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nakasenndouの日記 [全655件]
昨年、中山道55番目の宿ー美江寺の近くの小簾紅園(おずこうえん)を訪れたとき、 公園の手入れをされている方に、偶然お会いしました。そのとき、中山道69次資料館の 話をしてパンフレットを渡しておいたら、今春電話があって、皆さんで資料館に 来られました。
まずは、69次のミニ中山道のご案内です。和田峠に上がってきました。 「下に見えるのは千分の1の縮尺にした諏訪湖です。」と説明しています。
資料館の裏の方に回ってきて、大湫宿、細久手宿の辺りにきました。 皆さん、暖かい地方にお住まいなので、軽井沢のオオシダに驚いておられました。
和宮様が 「落ちてゆく身としりながら紅葉ばの ひとなつかしくこがれこそすれ」 と 詠まれた小簾紅園からのお客様です。
館内でも美江寺宿の辺りの話には、地元なので力がはいります。
分間延絵図を広げて、江戸時代の中山道を再確認しました。 お祭りのときには、地元では、北原白秋作の「和宮奉讃歌」を皆さんで歌うそうです。 楽譜付きの歌詞を頂きました。
思いがけずこんなお土産も頂きました。柿の羊羹です。 美江寺と言えば、江戸時代からの富有柿の産地です。 私も、この地を訪れたときには、道端の無人販売の柿を買って帰っていました。 とっても美味しい柿です。 中山道を通じて、また新しい出会いがあったことが、一番嬉しいです。
皆さん、皆既日食見られましたか? ここ軽井沢追分では、予想に反してとても良いお天気になりました。 昨晩、夫が珍しく何か工作をしていると思ったら、できたのが「これ」です。
日食観察グッズです。材料は、使わなくなった写真のネガの黒い部分、それに厚紙。 2月に千葉へマンドリンコンサートに行ったときの、プログラムを使っていました。 1枚では眼が傷んだら困ると、3枚貼りあわせています。
我家のベランダは、樹木があって見られないので、外へ出ました。 7時20分頃、木洩れ日が三日月になりました。
7時38分頃、太陽と月が重なってきれいなリングになりました。 木洩れ日もご覧下さい、リングがいっぱいです。
そしてリングは、下弦の月みたいになりました。日食観察メガネを買わなくても、 目を傷めずに観察できるって、本当でした。 日本中が一斉に天体ショーを楽しめた朝でした。
朝の奈良井宿です。車が1台もとまっていないし、静かな静かな朝です。 地元の中学生が写生に来ており、1kmにも及ぶ奈良井宿を描いていました。 しばらくするとバスで、習志野の中学生たちがやってきました。中学生たちも、この町の 良さを学んでいるのだと思います。
奈良井宿から藪原宿へ向うには、鳥居峠を越えていきます。 この間に一里塚があったのですが、今はなくなっているので、分間延絵図から測って、 このような石碑が建っていました。最近木曽では、小学生が書いた書を使って、 このような一里塚跡の石碑を建てているようです。
鳥居峠には、大きな栃の木がたくさん育っています。樹齢?年でしょう--- 洞ができています。 子産みのトチと呼ばれているのもあります。
御嶽遥拝所の近くには、エンレイソウが群生していました。 ちょっと湿りけのある場所で、種が飛んでたくさん増えたのでしょう。 我家のはオオバナエンレイソウですが、ここのは小さい花。でも、上品なピンクや白。 人間に踏まれないように、また動物に食べられないようにして、もっともっと増えて ほしいな。
須原宿の定勝寺です。本堂も庭も美しいお寺です。山門からの新緑の庭が 輝いています。ここには、県外からバスで、絵画サークルが水彩画を描きに 来られていました。中学生たちも大人も、この季節の美しいものを描きとっているのです。 山も野も、若葉萌ゆる季節です。
5月の連休も過ぎ、皆様の方ではもうとっくに桜の花は終わったよ、と言われるでしょう。 ここ軽井沢追分では、標高が高いので枝垂桜がまだまだ美しく咲いています。 右側の道は、中山道です。 山桜も新緑の葉っぱと共に、春を告げています。ボタン桜も咲き始めています。
