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なななかばの日記

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2012.01.08 楽天プロフィール Add to Google XML

七草粥

昨日は七草粥。
一日遅れのアップですが、お許しあれ。

     七草粥 正 2012.JPG
   
去年もそうだが、今年も近所で七草が摘めた。と言っても奥さんまかせだが。

     初詣 鷺宮神社 2012.JPG

初詣は、近くの鷺宮神社。
暮の茅の輪くぐりでいった、由緒ある神社。
元旦はこんでいて車を止める場所がなかったので、引き返す。
3日に改めて出向いた。
さすがにすいていて、すんなりお参りが出来た。

終わって、近くの喫茶店へ。
マスターがなかなかの凝り性で、じっくり入れるので待たされる。
だが、その間のパフォーマンスが見ていて楽しい。
コーヒーの味もなかなか。
こういうコーヒーをお正月に味わうのは悪くない。
写真を撮り損ねたが、想像力を働かせて…。

その足で、新しい映画の脚本打ち合わせに向かう。
ずっと抱えてうろうろしていたものだが、スポンサーがつきそうで、
衣替えして始動し始めたのだ。
こんどこそ、是非とも実現しなくっちゃ。

いい年になりそうだ。




Last updated  2012.01.08 19:47:29
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2011.12.30

鷺宮神社の茅の輪

今年は、3月に新しい住処に越したので、高齢の茅の輪くぐりは、近くの鷺宮神社ですませた。

     鷺宮神社 茅の輪 A 2011.12.30..JPG

ここは、小さいながら、中野区で唯一の官幣大社である。
源頼義が前九年の役の際に勝利祈願をしたということになっている。
なかなか趣があってよろしい。

     鷺宮神社 茅の輪 C3 2011.12.30..JPG

ただ、昨年までの赤坂日枝山王神社のように格式ばっておらず、神主の先導もなく、勝手に回ることになっているようだ。みんなはもっぱら、回り終わってのお神酒が目当てのようで、そっちにズラッとならんでいる。

だが、こういう鄙びた雰囲気もいい。
来年はきっといいことがあると思わせられる。
きたいしよう。


Last updated  2012.01.02 11:14:38
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2011.09.27

「きつね」のチャプター分け

「きつね」のチャプター分け 2011年09月22日

ビデオ部のM氏から「きつね」のチャプター表とその「抜き画」の案が送られてきた。「抜き画」というのは、チャプター紹介のコマである。このチャプターにはこういうドラマがありますよ、と紹介する画である。

           草原のマヤ.JPG          

チャプター分けをするのは、加藤泰さんの映画でやったことはあるので初めてではないが、抜き画を選択するのは初めて。そのため、一コマ一コマずつ見ることになった。

          駅のマヤ UP.JPG          

 これまでにも、何度か見たことはあるものの、1コマずつ見るのは、撮影後の編集以来だから、28年ぶりのこと。M氏があげた候補の絵を確認するところから始めたが、それがPCで出来るというのは、隔世の感がある。あの当時は漸くビデオが見られるようになったばかりの時代で、撮影所の編集機でなくても家で見ることが出来るようにはなったものの、画質は悪かった。

         きつねを撃ちに.JPG          

しかも、ベータ。が一般的で、漸く2時間もの(B2)が売り出されたころだった。VHSはベータより劣るというので、テレビ局も全部ベータであった。だが、次第にVHSが追い上げてきて「コマオクリモデキマス」というCMが評判になったのだった。しかし、今のPCにはとても及ばない。

「抜き画」は、みんなが見たい思っているであろうコマを選ぶようにしたら、チャプターが増えてしまった。普通は10程度だというのだが、特別に13のチャプターにしてもらった。

         狙うオガタ.JPG

そのコメントは、M氏に任せたので、どんな仕上がりになるか楽しみである。

         吹雪のマヤ.JPG

また、特典映像に撮影中のスナップ写真をつけることになった。どういう写真が載るのか、これも楽しみである。

 

非公開日記
(秘密日記は記入されていません)

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Last updated  2011.09.27 14:25:37
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2011.09.06

「きつね」は、「あの頃映画」だって!

