|
|
|
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く |
(今日も風早、遅いのかなあ。)
今日の食事当番は那岐だったけれど、面倒だからと押しつけられた。そのときはぶんむくれたけれど、那岐のためにはともかく、風早のために食事を作ることは千尋にはむしろ嬉しいことだったから、表面はしぶしぶながらも内心喜んで引き受けた。那岐が作るとろくな物が出てこない。ものすごい偏食で食べられるものが限られているから、その範囲でしかも簡単に調理できる物になる。 「スーパーの値札に一喜一憂する生活」と常世の皇子に揶揄されたけれど、千尋はそれが嫌いではなかった。風早がどんな思いをして決して多くはない月々の給料を手にしているか、身近に暮らしていればよくわかる。楽しそうに笑顔でいるが、学校生活はいいことばかりではない。たくさんの悩み事、ケンカ、心のすれ違い。風早は「話せる先生」と思われているから、時に千尋がやきもちを焼きたくなるほど大勢に囲まれていることもある。その一つ一つに、風早は親身になって話を聞き、修復の手助けをしている。 でも今夜は、成績の処理をするのだと言っていた。千尋や那岐に見えないように職員室で片づけてくるから、待たないようにと言われた。だから千尋は、風早の胃に負担にならない軽い物を準備するつもりだった。 (にゅうめんとか、いいかな。) そうめんはゆでて置いておけるし、めんつゆも作り置きできる。風早が帰ってきたら温めて、白髪ネギをのせて、生姜をすり込んで……。 ちりめん山椒を混ぜ込んだ小さなおにぎりをいくつか握った。味見がてら、那岐と一緒に先に済ませた。那岐はいつも通り自室に上がってしまったから、千尋は一人、階下でテレビを見ていた。そしていつか、眠ってしまった。 玄関先でどっと何かが倒れる音に、千尋は飛び起きた。 (何!?) おそるおそるのぞいてみると、風早が倒れ込んでいた。びっくりして助け起こした。 「風早、風早、どうしたの!」 吐く息が酒臭い。どうやらどこかで飲んできたようだ。 (飲めないのに……) あきれ顔半分心配顔半分で、千尋は台所へ急ぎ、冷たい水でタオルを濡らした。汗ばんだ風早の額や頬をそっと拭いた。 「う……ん……」 風早の目が薄く開いた。 「千尋……? ということは、オレは無事に家に着いたようですね……」 「そうだよ。どうしたの、どこで飲んだの。」 「仕事が一段落した打ち上げに、つきあってきました。たまにはそういうつきあいもしなくてはね。」 「そうかもしれないけど、風早、お酒飲めないのに!」 風早は返事の代わりに微笑んだ。姫にはわかりませんよと言われているようでしゃくに障ったが、目の前で倒れている風早を放ってはおけず、冷たいタオルをぴしゃんと額にたたきつけるように貼り付けて鬱憤晴らしにした。 「那岐、那岐、手伝ってよ。風早運ぶんだから。」 「何だよもう、そんなのそこに捨てといたらいいだろ?」 「ダメだよそんなの、風早風邪ひいちゃう!」 仕方ないなあとふくれ面で下りてきた那岐に手伝ってもらって、支えれば何とか立てた風早を部屋まで連れて行った。風早がベッドに倒れ込んだのを見届けた那岐は、「もういいだろ」と、また自室へ眠りに行ってしまった。 千尋は風早の上着を脱がせにかかった。べろべろに酔ってはいるがまだ少しは意識があるから、千尋の脱がせやすいように少しぐらいは体を動かしてくれる。ネクタイをほどき、カッターシャツのボタンをいくつかはずした。腰を締め付けているベルトも緩めれば楽になるだろうけれど、触れるのが戸惑われた。 (……男の人の匂いがする。) 恥ずかしかった。でも、少しでも楽になって欲しいと赤面しながら伸ばした。 その手を、風早が止めた。 「俺がしますから……。」 ぼうっとしたまま、ベッドに起きあがった。 「俺の部屋着を取ってください。」 千尋が向こうを向いているうちに器用にズボンを脱いだ。