これも 桜です。桜と名のついた桜草です。
これは芝桜、やっぱり桜と名のついた花です。 桜を集めてみましたが、珍しくもないので、ちょっと変わった春を告げる花を---
オオバナエンレイソウです。毎年、ムクッと清楚な姿で出てきます。 花が終わったら、今年は何とか株分けして、増やしたいな~
ベランダのペンキ塗りは、いつもは1年に1回、師走に入ってから、慌ただしくしています。 今年は、少し古くなった木を保護するため、2回塗ろうと決心しました。 2日に分けて作業すれば、あまり疲れないだろうと、昨日ベランダを洗いました。
今日の午前中は、ペンキ塗りです。天気が良いし12月と違って、温度も高いので どんどん乾いていきます。刷毛でなくて、ローラー式が楽です。これだと、肩も凝りません。 でも、ヘマ!途中でペンキの色を間違えたりしましたが、無事塗り終えました。 午後は、資料館へ行って、夫と交替です。
夕方、東京の娘からお花が届きました。最近、お花を習っていると電話で聞きましたが、 自分で作ったフラワーアレンジメントのプレゼントでした。 早速、ペンキも乾いてきれいになったベランダの台に、母の日のプレゼントを置いて、 写真を撮りました。 「いつも気にかけてくれて、立派な大人に育ててくれて、ありがとうございます。 感謝の気持ちをいっぱいこめて、お花を作りました。--- 」嬉しいメッセージです。 今度は、真っ白のウエディングを着て、このような花束を持っているあなたを 見たいです。
GWは、中山道69次資料館は開館していたのですが、5月1日、2日はちょうど休館日 になるので、木曽の方へ行っていました。
一石栃白木改番所跡です。江戸時代、木曽五木は厳しく調べられ、庶民の自由には なりませんでした。今はこの時期、桜が満開で中山道を歩く人達を、楽しませて くれます。奥に見えるのは、一石栃立場茶屋です。
以前、ここを歩いた時には、立場茶屋は閉ざされていましたが、 今は「妻籠を愛する会」のメンバーが、交替でこの茶店で接待をしてくれます。 この日は、Sさんが「木曽節」を唄ってくれました。茶店の中では、囲炉裏の火が 燃えていました。お茶も勧めてくれます。
変わらないものは、男滝・女滝(おだる・めだる)。以前に歩いた時と同じぐらい、 豪快に水が流れ落ちてきていて、とても清々しい気分になります。 ここでも、外国人に出会いました。昨年の震災・原発事故の後、随分外国人観光客が 減っていたようですが、この日は数組の外国人に会いました。
変わったものー 以前、南木曽駅から歩いてきて、「そでふり松」という所で休憩した 記憶があります。木曽義仲が弓を引こうとしたとき、邪魔になった松を、巴御前が 袖を振って横倒しにしたので、このような名前が付いたと言われます。 松はその頃から何代目になるのでしょうが、平成21年に松くい虫の害で枯れたので、 切られてしまいました。
でも、このような水舟になって、保存されていました。すぐ下の神社の広場です。 長い大きな水舟でした。 中山道ー街道の遺物・遺産は、昔と変らないものも多いし、変ってもまた違った形で 保存されたりしています。
今年も満開の桜の下、東御市の東町日吉神社で歌舞伎が催されました。
場所は、上信越道、東部湯の丸ICから車で5分、上がったところで、後方に八ヶ岳が 望めるロケーションです。
今年の演目は、「一谷嫩(ふたば)軍記ー熊谷陣屋の段」でした。
凛々しい熊谷直実、若武者の義経、熊谷の妻ー相模など、皆さん熱演です。
熱演場面でタイミングよく、「おひねり」が飛ぶのもまた楽し~~~
東町歌舞伎は、250年の伝統をもち、毎年4月29日に演目を変えて上演しています。 仕事の合間に寄り集まって練習され、この時期に入場無料で見せていただけます。 お近くの方、又毎年GWに軽井沢や小諸へお出かけの方は、ぜひ足をお運び下さいね。 |一覧| |