 アマゾンでは早くも予約募集していると聞いたのでみてみると、「あの頃映画シリーズ」第1弾とある。

「あの頃映画」って、なんだ?まあ、どんなネーミングでもいいか。

           きつね パンフ 白鳥を思う二人.JPG       

 それで、きのうは、イマジカでDVDの作業を行なった。

松竹ビデオ部のMさんが送ってくれたアドレス入りの編集版は、両サイドが切れている感じで、色合いも赤が出すぎている。

それが我が家のモニターのせいなのか、そういう風に処理されているのかの点検作業である。普通ここまでやってくれるのはありえないことなだ。

だが、初めてDVDになることだし、慎重やりたかった。そのことを松竹のスタッフもよく分かってくれての、作業となった。

            きつね パンフ(逆光の二人).JPG

画額は、正しく、1:1.85のビスタサイズになっている。

やはり民生機(売られているTV=モニター)とプロ仕様との違いがあり、ある程度はやむを得ないそうだ。色合いも、モニターが勝手に調整してしまい、赤が出やすくなっているという。

ミキサーは、ここでやったとおりに出るといいんですけどね、と嘆いていた。

まあ、いろいろの疑問を話し合うことができたので、納得して送り出せる。

あらためて、間近にみると、ロケとセットのつながりが実にいい。これはやはりキャメラマンの坂本典隆さんの腕というべきだろう。改めて感心したので、スタッフにも大宣伝した。

           きつね パンフ(少女)3.JPG

特典映像は、予告編以外にも、スチール写真や撮影風景の写真などがスライドショーで見られるようにしたという。普通はこんなこんなことはないので、楽しみだ。

それにしても、「あの頃映画シリーズ」というくくりにはびっくりした。

その第1弾だというのだが、後にどんなのが続くのだろう。期待して待つことにしよう。

 

 



Last updated  2011.09.06 17:57:10
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2011.08.28

「きつね」、ついにDVDになる!

先日、松竹から連絡があった。
「きつね」がついにDVDになるのだという。

                   きつね DVD ポスター.jpg     
  
28年目にして、初の出来事だ。
何で、今になって?と不思議に思って担当者に聞いてみると、ネットでの人気が大きいという。
しかし、これで「幻の映画」ではなくなってしまうのが、ちょっと惜しい気がしないでもない。

              きつね パンフ(表紙・裏).JPG

最近の状況では、新作映画は別として、旧作の場合、一度ビデオになったものをDVD化しても余り売れない、という。そこで、一度もビデオになっていない作品が注目されるのだという。だが、何でもいいというわけにはいかない。そこで、ネット人気などが考慮されるのだという。
おかげさまで、「きつね」はいろいろ話題になっているのでまず掬い上げられたそうだ。
それは、少女(高橋香織)の魅力がおおきい。
本当にいろんな変化を魅せてくれた。

まずは、自主上映を続けてくれた「しろやぎ通信」のN君のおかげだ。彼には、真っ先に報告しなければなるまい。
真っ先に、少女に魅せられたひとりなのだから。

              きつね パンフ(少女).JPG

発売は11月23日。まだ咲きの話で、いまはその作業中。
特典映像には、各種の予告編が4本もつくそうだ。
まずは、第1報ということで…。



Last updated  2011.09.03 22:52:36
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2011.08.17

「車いすで見た練馬」(監督・岡本圭子)

先日、「車椅子で見た練馬」(監督・岡本圭子)の上映会があった。
もっと早く書こうと思っていたのだが、何やかやと取り紛れて遅くなってしまった。  

なかなか良くできている。
特に、撮影(映像)はいい。コンテもなかなかである。

練馬映画 監督と主演二人.jpg

とても初めてとは思えない。
ラスト近くのラーメン屋のシーンは、一番良かったのではないか。撮影しながら技術を体得してきたというのが良く分かる。
やはり、アシモフの世代と違って、映像のあふれるなかで育ってきたせいだろうか。
なまじっかな、プロよりもいい感じだった。

