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◎死と共にプレイするスポーツ 死と共にプレイするスポーツには、既に言及した登山、閉息潜水の他にF1とアルペン・スキーの滑降がある。 アルペン・スキーの滑降は、女子選手がレース中に実際に亡くなったり、レースで大けがをした男子選手がスピードへの恐怖感を克服して、競技に復帰してきたドキュメンタリーをTVでやっていたように、死と隣り合わせであることが知られるようになってきた。 往年のアルペン・スキ-日本代表の海和俊宏選手の述懐。 『ぼくは度胸のよいほうといえるのでしょうね。恐怖と不安で頭の中が真っ白になったというのは高校時代に一度あったきり。 滑降では、練習中にスピードにおびえ始めて、レース前には逃げ出したくなっても、スタートの番が近づくと恐怖心を通り抜け、ひと勝負しようと開き直る。危険を冒してもゴールに突っ込もうという闘争心が先に立つ。逆にそんな自分に自分がこわくなって滑降を止めたのです。 スラローム(回転競技)は、旗門をどうくぐり抜けるかなどの計算が先に立つが、スピード系の人は恐怖感との戦いが先に立つ。いかに人よりも長く徹底した前傾姿勢が組んでいられるかが勝負の分かれ目なんです。 ここいらがF1と共通する点で、カーブの手前でブレーキを踏まず、アクセルワークだけでコーナーを回るのと同じじゃないですか。スキーでもカーブぎりぎりでとっさに立ちあがったときのターンはものすごく危険なものになりますよ。強い選手はぎりぎりまで立たたないんです。 サラエボ五輪で優勝したビル・ジョンソン(米)の異名はクレージー。頭を下げたまま120~130キロで滑ってきて、瞬間的にしか頭を上げない。ワールドカップで何度も一緒になったが鬼気迫るものがありました」 さていよいよゴールの瞬間。 「あと20メートル以内の距離になったとき、急にゴールが遠くに見えて、スローモーション映画の中に自分が入ったような感じがする。いよいよフィニッシュだという心理的な安堵感があるため、そう思えるのでしょうか。(以下略)」』 (スポーツ計時1000分の1秒物語/森彰秀/講談社P107-108から引用) クンダリーニ・ヨーギも同じですね。死と隣り合わせという意味では。でも、死の世界を相手にするのは、先入観も知識もあまり役に立ちそうもないという点では、滑降よりもっと条件が悪いかもしれない。 最後のゴール前20メートルでは、完全に変性意識に入っている。これも恐怖の恵みというものだろうか。どうすれば恐怖するかという原因・プロセスよりの解明にはあまり意味がない。むしろ恐怖になったときに、それをどう裁いていくことが恐怖の恵みに預かることになるかが、眼目であるように思う。 │<< 前日へ │翌日へ >> │一覧 │ 一番上に戻る │ |