってくれるモノと想います。 僕もその開催に少しでも携わることが出来て、 心底ありがたく想います。 みなさん、本当にありがとうございました。
![]() 「 ヒト 」 って誰しも荷物を持っていて、そして持ちつ持たれつなんだと思います… 「 ヒト 」 ってみんな多かれ少なかれ荷物を抱えているモノなんだと思います。 しかし、その荷物は一人で持っているのではなく、 そのヒトに自覚が有る無しは別にして、 必ず周りも関わりを持って抱えています。 だから辛い時は、ちょっと休んで周りに持ってもらえば 荷物に押しつぶされそうになってもなんとかなります。 大概は、荷物に押しつぶされそうな時って ちょっとは周りも持ってもらっている 現状 を自覚できていない事が多いと思います。 あるヒトが荷物を抱えきれずに凹みそうな時は、必ず周りから助けの手が伸びてきます。 その形は自分が思うような形ではないのかもしれませんが、必ず手がどこからか出てきます。 それをちゃんとキャッチできるか、できないかが そのヒトが重荷(課題)に潰されるか、クリアして成長するかの大きな分かれ道です。 「 ちょっと辛いなぁ~ 」 って思っているヒトは、少しだけ一休みして周りを見てみましょう。 結構、支えられている自分に気付き、また勇気をもらいますよ♪ 僕は最近、 「 Tensegrity 」 っていう題材をよく話しますが、 ヒトの社会ってものこの 「 Tensegrity 」 で表されているんだと感じます。 全体でストレスを吸収しちゃう♪ 構造的にかなり丈夫です! ![]()
最近、 『 ヒトのいのち 』 ってモノをよく考えます。 ある 先生 のアドバイスを得て考えた結果なのですが、 今、僕が考えてる 『 いのち 』 って 『 存在 』 のような気がします。 どんな形であれ、そこにあるコト。 『 いのち 』 に良いも悪いも無いのです。 長いから良いってモンでもないし、 短いからダメってもんでもないと思います。 (なんだか偉そうで本当に申し訳ございません。) 長~く平らに表す 『 いのち 』 もあれば、太く短く表す 『 いのち 』 もあると思います。 悲しいかな長さは “ ほぼ ” 自分では決定できません。 ある程度は自己管理という名の努力はできますが、 決定はできません。 急に終わりが来ることもあります。 でも太さって自己努力が大きく関与しているモノだと思います。 そして、そして、終わっても無くならないのが、 『 いのち 』 なんだと思います。 その ヒト が築き上げてきた 『 いのち 』 ( 生き様 ) は、 終わったとしても無くなることはないのです。 そこに脈々と受け継がれ、 『 存在 』 するのです。 だから周りの ヒト はその 『 存在 』 を認めることが大切だと思います。 それは自分自身の 『 存在 』 を認めてもらえることにも繋がります。 ヒトって結局、一人では生きていけずに、 必ず周りとの交流を必要とします。 それって、 『 存在 』 を認めてもらうためじゃないかと思います。 認めてもらって初めてそこに 『 いのち 』 は存在するのではないかと… だからこそ自分らしく一生懸命に 『 存在 』 し、周りの 『 存在 』 を認めるということが 『 ヒト 』 が 『 ヒト 』 として生きていく、重要なことではないでしょうか? 自分らしい 『 いのち 』 がそこに存在できるように… 自分らしい 『 いのち 』 がそこに吹き込まれるように…
