連載八回目です~
今回はシオン編。ゴメンナサイ、シオンの暴走が止まりません……(笑)
彼の過去、暗い瞳の理由が明らかになります。
**第三の扉**(1)
**第三の扉**(2)
**第三の扉**(3)
**第三の扉**(4)
**第三の扉**(5)
**第三の扉**(6)
**第三の扉**(7)
「どうして……どうしてあんなことを……!!」
シオンは子供のように泣きじゃくりながら、必死に傷に即効性のある薬草を探していた。
あの、奇妙な没薬の香りのせいとしか思えない。
彼には、アイルを刺す気なんて全くなかった。過去の事を責める気さえ毛頭なかったのだ。
シオンがたった一人でこのハピネス城に来た理由はひとつ。
もちろん、第三の扉の言い伝えを信じて、死者に会いに来たのだった。
だが、アイルが考えていたように、リルへの愛しさからこの場所へ来たのではなかった。
"ただ、リルに……これを渡したかったんだ…"
シオンは汗ばんだ手の中にある、硬い彫刻を握り締める。
ゴツゴツとした手触り。アイルからリルへの、最初で最後の贈りもの。
アイルが、毎日毎日あの場所でコソコソと何かを彫っていたのは、知っていた。
そして、それがあのほっそりとした少女への贈りものであることも…。
"自分が、リルに求婚さえしなければ…。もっと、アイルと腹を割って話をしていれば…。
アイルに……あのナイフをあげなければ…。"
いくつもの仮定と後悔ばかりがグルグルと頭の中を駆け巡る。
今更そんな事を考えても過去は変えられない。分かっているのに、考えずにはいられない。
"僕が……二人の人生を壊してしまった…"
その事がずっと心にわだかまり、シオンの瞳に暗い影を落としていた。
なんとかして、リルに心から謝りたい。二人の幸せを台無しにしてしまったことを。
そして、せめて…この彫刻を、アイルが贈るはずだったものを、手渡ししたい。
単なる自己満足だという事は分かっていたが、それほどまでに彼の心は追い詰められていた。
もし―もし願いが叶うならば、アイルとリルをもう一度元の関係に……。
リルが生き返るならば、自分の命を犠牲にすることさえ厭わない。そう考えていた。
シオンは父亡き後若くして村長となり、村人達の期待を一身に引き受けてきた。
身を粉にして村を支えてきたつもりだったが、誰からも愛情を受け取ることはなかった。
ただ、皆"村長"という地位に一目置いているだけだ。そう、アイルを除いては―。
* * * * * * * * *
「あれ、シオン…またこんなとこで本読んでんの?」
ドカドカと部屋に入ってきたアイルが、思わず苦笑いを浮かべる。
アイルとシオンのベッドと、衣装箪笥の隙間の小さな空間。
部屋の入口からは死角になっている、シオンだけの定位置だった。
父はいつも気付かずに通り過ぎたが、アイルだけはこの場所にシオンがいる事を知っていた。
「お勉強もほどほどにしろよー。太陽の光に当たらないと、弱っちぃ大人になるぞ。
そうだ、午後から二人で鹿でも狩りにいくか!!」
まぁ、お前は狩るよりも描きたいって言うんだろうけど…と、
優しい目で自分を見下ろし、くしゃくしゃと銀色の髪をかき回す。
シオンは昔から人の視線が怖かった。
表面上は笑みを浮かべてはいても、その心の中までは見えないからだ。
彼は、人々の心の中にある闇の部分に、異常なほどの恐怖を感じていた。
まるで、狡猾な蛇がとぐろを巻き、自分の失態を今か今かと待っているような……。
だからこそ、誰からも軽んじられる事のないよう、陰で人一倍努力を重ねた。
でも―
アイルは、人の視線なんて全く気にしない。誰からどう思われようと関係ない。
何事に対しても鷹揚に構え、小さな事でクヨクヨ悩まないアイルが羨ましかった。
昔から身体が弱く、専ら書物や植物図鑑が友達だった彼には、太陽のような存在だった。
"アイルを…独り占めできたら…"
そんな歪んだ愛情を胸に抱き始めたのは、いつからだっただろう。
活発なアイルと、グリーンの瞳をしたリルは、彼の目から見ても似合いのカップルだった。
いつも彼はこっそりと二人の後をつけては、陰から覗いているのだった。
そして15歳の満月の晩―。
後ろめたさを感じつつも二人の後をつけていた彼は、ある現場を目撃する。
あの草むらでアイルが少女を押し倒し、優しく口づけしている姿を。
ぼんやりと月明かりに浮かび上がったアイルの横顔は、彫刻のように美しかった。
彼の中で、生まれて初めて真っ黒な嫉妬の炎が生まれた。
"こんな感情はおかしい、僕達は兄弟なんだ…!"
そう必死に自分に言い聞かせても、彼の中でアイルの存在はどんどん大きくなっていった。
その後すぐに、彼は自分が次期村長になること、そして許嫁の存在を知った。
父は、片方の息子の愛情が誰に向いているかを知って、あえて許嫁を与えようとしたのだ。
皮肉にも、その女性とは…彼の愛する人の、想い人だった。
* * * * * * * * *
そして16歳の誕生日―。
「あなたは…、僕の、次期村長の……許嫁なんですよ?
明日、皆の前で伝えることになります。勿論、その事は知っていたでしょう?」
「いい…なずけ?し、知らな……。私は…アイルと……」
"アイルの……アイルの名を気安く呼ぶな…!!" カッと、嫉妬の炎が燃え上がる。
「アイルは…兄さんは村長の器ではないんです。兄さんでは、いずれ村を潰してしまう。
あなたは僕の妻になるんです。僕には…僕には、あなたが必要なんです。」
この少女に対しては、全く愛情の欠片もなかった。
もちろん彼女の事は大好きだったが、アイルに対する愛情とは大きく異なっていた。
ただ、村長である父の命令と、"もしかしたらアイルの事を忘れられるかもしれない…"
そんなほろ苦い感情から、半ば諦観して彼女に求婚したのだった。
何度注意しても彼女が大声を出すので、つい壁に押し付け唇を塞いでしまったが、
彼の中には何の感情も湧いてこなかった。 ただ、胸が苦しかった。
悲しい記憶の渦に飲み込まれそうになりながらも、彼は目当ての薬草を見つけた。
猛毒のあるトゲにも構わず、真っ赤な花を土から勢いよく抜き、その根をもぎ取る。
この粘着のある根の部分には消炎効果があり、すり潰せばすぐに止血できるはずだ。
「これを………これを、早くアイルに!!」
<つづく…>