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最初の持ち主に捨てられたとき、ウーちゃんは一人ゴミ箱の中で泣きました。
何度も何度も持ち主のリサちゃんの所に戻りましたが、その度にリサちゃんは泣きながらウーちゃんから逃げるのです。何度目かの時、ウーちゃんはやっと、リサちゃんにとって自分はいないほうがいいのだと気付きました。 どうしてリサちゃんはウーを怖がるのだろう。 ウーが夜中変な動きをするからだろうか。 それともリサちゃんのお姉ちゃんが、ウーの前髪を変な風に切ってしまったからだろうか。 色々と悩みましたが、それでもリサちゃんはウーちゃんが何かを直しても、ウーちゃんが普通のお人形さんのようになっても、それを見てくれることはないのです。ウーちゃんはリサちゃんを失った後、ぼうっとしていました。 それでも捨てる神あれば拾う神あり、おばあさんがウーちゃんを拾ってくれました。 しばらくウーちゃんはおばあさんのお人形さんコレクションの中で暮らしました。 一人暮らしのおばあさんは人形さんが心の癒しで、人形さんを手入れすることが日課でした。 ウーちゃんはそこでしばらく幸せに暮らしました。おばあさんがくれた服が、それを着せてもらった時に似合っているとあの笑顔で微笑まれるのが大好きでした。 けれど始まりがあれば終わりもあるものです。 ある日、ウーちゃん達はおばあさんがいなくなってしまったことを知りました。 おばあさんはこの世からいなくなってしまったのです。 ただ、お人形さんを大事にしてとおばあさんは書き残していました。 病院や、お人形さんを心のよりどころにするであろう子供達、老人たちの所にウーちゃん達は送られました。 ウーちゃんがちょっと変なお人形さんだということを聞いた、やんちゃな少女が望んだため、そのこの居る病院にウーちゃんは送られました。 ウーちゃんはまたしても恵まれていました。ウーちゃんが夜中動き回ろうと、昼間うっかり喋ってしまおうと、ツユちゃんはそれを気にしないどころか、とても面白がるのです。そしてそれは、ツユちゃんがいない時にやたら遊ぼうとして来る悪ガキとは全然違うものでした。 けれど、ウーちゃんが何十年も同じ姿のままでいても、ツユちゃん達はそうではありません。 ツユちゃんは退院してから、綺麗になって何度も会いに来ますが、ウーちゃんはとても寂しい気持ちで居ました。 ツユちゃんがもう辛そうに咳き込む姿を見ることはないのですが、それはとてもよかったのですが、それとこれとは別なのです。 そんな時、ウーちゃんはツユちゃんの家に行きたいと思いましたが、リサちゃんのようにまた逃げられてしまったらと思うとできませんでした。 段々とウーちゃんを知っている人も少なくなり、ウーちゃんを怖いと言った子が増え始めたことで、ウーちゃんはまたしても他の所に連れて行かれることになりました。 そこは学校の玄関ホールの近く。アンティークが好きな先生が置物を選ぶとなった時に、ウーちゃんを連れて行ったのです。そのこはウーちゃんと仲の良かった、比較的変に遊んでこない子で、今はもう立派な先生になっていました。 ウーちゃんはそこでもやっぱりひとりぼっちでした。 けれど、部活の帰りによく見てくれる子が何人か居ました。よく手入れをしてくれる先生も居ました。お婆さんの所より、ツユちゃんの時よりずっとずっと寂しかったウーちゃんはつい声をかけてしまいました。 けれど、先生は存外怖がりだったので、他の仲の良い先生の影に隠れてウーちゃんを見るようになりました。ウーちゃんは、やっぱり自分が居ない方がいいのだろうかと思いました。 ……けれど、スズちゃんは違いました。ツユちゃんのように活発ではありませんでしたが、少しびっくりした後、今までと殆ど変らない眼差しのまま、微笑んでくれたのです。 ウーちゃんはそれから、寂しくなった時は何度もスズちゃんのことを思い出しました。 スズちゃんが通りがかった時は、声をかけるようにもなりました。 スズちゃんも、ウーちゃんの寂しさに気付いたのか、よくそこを通ってくれたような気がします。 