今週末はいろいろと 原点回帰 させてくれる出来事がありました。 昨日は我らが PTB のハリキリ会長が 神奈川県理学療法士学会 の中のライフサポート講演で 『 やり抜く力 ~明日から変われる第一歩~ 』 というタイトルで1時間も喋ってました。 主な内容は 「 自ら考える事が大切 」 ってことと 「 自分がやるべきことを整理する 」 ってこと。 ( はしょり過ぎかな? ゴメン写真が無い…汗 ) やっぱりとても重要なことで、いろいろと再確認させていただきました。 ありがとうございます。 そしてそして、その講演を聴いて18時には羽田空港へと向かい、20時の便で沖縄へ… 今日は朝から 『 リハビリちゃんぷるー 』 という 沖縄のいくつかの勉強会を集めての合同発表会。 ![]() 8演題をPT・OTの1年目~15年目までの多種多様な方が 『患者と向き合っている時、何を感じ、考えているのか?』 って テーマで発表していただき、心理的側面や運動器疾患の診かたや中枢神経系の考え方 etc... かなり広い範囲を楽しく勉強させていただきました。 また最後のシンポジウムは 『 自分で考えるセラピストを目指す! ~情報過多時代とどう向き合う? 』 ってテーマで、 言い出しっぺの川○さんの思惑通りにいろんな方が活発に意見し、 熱くディスカッションできたかと思います。 ![]() その後の懇親会でも発表してました… ![]() やっぱり僕にとっての沖縄って素敵なとこですね♪ 往復移動時間は4時間半くらいですが沖縄滞在は21時間程の けっこうハードスケジュールでしたが、 今回もかなり身になる楽しい楽しい沖縄でした♪ なんだろ、ヒトの温かさって言うか 僕の存在を無条件に認めて、包んでくれるって言うか 優しい感じになりました。 だからまた頑張ろう♪って気持ちになれるんだと思います。 いつもいつもありがとうございます。 ![]() また来月行きま~す♪ 追伸 :今回はいろんなアクシデントがありましたが、 逆にいろんな方々に助けられている自分をまたまた再確認しました。 みなさんありがとうございます。
僕は常々、 「 理学療法は最終的には人の為ではなく自分の為に勉強するものである 」 なぁ~~~んて偉そうなことを言っています。あっイヤ、言ってました。 でも最近、なんかいつの間にか気がつかないうちに 「 良い人 」 を演じ始めている自分を発見しました。 正直、自分でも昨年の 「 フラットぷらっと2008 」 の大会長をさせてもらってから いろんなところで挨拶をされることが多くなったと感じていました。 ま、それは元々いろんなところの勉強会へ参加させてもらい だいたいはそこで飲んだくれて騒ぐので、それでお友達が多いからだと思っていました。 しかしここ最近は何故か、友達の後輩などを紹介されたり 「職場の後輩です。」などと紹介されたりと紹介される人が多くなっていました。 で、勉強会で呼ばれて喋ったり、 気がついたらあまり好まない僕を 「 先生 」 と呼ぶ人が増えたり、 僕が思わないところで思わない方向へと “ 連れて ” 行かれていました。 当初、「僕はそんな勘違いはしない」と思っていましたが、 最近、どこかしら「良い人」を演じている自分に気が付いたんです。 どこがどうとかじゃないんですが、何か符とした瞬間なんです。 なんだかそれがとてもイヤでちょっと悩んでいました。 でもそれを察してくれたのか、タイミング良くある大先生・お師匠さんが 「僕のための講義」を開いてくれました。 その内容がかなり端折って要約すると 「 自分を大切にッ! 」 「 誰かの為に造る自分は止めよう 」 って内容でした。 ちょうど何か良い人を演じているんじゃないか?と 思い悩んでいた時期の僕にとって、偶然過ぎるくらいのタイムリー講義ッ! 話を聴いてて、もうちょいで涙しそうになりましたが、 なんとか堪えて2時間弱の講義を最後まで受けました。 僕はたとえどんな風になろうとも僕であり、 僕はたとえどんな事をしようとも僕である。 それは良い事をしても悪い事をしても同じ。 例えどんな立場になろうとも、 僕は僕なりのスタート地点 「0 ~ ゼロ ~ 」 を忘れない存在でありたい。 あり続けたい。 そして僕は常に “ 僕 ” として存在し続け、 僕なりに生きて行きたい。 そして僕なりに周りと交流しながら成長していきたい… 今とても感じる僕の心からの願いである。 そうすることで僕は、僕として成長していけるだろう… |一覧| |
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