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2006年8月27日
愛西市中学生12名石塚たかさん(100才)を訪問 愛知県愛西市より12人の中学3年生が八木忠男愛西市市長をリーダーに教育委員会係長の石田康日弘さん、企画部主任の伊藤恒さん、中学校教師の水野努さんらと共に8月18日から1週間の訪米研修旅行を行った。2003年から始まった訪米旅行は今年で4回目。 *19日SF着、SF観光、バークレー校見学、のびる会訪問、夜はメージャーリーグ野球観戦、 *20日はヨセミテ観光、その足でストクトンへ、一泊して *21日朝ウオーナッツ・グローブ到着。水島富幸子さん(愛知県出身サクラメント在住)の案内で、一世の時代に河下仏教会と呼ばれたウオーナッツ・グローブ仏教会、日本語学校(今はシニアセンターとして使われている)、床屋さんや(今でも営業中)、今では廃墟化している下宿屋(一世移民労働者が農繁期に泊まった)や お風呂屋さんの建物など、昔のまま残っている通りを見て回った。ウオーナッツ・グローブに長年住んでいる中尾喜美子さん、杉本ひろ子さんらも建物の歴史や日系移民についての説明に加わり生徒からの質問に答えた。 この地方に住むただ一人の一世(100才)石塚たかさんは愛知県八開村出身、毎年訪米してくる中学生の訪問を楽しみにしている。この日もWGの町を見学後、一行はソーントーン(WGの隣町)の広い農場に囲まれた石塚さん宅に立ち寄り、石塚さんの娘さん(百合子さんときく子さん~二人とも80才台)や友人達の準備した昼食をご馳走になった。たかさんはこの10月で101才になるが、93才のときに運転免許の再更新、95才まで近所の友人宅を訪問していたほど元気な人である。 午後からサクラメントへ向い、Matsuyama Elementary School(姉妹都市の松山の名がついている)での授業の様子を見学、市庁を訪問(市長は留守)、キャピトル見学のあとホームスステイの家族と落ち合い、この日は生徒二人づつ愛知県人会メンバー6家族に引き取られてホームステイ。 石塚文庫:たかさんの夫国三郎さんは佐織町草平の出身、ウオーナッツグローブでトマトやアスパラガスの栽培に従事し、メキシコ人を大勢雇って農場経営を拡大して成功した。戦後(昭和32年)母校の草平小学校に育英資金として50ドルの寄付をしたのを契機とし毎年送金を続けた。同小学校ではこの育英資金を図書費に充て、以来石塚文庫が設けられその蔵書は300冊を超えた。国三郎さん死後、たかさんが引き継いで毎年送金を続けたが高齢となり、14年前に訪日の折、小学校を訪問して最後の50万円の寄付を贈った。同小学校では図書の充実と読書指導に力を入れ、平成5年に東海三県学校図書館奨励賞を受賞、これは石塚文庫のお陰であり、多くの小学生がその恩恵を受けている。 22日はホームステイの家族と一緒に自由行動の1日を過ごし、夜はホテルで愛西市がホースト・ファミリーを招待してデイナーと交流のひと時を過ごした。この日はホテルで泊まる。 23日は午前中サクラメント州立大のキャンパスとサタース・フォート(Sutter’s Fortサクラメント市内にある史跡)を見学、昼食後、開催中のステートフェアを午後4時まで楽しみ、そのあとサンフランシスコへ向かった。SFで一泊して翌24日SFより帰国の途に着いた 愛知県の佐織町より日系移民史の資料収集のため97年よりウオーナッツグローブやサクラメントの愛知県人会との交流が始まり、中学生の交流と研修を兼ねた訪米旅行は2003年から始まった。2年前に佐織町は他の三つの町(八開村、佐屋町、立田村)と合併、愛西市となってからも訪米旅行は続けられているが、中学生の訪米資金は市が8割負担で毎年700万円の予算を組んで行われているが佐織町から始まったこの訪米プロジェクトは四つの町が合併して愛西市となった現在は他の町の議員さんの賛同も必要、シニア支援にもっと資金を使いたいという意見も多く、今後中学生の訪米旅行が続けられるか難しい問題だと八木さんは語っている。 毎年、訪米旅行に参加した中学生達は旅行の感想文を写真入りで「海外派遣研修報告書」を出版している。 尚、97年以来、水島富幸子さんは愛知県との交流と訪米団の世話役としてサクラメント市、並びに近郊の見学などの調整やホームステイの手配一切、案内や通訳などのボランテイア活動をしている。 [Past Event]カテゴリの最新記事
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