◎他山の石
人間を祀った神社とは、明治以来80年にわたった国家神道におおわれた戦前の日本全体のことだった。
最近北朝鮮の報道がマスコミで盛んに流されることが多くなり、故金日成主席、金正日総書記に対する国民による絶対的な崇拝の姿をみて、ファシズム的であり、ある意味で戯画的な姿であることを目の当たりにする。同じような構図は、1960年代後半からの毛沢東崇拝を軸とする中国の文化大革命運動の当時でも見られた。
日本でもわずか65年前には、同じような宗教統制、思想統制を大々的にやっていたのだから、「わが先進国であり民主主義国である日本では、国家神道は死語であり、思想、信教の自由は憲法で保証されている」などと、他国に対して威張ることはできない。
国家神道の進展過程を見れば、最後は治安維持法を中心とした法律で引き締めていたのではあるが、基本構想は、まず明治維新前後に尊皇思想があって、廃仏毀釈と神道がヘゲモニーを握るという発想にあったのだろう。それが教育勅語によって土台づくりが成され、昭和に入ってからは、軍部の台頭とともに発展していき、ファシズムを奔らせる道具となった。そうなったのは、法律や文部(神祇)官僚の仕振りだけの問題ではないと思う。
その反動としてか、戦後の神社神道は、神社儀礼の執行者に成り下がり、宗教としては衰退の道をたどっているように見える。逆に戦前は日陰の花であった天理教、金光教、大本教などの教派神道がむしろ宗教本来の勢いを保持しているように見える。
しかしながら並行して皇族の小規模化による皇統断絶の懸念も抱えていることは、神社神道にとっても大きな問題なのではないだろうか。