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年のせいだろうか? 集中力が15分しか続かない・・・。 ネットでググってみると・・・ 人間の集中力そのものが15分程度しか継続しないのが普通なようだ! と、いうことは、集中できないのなら、分散力を高めればよい? ということのようにも感じる。 長時間一つのものに時間がかかるのは私はあまり好きではないほう。 あっちもこっちも同時進行していろいろ行う方がなんとなくうまくゆくような気がする。 TVにCMは入らないと、マナ番組はおそらく続かないだろう。 映画などは、カットで切れて、いろんな場面展開があるのでみていてあきが来ないのだろう。 一つのカットが15分以上だと、やはりみていて飽きがくるだろう・・・。 効率よく勉強しようとするのなら、15分以内が1つの区切りということのようだ。 スタイルを変えたり、興味の方向性を変えたり、興味がわいてきえてゆく時間内に脳にかく区切りごとに異なった刺激を与えてゆく! ゆとり教育の弊害で学習能力がさがっとされている日本人でも、五感に対して垂直、並行、平面的な刺激の与え方の変更を、それぞれに対して個々の日本人にあったやり方で行ってゆけば、日本人の学習能力は極めて高い状態になってくれるのかもしれない。 脳科学が進歩してきているのだから、個人個人にあった学習法もさまざまな医療的な観点からも脳を検査してひきだせば、結構よい結果がでそうな気がする! 勉強の仕方を小学校、中学校、高校で教わり、大学、社会人となれば自分で学習や研究をしてゆくわけだが・・・ 小中学でついてゆけないということは、学習スタイルの個別性を考慮していないからではないだろうか? 少子高齢化が加速する昨今、個々の学習スタイルについての考慮も視野にしれて検討してゆけば、平均的な日本人の学習能力はすごくあがるように思う。 どこがわからないのか? を求める学習ではなく・・・ どうやって脳を刺激して興味を新鮮な形で提供してゆくか? 生徒が「理解する!」という脳の仕組みを教師は理解してゆくべきなのかもしれない。 そして一人ひとりオーダーメイドのように、これらを行う教育に代わってゆくようにやがてなってゆくのではないだろうか? とりあえず、まずは自分で実験してみるとしよう・・・。
花冷え・・・・だろうか? 春の嵐が去って桜が満開になってきたが、急に寒さがきつくなってきたように感じる。 ちょうど一昨日あたりから入学式や始業式なども始まり、いよいよ新年度の始まりである。 今年度こそ、暮らし向きが改善して楽しい一年になるように! と願うが、・・・ 一向に暮らし向きはよくなりそうもない。 一昔前まで飛ぶ鳥も落とす勢いで仕事をされていた方々が、どんどん債務に悩まされて倒産を余儀なくされつつある。 そんななかでも街にはまたか! とおもうほど美容院が立ち並び、店舗があくとまたそこに美容院などが入り込んでくる! 美容院だけでうちの近くの駅まには、十数件はあるようだ! 共倒を加速するような個人のお店が立ち並ぶ! 一昔前、いろいろなお店に出店制限が行われてきた! 距離制限・・・・。 地区内の出店箇所制限・・・。 需要と供給のバランスがある程度保たれていた時は、ものの価格もさほどデフレに向いてゆかなかった。 なんでもかんでも競争原理をとりいれれば過当競争になり、品質の悪いものを安く売ることが多くなる! 一方で、教育の現場では、ゆとり教育をしすぎたつけが回ってきた。 自由度が高いことはよいことではあるが、反面、相対的な質の低下をもたらす可能性がある。 これらのバランスをることは難しいのだろうが、かといって慎重にハンドルを切る方向などを確認しすぎれば壁に激突するし、急ハンドルを切れば失速し、墜落しなねない。 常に微妙なバランスを取りながら先へ先へと進んで変わってゆくことがいまの日本にも求められている。 桜の開花も少し遅れたが、自然のバランスも温暖化によって少しずつ変化してきている。 一旦バランスを崩したシップは立て直すのが難しくなる。 いまの日本・・・ 締めてはいけないネジを締め、緩めてはいけないネジを緩めてはいないだろうか?
ケアマネの研修の課題をここ数日少しずつこなしてきて、やっと、終わった~ 聞き取りも大変だし、評価もいろいろおかしな評価基準があったり、しかし訪問リハは少ないようだし・・・機能訓練指導員の配備も非常に・・・少ないのが現状だな~・・・ 結局、利用者の費用がかさまないようにするために、配置しないのだろうけど・・・ 公の制度って、なんかかたよっていて、医療もそうだけど、患者のための医療なのか制度のための医療なのか・・・介護も制度のために利用者がいるような感じになってきているよにもおもうが・・・一方で、むちゃくちゃなニーズなども医療では見受けられるようになってきているので、制度改正をお役所だけでやらずにユーザーも参加させて提案を公にしながら国民投票などが行えるようにしてゆけばよいようにもおもうこのごろ・・・ 役人まかせで社保庁も解体したし・・・多くの中小病院も倒産したし、医療崩壊も続いているし、介護難民もいるし、本当に必要としている人に必要なものが届かず、どうでもいいところに公的資金が流れ込んではいないのだろうか?