        練馬映画 スタッフ.jpg

だが、である。
音声が悪い。悪すぎる。それが、とても残念だ。
ちゃんとした録音機材が使えなかったせいなのだが、だからといってこれで満足してほしくない。
映画は、撮影すれば終わりというものではないことは、岡本さんもよく分かったと思うが…。
残念すぎる。

で、改めてよく見ると、音声が聞えないから分からないのかと思うと、必ずしもそうではない。役者のいたらぬところ、演出のうまくいっていないところが見えてくる。
脚本と映像の関係を、今度は岡本さんを講師として体験的に語ってもらうといいと思った。

最後に、もっとスーパーインポーズを多用したらよかったのではないか。もちろん、音声の補いではあるのだが、さらに進めて、補うという以上に、「バリアフリー映画」として、聴覚障害者にも分かるように全面的にスーパーを使ったらいいのではないかと思う。アフレコでせりふをちゃんと聞えるようにした上で、さらに一歩進むということである。それが、『この映画のテーマにもかなうのではないかと思ってそのことを提言したのだが、残念ながら、彼女の理解を得られなかった。

ともあれ、映画はずっと残る。
それだけでなく、作者の手を離れて一人歩きしていく。だからこそ、細心の神経を払って創り上げなければならない。監督というのは、最後まで責任を取らねばならない。脚本の場合は、ある時点で監督にゆだねるということも必要で、それだけに最後は抽象的なもので終わってもいいのだが、監督の場合はそれは許されない。どれだけ具体的にするか。そしてsの具体を通して、抽象を描く(伝える)のである。

岡本さんがこれで終わりにしないで、もっともっと新しい作品に挑戦してほしいと切に思う。



Last updated  2011.08.18 12:35:50
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2011.07.20

大鹿村騒動記

昨日、急遽、「大鹿村騒動記」を見てきた。
いずれ見ようとは思っていたのだが、『昨日行ったのは、もちろん原田芳雄追悼の意味だ。
市とは、ちゃんとした仕事はしていない。助監督の時、山根成之監督のテレビ映画でちょっと一緒になっただけだが、亡くなったのはショックだ。

        大鹿村騒動記.jpg      

T-ジョイ大泉に行ったのだが、人は少なかった。
まだ、追悼で見に来るには時間が短かったかもしれない。

映画は、原田芳雄追悼にふさわしい、ワンマン映画ともいえるものだった。
こういう軽妙さは、坂本順治の持ち味のひとつでもある。「ぼくんち」の赴きも感じられ、十分大人の楽しめる喜劇になっていた。         

大楠道代の存在も、意表をついていて面白かった。
ただ18年ぶりに帰ってきたというだけでなく、認知症に近い病を抱えているというのは、なかなかのものだ。
塩辛の瓶詰めのラストシーンは、ちょっといただけないかんじだが、まあ、これもご愛嬌か。

やはり、これは、300年も続いているという村歌舞伎を見せる映画なので、それは良くやっている。だが、三味線や語りなどは村人なのだろうが、役者はみんな俳優なので、どこまで本物かは分からないところが惜しい。

しかし、いい気持ちになって帰れる映画であった。








Last updated  2011.07.20 14:59:20
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2011.06.26

「マイ・バック・ページ」

 先日、やっと「マイ・バック・ページ」を見た。
 あまり見たくはなかったのだが、周辺の評判がよくぜひみろとすすめられたので、でかけた。
 だが、見たくなかったというのは、間違っていなかったように思う。

                マイ・バック・ページ 3.jpg

 妻夫木聡も松山ケンイチも好演である。
 妻夫木は熱演といってもいいし、松山の得たいの知れない狂気をはらんだ目つきはなかなかのものだ。
    

 これは、監督の問題だと思うが、前半の学生たちのありようは、とても気になった。
 美術の考証がしっかりしているといわれていたが、それほどでもない。
 近い過去を描くのは難しいものだとつくづく思った。