手入れしてくれていた先生、その友達、スズちゃんは、目立つ汚れをとってくれたり、修学旅行に行った写真をウーちゃんの立ち位置の近くに置いて行ってくれたりと、ウーちゃんにとってのこの世の春がそこにありました。 けれどそれも長くは続きませんでした。スズちゃんの卒業、先生達の転勤。ウーちゃんにはどうにもできません。 それでもスズちゃんがたまに母校に来るときに、先生達がお土産を携えて来るときにお出迎え出来るように、できるだけ自分の身を綺麗に保とうと決意しました。 しかし。スズちゃんたちが来てくれる頻度は、年々少なくなっていったのです。 ウーちゃんは寂しくて、また寂しくて、ある日抜け出した先の図書館で見た、メリーさんの電話 を見て、これだと思いました。 スズちゃんに電話をかけてみようとしたのです。 公衆電話。自販機に残されていたお釣りを使って、ウーちゃんはびくびくしながらもスズちゃんにかける電話番号を暗誦しました。携帯電話と言う不思議なものについて前に尋ねた時に、電話番号って何ときいたときに教えてくれたのです。勿論、かけるとは思っていなかったのでしょうが。 それでも、実際にかけたとき、そんなこともできるのか、とスズちゃんはびっくりはしても、ウーちゃんを嫌がりはしませんでした。ウーちゃんはとても嬉しくて、それから胸の真ん中が寒くなるたびにスズちゃんに電話をかけてしまいました。 悪がきの遊びにも、怖いと言う声にも耐えられました。その一本の電話だけがウーちゃんを明るい側に繋ぎとめていました。 けれど。 ある日、その電話から出る声は、ほとんど無言になっていました。 「……つかれてるんだよね、ごめんね」 ウーちゃんは泣きながら電話を切りました。ここ数年、スズちゃんの声が段々と弱くなっていたことに気付いていました。それでも認めたくなかったのです。ウーちゃんが話せる相手がこの世にはいないだなんて、わかりたくなかったのです。 スズちゃんが他のことで疲れているのかもとも思いましたが、しばらく間をおいても、そうなってしまうのです。 ウーちゃんは、自分が呪いの人形であることを思い出しました。 もしかして、スズちゃんがウーちゃんを構ってくれていたのは、スズちゃんの心が広い、ウーちゃんを赦しているとかじゃなくて、 スズちゃんがウーちゃんの危ない所に気付いていないだけだったのかもしれないとも思いました。 ウーちゃんの人形は今、夜な夜な抜け出している、から夜な夜な涙を流している、という噂に変わりました。 それでもウーちゃんは見世物なのです。喋っても泣いても、見世物から抜け出せないのです。 友達なんて出来るはずがなかったのです。 「戻りたくないなあ」 ウーちゃんはいつもの公衆電話に行って、電話をかけられずに終わって帰る時、そう呟きました。 このまま排水溝に潜り込んで流されて鼠に齧られて。 あるいは屋根の上に寝転んで風に削られて。そんなのもいいかもしれません。 ウーちゃんを必要とする子なんていないのですから。 「どうして私は呪いの人形なんだろう」 人形師さんを恨む気持ちがまたわいてきます。それでも、それでも、ここにこうして在るまでに、沢山のきらきらした思い出が、それを振り払わせます。 ウーちゃんはそれにしがみつきます。けれど、しがみつけばしがみつくほどそれは擦り減っていってしまうのです。 もっとひどい呪いの人形を見たこともあったウーちゃんは、やっぱり自分が嫌われる、避けられる理由を分かっていました。 あと、 あと十年。 数十年我慢したら、今度こそ、呪いの人形と呼ばれなくなる? スズちゃんや、ツユちゃんスズちゃんみたいな子も、私から逃げなくなる? もしかしたら、リサちゃん、も。 何度も、何度もそう思うのです。頑張るのです。 それでも頑張る為の道筋にスズちゃんがこれまではいたのに、いまはもうぼやけてしまっているのです。 ウーちゃんの伸ばす手の先には誰もいなくて、 それはその強い想いは呪いになってしまいました。 ウーちゃんは呪いの人形です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015.07.12 13:40:18
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