千尋の目に触れないようにシーツにもぐり、千尋が手渡すパジャマに着替えた。 「すみませんね……」 無理に見せる笑顔があんまり情けないから、千尋はそれ以上怒れなくなった。出雲の時と同じだと思った。でもあのときと違うのは、今では千尋も、風早にしてもらいっぱなしではなくて、たくさん風早にしてあげることがあるということ。例えば今夜のご飯だって……。 「風早、お腹空いてない?」 少し飲むとすぐにへろへろになってしまうから、あんまり食べてないと思った。 「すみません、食事より、眠るのが先のようです……」 そう言う言葉尻がすでに眠りに落ちていた。ぐっすりと眠り込んでしまった風早を少し不満に思いながら、千尋はそっと毛布をかけた。タオルをもう一度絞ってきて、額にのせた。風早の眉間が気持ちよさそうにゆるんだ。千尋はふうっとため息をついて、風早の仕事机の椅子に座った。そしてそのまま、机に凭れて眠ってしまった。 深夜、風早は目を覚ました。 酔いはまだ少し残っていたが、寝不足のような程度で気になるほどではなかった。寝ぼけた目で見回すと、机に突っ伏して眠っている千尋が目に入った。 「千尋……。」 家に帰ってからの記憶が朧によみがえる。しまったという反省の気持ちが半分、面倒を見てくれた感謝の気持ちが半分、風早は立ち上がり、千尋のそばに寄った。 規則正しい寝息は、千尋がぐっすり眠っていることを告げている。起こさないようにそっと抱き上げた。う…ん……と小さく声が出たが、小さい頃からの習慣は千尋の目を覚まさせない。 そのまま横抱きにベッドへ運んだ。さっきまで自分が寝ていた布団に千尋を横たえた。 普段着のままで眠ってしまった千尋の衣服を緩めた。風早の手は遠慮などしない。従者として姫のお世話をするのは当然だと、あっさりと衣服を脱がせ、手近にあった自分のトレーナーをパジャマ代わりに着せた。 最近、しっとりと丸みを帯びてきた千尋の慕わしい感触が、風早の酔った頭の何かを疼かせる。風早は激しく頭を振った。穢れは振り落とさなくてはならない。立ち上がり、風呂へ向かった。 ヒトの体とはやっかいなものだと風早は舌打ちした。男の部分が反応してしこっている。これが穢れの元凶だと、風早はいつも通り、熱いシャワーをあてながら手をあてがった。洗い流すように幾度かこすると、しこったものはあっさりと中の「穢れ」を吐き出しておとなしくなる。吐き出す瞬間に立っていられないほどの快さを感じる。 (千尋……) 黒い欲の混ざった声で呟くこともある。風早はくっと唇を噛んだ。決して知られてはならない。こんな欲を抱いたまま、千尋に触れてはいけない。この想いは、千尋を穢す。人間の罪深い欲望。龍神の神子の血筋を絶やしてはならないが、その役目を自分が負うことができるとは風早は思っていなかった。この体はそれを許されてはいない。あくまでも従者。中つ国の王族の血に混じることは身分に反する。それくらいは弁えて……いる。 タオルで雫を拭き取ると、余分な火照りまで冷めていくような錯覚に囚われる。 風早はパジャマを着て、部屋に戻った。何も知らない千尋が、幸せそうな寝息を立てている。 (この幸せな眠りを妨げてはいけない。) 小さい頃したのと同じように、そっと隣に寄り添い、細い体を抱え込んだ。傍目には無防備とも思えるほどに千尋は易々と風早の胸に納まる。無意識にではあろうが、自ら頬を埋め、甘えるような仕草を見せる。風早の中の男がまた目を覚ます。 (千尋……) 歯を食いしばって耐えた。なめらかな額に口づけを落とし、静かに目を閉じた。髪の甘い香りが鼻腔をくすぐる。その香りに包まれるだけで幸せだ。こうして腕の中に千尋を閉じこめておけることに感謝しよう。 規則正しい寝息は千尋の子守歌。 風早はいつか、千尋を抱いたまま眠っていた。 [遙かなる時空の中で4]カテゴリの最新記事
│<< 前へ │次へ >> │一覧 │コメントを書く │ 一番上に戻る │ |