本日の朝日新聞朝刊によると、電子マネーの普及で1円玉の流通量がヘリ、2011年度は製造しなかったことがわかったそうだ。 Suica、EDY、Pasmo、QuicPay、iD、WAWON、NANAKO・・・・・ 電子マネーはかなり普及しだしている。 ただ、使いこなしている人はさほど多くないようにも感じているのだが、それはどうなのだろう? 1円単位を切り上げてしまえば、1円はあまりいらなくなる。 消費税も考慮して1円単位をなくしてしまおうとすれば、100円単位で価格設定が行われることになる。 生産者側も100円単位で販売できれば、利幅も大きくなる。 となれば、仲買から小売りに至るまで、値上げと10円単位の端数切り上げという筋書きになり、当然、日銀が誘導したいインフレへと向かうようになる。 経済の活性化はもっとマクロの商売の活性化から生じなければならないのに、いままで大手企業の大きな取引のみに金融機関などが左右され、政府動向、日銀動向もそれに支配されていた感が否めない。 末端の第一次産業をささえる人達の商売活性を行うなら、そのような手法もありなのかもしれない。 端数切捨てから切り上げ・・・1980円ではなく2000円ぽっきり! 小売り物品の最低価格は100円単位! などとすればインフレ誘導は確実になるのかもしれない。 それにしても電子マネーは便利だ! もっと普及してもよさそうにおもえてきたが、バルト海に面した国民IDカードでは、電子マネー機能もついたり、保険証と診察券にもなったり、運転免許証にもなったり、 http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070423/269245/ と、とても便利であり、現在日本政府で社会保障の一体化に伴って作成が予定されているあらたなカードもこのように便利なものなら1円玉だけではなく、5円、50円玉も不要になってくる日がくるのかもしれない。
昨日はケアマネ講習会があり、腰の痛みがひどいので、前日より近くのホテルに妻と宿泊し、妻に介護してもらいながらなんとか受講をしたというなさけない日をすごしてきた。 さて、かえってTVのニュースなどをみていると、健康であるにもかかわらず、生活保護を受けざるを得ない若い人たちが急増しているという。 結果、生活保護受給者が200万人を超えてしまったと! それでなくても就職難! 就職試験を落とされた人は就職浪人となり、親の経済力にたよることができなければ、フリーターでやっと食いつなげるのだろうが、それすら競うように職をもとめているひとですごい競争倍率であるのなら、昨日の講習会のように、講習合間にトイレが足らず困った人たちが増えてしまうようなもので、本人の力ではどうにもならないことに似ている! 使用していない場所を開放して対応すればトイレ問題などは解消するのだろうが、最初から締め出された人がますます就職難に陥り、そのために国費を投ぜざるおえない状況となっていることも事実だ。 介護、福祉、医療の連携がさけばれているが、そのための財源はどんどん浪費されてしまう。 経済が傾き、仕事を失い、貯蓄もそこをつく・・・・。 介護、福祉、医療はその方々を見捨てることはできないが、そのために必要な財源確保は十分ある状態とは言い難い。 医療や福祉財源など社会保障に使う目的の消費税を上げる前に医療、介護費改定は行われるし、それは期待できる財源を基に算出されておらず、実質値上げの恩恵を受けるのは、ごく一部であり、逆に新しく作られるさまざまな規制で雁字搦めとなってしまってゆくのがみえみえである。 受診抑制、総量規制、看護師の人数による加算(中小病院ではそのための看護師確保がほとんど不可能!)、その他人員基準の規制、などなど 恩恵を被るのは、国公立病院がほとんどで、中小切り捨て、そして一部の不正を取沙汰して、それを切るためにまともな機関すら切り捨てるような規制をつけようとしている。 これはあたかも出来の悪い抗がん剤のようであり、悪しき細胞を殺すためにそれ以外の細胞も多少犠牲になってもらうことにたいして仕方ない! ということと同じである。 何ともいっているが、悪貨は良貨を駆逐する・・・ そんな改革は、改悪でしかない! 結果、まともに仕事をしている医療、介護、福祉に携わる人たちの給与を大幅に下げざるおえない結果となり、またそのためにそれを利用する善良な国民の人権がうすっぺらになってしまうことを理解してほしい。 最低限の生活・・・・このレベルが年々下がってしまっている。
海外の医師の処方薬は日本の数倍量を投薬する場合が多いようだ!? 痛みに対するものはことに日本の厚労省基準の5倍から8倍を処方?している! 日本はMサイズの人を基準に投薬量を算定することな?どから、私のようにLLサイズの人間では足りない場合がある! ADLを犠牲にしても日本の痛み止めの厚労省基準に従うべきか・?・ADLが犠牲にならないように薬を飲むべきか・・・ 海外の投薬量に対する考え方と基本的に違うのは、医療費の抑制の?ためだろうか?
