思い返してみると、西口でアルバイトをしていたときに接客したお客様の中で、今でも、顔まで、接客をしたそのときのシーンまで覚えている人はけっこういる。
その中の一人。発券カウンターに入っていて飯田行きのキャンセル待ちを受けていたとき。出発直前に、キャンセル(予約をしたが未発券で乗り場にも現れない、いわゆる未発券ノーショー)の席をキャンセル待ちのお客様に販売したが、それでも一人だけ乗れなかった。真剣な目で「補助席でもいいから、なんとか乗れませんか?」と聞かれた。中年の女性だったが決してワガママな悪い客という感じはなく、本当に急いでいたのだろう(夕方だったから、飯田に帰る人だったはずだ)。しかし車両に補助席も付いていないし、そもそも予約してないのが悪い。「いや、乗れません」と答えた。とても残念そうな表情を覚えている。40分後の便の席はあったし、飯田のような田舎(失礼)に40分間隔でバスがあるのは極めて便利だし、40分待ってもらうのは客観的に考えて仕方がない。「乗れません」と答えた自分は何も間違っていない。ただ、決してわがままな感じがしない上品なお客様がとても残念な顔をした、その表情が印象に残った。
その日、仕事が終わって西武新宿駅の改札まで着いたとき、目の前で西武線の急行が発車した。とても悔しい思いがした。わずか10分後に次の急行があるにもかかわらず。
あのお客様はよほど急いでいたのだろう。飯田の家に早く帰らないといけない理由があったに違いない。そして東京から飯田に帰るには事実上中央高速バスしか方法がない。理由はともあれ、早く帰りたい乗客にとって10分だろうが40分だろうが待ちたくない。あのとき、満席で乗れなかったのは仕方ないとしても、私はお客様の気持ちを汲んだ上で「申し訳ありませんが満席です」と心を籠めて伝えただろうか?その後、ホテルに就職し接客のプロになってからも、そして今でも、会社帰りに電車を待っているとあのお客様の顔を思い出す。
もう一人、同じようなシーン。こちらは松本までのお客様。この方は満席だとわかると新宿駅へ向けて駆けだした。松本行きの高速バスは毎時50分発。特急電車は毎時00分発。バスが満席だと駅まで駆けると電車に間に合う。そして電車の方が若干早く松本に着く。
東京からはバスがメインの交通機関である飯田。バスと電車を天秤にかけ、安い方、速い方を目的に応じて使い分けられる松本。同じ中央高速バスでも、その役割や、利用者がバスに望むニーズ&ウォンツは路線によって全く違う。
路線の性格やマーケットの環境の差に対応しながら、きっちりと「お客様の方を向く」こと。すなわち繰り返すが現場では一人ひとりのお客様に適切な接客をし、会社としてはマーケット(消費者)に対して適切なマーケティング活動を行なう……決して難しいことではない。普通の企業なら、普通にやっていることなのだから。
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