 後半は、自衛隊基地襲撃事件が中心になるのだが、松山演じる男になぜ妻夫木がのめりこんでいくのか、ロックが好きで、好きな曲が同じで…、ということでいいのだろうか。
 事実がそうだたっとしても、ドラマとしては甘すぎるのではないか。

 川本三郎の原作は読んでいないので、純粋に「映画」として見られるのだが、1971年の捕らえ方に疑問があった。
 
 1971年はもはや全共闘の時代ではなかったはず。
 全国全共闘なんて、まともには成立しなかったと思う。

 東大全共闘のカリスマ的指導者といえば、山本義隆しかいないはずだが、彼はもっとカッコよかったのではないか。
 日大全共闘の秋田明大と二大カリスマだったが、二人とも、実に鮮やかだった。
 アジテーションがうまく、今風に言えばとてもイケメンだった。

 山本義隆が地下にもぐっていて、久しぶりに日比谷公会堂の集会に現れたときの様子はとても鮮やかだったと、語り継がれていたのではなかろうか。

 新左翼ってのは、カッコ付けが得意というか好きだったはずでで、それが魅力でもあったのではなかろうか。だから、あんな無様な捕まり方はしていないと思うのだが…。

 まあ、そんなことは映画の本筋ではないというひとが多いと思うが、そうではなく映画の底流に流れるセンチメンタリズムがどうも居心地が悪いといえばいいのかもしれない。

 監督はなかなか力のある人だとは思うが、何で今こういう作品を作ったのか、いまいちわからなかった。
         
 ただ、週刊誌のポスターになった少女は、とても魅力的であった。




Last updated  2011.06.27 01:13:17
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2011.06.25

追悼、桜井秀雄監督

桜井秀雄さんが、6月5日、肺炎で亡くなられた。
撮影所に入った年に助監督としてついたことがある。それ以来親しくしていただいた。そのせいで監督協会の会報に追悼文を書いた。その引用を。(まだ発行日前だが、著者ということでお許しあれ)。

1965年、助監督になって2本目についたのが、桜井監督だった。
作品は、「馬鹿っちょ出船」。

 ♪ 赤いランプを ともした船が~
 
で始まる都はるみの歌が主題の、いわゆる歌謡映画である。

       馬鹿っちょ出船.jpg

桜井さんはその年、ヒット曲「アンコ椿は恋の花」を撮ったのに続いて2本目の歌謡映画。まだ30代半ばの新進監督だった。
映画作りのことは何も知らずに撮影所に入ったぼくにとって、初めての長期ロケは、あの「二十四の瞳」の憧れの地・小豆島であった。

主演は竹脇無我と香山美子。二人は幼なじみの恋仲だったが、貧しい彼女は網元のボンボンに無理やり嫁がされることになる。そこで、無我は結婚式の前日、花嫁を奪って逃げる、というお話である。(名画「卒業」のパクリと思われるかも知れないが、それより3年前の作品である)

ものすごく長い移動シーンがあった。
都はるみが二人を追って走るシーンだ。ありったけの移動レールが敷かれた。師の木下恵介監督譲りの大移動ショットである(と、後で知った)。

ぼくは、カメラから遠く離れたスタート地点の石垣に隠れて、合図を待っていた。
もちろんはるみと一緒だ。
彼女はまだ17歳。そこには付人も来ていない。二人きりだ。
なかなか合図は来ない。彼女は心配そうにぼくを見る。
ぼくにしたって助監督になったばかりなので撮影の段取りのことなどよくわかっていない。なぜ、なかなかスタートの合図が来ないのか、なんでこんなに待たされているのか。
もちろんアイドルの扱い方なんか知らないし、二人ともほとんど口を利くこともなく、ただただ黙って合図を待っていた。
(ケータイはおろか、トランシーバーすらなかった)
でもその次の日、「お兄ちゃん」といって、はるみが話しかけてくれたのがうれしかった。