昨年暮れの12月5日より、1月20日まで、脊柱管狭窄(椎体間狭窄)のために腰椎後方椎体間固定術を行うため入院した。 当初、2度受けたブロックはあまり効果がなく、すぐにもとに戻ってしまった。 始めのうちは、・・・・ なにせ、トイレも3分ルール! 3分以上座っていると痺れというより激痛が座骨から走り、しばらくどうにもならなくなる。 それ以上座ることもままならず、横になってもしばらくはその痛みが続く始末! 結局、ごまかしてもまたすぐにもとに戻ると感じ、手術を選択することとし、1月の4日に手術を行った・・・。 手術後、2日間は地獄の痛み・・・・ドレーンが腰の上方にあるは、なんやかやでチューブだたけ! 寝返りをうとうにも痛みでなかなか寝返りがうてない! 背中がベッドにあたろうものならもう焼き鏝をあてられているかのごとくに痛みが生じる。 熱と痛みが二日続いたが、激痛はそのときすでに一ヶ月以上続いていたからたまらない。 年末のTVでつるべえさんが同じような手術を受け、変なマシーンでボウリングを代わりにやってもらっていた放送を見て、やはり結構この該当者は多いのだな~ と改めて思った。 単なるヘルニアの場合であれば、よほどの症状がないかぎり、保存的な治療・・・つまり手術をしなくても自然治癒に至る場合は結構あるが、さすがに脊柱そのものの変化によって神経が圧痕され、脊髄神経に浮腫や変性などが生じているような場合はどうにもならない。 それでもすべてが即座に手術対応になるわけではない。 年齢、運動レベル、本人の症状、希望などが考慮されてしっかりとその責任病巣が確定してから手術が行われる。 あくまで症状によりけり・・・・といったところが今の医療の基準になっているようだ。 責任病巣の確定診断もなかり難しい。 MRはもちろん、造影剤を使ってのXP、CTなども行われる。 最終的にブロックなどを行って症状改善が行えるかどうかが確認材料となる。 膝の前十字靭帯や半月板の確定診断もそうだ! 一応・・・・MRやCTなどもあるが、 関節鏡をいれての確認で確定が行えるわけであり、それまではあくまで**の可能性が高い! ということのようだ。 とかく医療に完璧を求める昨今だが、実際にはやはり人間による責任病巣の目視が診断を確定するわけであり、それまでは、**の疑い・・・ということなのだが、便宜上、それまでに診断をつけなければならない。
昨日、東京九段下のホテルグランドパレスにて社団法人 日本医学協会の45周年記念式典が開催された。 記念講演として、順天堂の 樋野 興夫先生が「がん哲学外来」についての講演をされた。 「人は肝臓だ」「がん患者の大部分は、がん以外の心配事である。」 など、ユニークで、しかし感銘をうける内容の講演であり、いままでの医療に足りなかったのではないだろうか? と思うことの多い内容の事柄を実践していらっしゃるご自身の活動も含めて知ることができ、大変ためになる内容の講演を聴いた。 さて、そのご自身の活動だが、 通常の外来での診察では、カルテがあり、通り一遍等のやりとりが行われる。 そしてその中で疾患の診断を行い、その治療方針を決めて投薬などを行ってゆくことになるが、なんと、がん哲学カフェをつくり、街中のカフェなどで外来となるような場所を提供し、必要に応じて担当者(医師など)が対応するが、堅苦しくなく、困っていることの相談相手として傾聴し、相手に接するということだそうだ。 当然、カルテもないし、医療行為もない。 話し相手として1時間ほど、お茶をする これに賛同したスタバがこのような外来のためのカフェを無料で提供してくれるという・・・。全国展開しているこのようなカフェでこのような取り組みがおこなわれれば、多くのがん患者は救われるだろう。 そしてそのような取り組みをおこなっていらっしゃる。 ご自身は、島根生まれで、過疎化した地区に育たれ、故郷の過疎化に対して、エンディングケアの地区として、空家をそれに使い、町全体でそれらの方々のケアを行ってゆこうという試みも始まるという。 何かを行おうとすると、大抵はリスクを考え、なるべくことをおこさないように動くのが人の常・・・。 ご自身の利害を超えた高い志を貫くためには想像を絶するご苦労があったことと推察される。 いまの日本に必要なのは、変化を恐れず、立ち向かう強い意志と実行力だと痛感させられる内容であった。 また、病理学者である視点から、死をみつめ、「いくら偉くても、いやなやつでも、だれでも亡くなったあとは病理的にみな同じ・・・。」 というような意味あいのお話もあったが、なるほど・・・とおもったら、いろいろなストレスから解放される思いがした。 現代医学に欠如している患者と向き合い、寄り添う姿がここにある。
昨日、救急救命講習会の座学が行われ、朝から講習に参加した・・。 というより、私も主催者側なので、これまた準備のときから大変だった。 そして、講習の中で、東京女子医大の救急救命の講師をされ、東京DMATに参加されている武田先生より、資材とニーズの不一致がおきるのが災害であり、それらに対応する際の準備や対応、そして具体的なトリアージの方法などについて学んだ。 災害は自分の自治体にて、それを賄うことができないような事態が発生した場合、つまり他県、他の市町村などの助けが必要になってきたときのことをいうということだが、他の市町村、他の県との普段よりの連携などの重要性があらためてとわれることとなる。 トリアージなども、なるべく多くを助ける・・・・という観念から、ニーズに対して対応しきれないようなことが生じた場合、同じレッドカードでも選択を迫られることになるが、その際に正解はない! という・・・・ ただ、違うのは、多くの人を助ける医師は、自分の安全の確認を最優先させなければならないということで、TVのように災害発生現場で、危険なことを行うことはしない・・・とのこと。 それを行うのはレスキューであったり、自衛隊のように専門的に訓練されたチームだという。
ただ、いつでもそうだが、受け入れ体制やその体制を保持するためのリーダーがいなければ、まとまりがつかない。 これが整備されていないと、せっかく資材を整えても、実際に役にたたないことも往々にしてあるのが実際だ。 必要なもの、人を必要な場所へ必要な時期に適切に送り込むのには、まだまだ災害救助に対する理解が足りない。
昨日、運転免許を取得した娘の運転技術が落ちないように、運転をさせることにした。 そこでレンタカーを借りることにした。 さて、その後は初めての娘の運転を体験・・・。 いまのレンタカーはみなナビがついているようで助かる! 娘は、それを知らずに、ミラー調節しろよといったら、外にでて調整しようとしていたので、中から調整できることを説明・・・。 いざ出発! このタイムラグ、厄介な場合が多い。
また、初心者マークをつけたり、車が小さいと、バカにされるということも往々にしてありえる。 黒塗りのベンツがスモークウィンドウで、初心者マークつけてゆっくり走っていたら、おそらく嫌がらせはうけないだろう・・・。 さて、そんなことを思いながら、娘の初運転を不安と期待につつまれながら、監督保佐をしつつも、私の実家へいったり、娘の大学まで足をのばして、帰りに高速にのって海老名サービスエリア(改装中)をみて、楽しいドライブの時間をもった。 海老名サービスエリアでは。半分だけ出来上がった店舗や施設を見たが、・・・・ まだ、半分だけオープンした状態ではあったが、できあがったらまたいってみたい。 今回は、名物のメロンパンをおみやげに買いたいというので、それを購入し、また娘の運転ににて帰路についた。 無事に自宅までもどり、そこから借りたレンタカーのガソリンを満タンにし、返却・・・自分の車で帰ってきたが、まあ、なんと自分の車の大きいこと・・・。 あらためて大きなくるまだったことを知らしめられた。 その後、外食してから近くの大型スーパーでスティーブ・ジョブズ氏について書かれた「神の交渉力」を購入・・・。 他を踏み台にして、平気で人を裏切り、仲間も見捨てて他人の業績を横取りして自分を輝いて見せる! だれも信用できなくなった裏になにかがあるのではないだろうか? 人間不信・・・・ 大きなストレスがそれを誘発したということであるのだろうか? しかし、そのストレスにかれは打ち勝ち、自らの信念を貫いてきたのではないだろうか? やられたらやり返す! そしてそれを徹底的に行いながら自らの存在を復権させる・・。 どちらにしても、行動の結果が彼を蘇られたことに違いはない。 娘の運転には関係ないが、人生の運転の教科書としては、スティーブ・ジョブズ氏の行動は、学ぶ出来だと感じた。 もう・・・初心者マークの失敗が許されない年になってきた。 │<< 前のページへ │一覧 │ 一番上に戻る │ |
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