助監督の部屋が毎晩の酒盛りの場所となっていた。将軍という仇名のチーフのAさんが音頭をとり、監督の桜井さんはじめ、キャメラマンの荒野諒一さん、照明の飯島博さん等々スタッフが集まって、夜中まで酒盛りが続いた。飲めないぼくは、ビール1杯でダウン。宴が盛り上がる中、ガマンしきれずに部屋の隅でうとうとと船をこいでいた。寝不足が続いて翌日のロケバスの中で眼を開けているのが辛かった。

そんなことが続いたある夜、コックリコックリやっていると、桜井さんがスッと寄ってきて「ぼくの部屋で休んでいいよ」と言われた。ぼくはこれ幸いと、A将軍の目を盗んで抜け出した。監督の部屋は廊下の一番奥にあった。おそるおそる障子をあけると、真ん中にフワフワの布団が敷いてある。うれしくなって遠慮なく布団にもぐりこんだ。
それは、果たしてその夜だけのことだったのか、毎晩のことだったのか、その後の記憶がない…。もし毎晩だったら、お酒が入ると人が変わったようになるA将軍に厳しくやられたであろうに、何かを言われた覚えもない。きっと、その夜だけだったのだろう。

桜井組のスタッフはみな優しかった。カチンコを持ってどこで打とうかと、林立するライトの脚やケーブルを避けてうろうろしていると、照明チーフのFさんが手招きして「ここで打ちな」と場所を開けてくれた。おかげでライトを倒すこともなかった。新米なのに怒鳴られたこともいじめられたことも記憶にない。桜井さんの優しさがスタッフにもちゃんと伝わっていたのだろう。

そのころは、宿泊ロケだと、ロケ手当てなるものが出た。だから10日もロケに行くとかなりの額になる。月給2万円の新米助監督にはありがたかった。
だがそれがいけなかった。
帰りのフェリーの中で、小道具のS君(ちょっと年下だった)にドボンなるものに誘われて、全部まき上げられてしまった。はじめのうちは2倍にも3倍にもなっていたのだが、夜が更けるにつれてどんどん減って行き、港に着いたころにはスッカラカンになっていた。もちろん後悔先に立たず。こういう苦い思いも初体験だった。

なんやかやで、憧れの小豆島ロケから始まった桜井組の思い出は、いつまでも鮮明だ。
こんなことが最初にあったから、映画つくりの世界から離れられなくなったのだと思う。
桜井さんの思い出は、助監督になりたてのころの、ちょっと甘酸っぱい記憶とともにある…。





Last updated  2011.06.29 21:30:22
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2011.06.13

NHKの企画提案

NHKが48分×8~10回のドラマの企画を募集していた。
夜10時台の女性向けドラマシリーズである。その締め切りが13日。
朝、Sプロに企画意図とあらすじと8回分のストーリーを送った。
夕方になって、OプロデューサーがNHKに持ち込んで来たという連絡がはいったので、やっと一仕事終わった。
先月の18日に話があって以来、ひと月たらずだったのと、同時にラジオの企画も考えていたので、結構せわしなかった。一段落してホッとしている。
うまく通れば、内容をあかせるのだが、まだ企業秘密だ。

その最中に、もう一本、ひらめいたものがあったので、その資料をTプロデューサーに送る。
これは、締め切りには間に合わないので、別ルートで提案してもらうことにした。
つい先日の新聞に出ていたもので、女性をターゲットにするには格好の素材だ。
あさってT氏と会って具体的に詰めることになった。
これも、内容は、企業秘密。

みんな実現すればいいいのだが、そうはいかない。
昔風にいえば、針の穴を通すようなものなので、あまり期待しないで待つのがいい。
とはいえ…、なのだが。





Last updated  2011.06.14 23:54:37
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