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管理人
おっちゃんは統合失調症、病歴
23年、男です
メンタルも扱うのでグレーゾーンで す リンク集
生田弘樹氏のサイト ![]() 精神病者のウエブリ
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先週の事だけど、ディケアに来ていた統合失調症の知人が死んだ。 ディケアまで来て、喫煙所でタバコを吸った後、エレベーターの中で。 見つかった時には心臓が止まっていたようで、突然死。 私も死ぬ時はあんな感じで死にたい。 と言うか寝たきりに成っては死にたくない。 不幸中の幸いというか、苦しみの時間は少なかっただろう。 もう何人の死を・・・・ 合掌。
今日は作業所を休んだ。 一昨日の土曜日は作業所の友人と卓球に行った。 最近、作業所には結構行っている。 で、土曜に無料になる体育館(障害者のみ)に卓球に行ったのですが、 生憎バスケでコートが使われていて、使えるのは1時間後。 それまで併設しているジムで少し運動してから1時間卓球。 その後は喫茶店でだべって(愚痴を聞いていた??)帰ったのは9時前だったように記憶しています。 で、昨日は違う友人と久しぶりに会って。 午後4時から帰ったのは9時頃かな。 日曜は昼過ぎまで寝ていたりしてそれ程疲れは感じてないつもりだったけど。 0時になる前にウトウトしてきて、PCつけっぱなしで寝てしまっていた。 で、何回か起きたんだけど今日起きたのは夕方の4時。 今日、作業所では明日に必要なPCを使った作業を新しく始めますから、って言われていたんだけど。 最近夜活動することがめっきり減って。 続けて9時過ぎまで外に出てたのが疲れた原因かも。 ちょっと活動すると疲れで過眠が来る。 病のせいか年齢のせいかスタミナが無くなってきてる。 ふぅ。
49歳と言う年齢はまだ若いのかもしれない。 自分が20代の頃、見ていた50手前って結構年寄りに見えたりしたけど。 あ、私は遅い子だったので既に私が10歳の時、母親は49歳だったか。 母親は母親としてそれなりに若かったかも。 以前、病院のケースワーカーさんが退職してから後、講演会みたいな形で作業所で出会った時、私を引き合いに出して「見ての通り統合失調症の特徴として、歳を取った様に見えないと言うのが有ります。」と言われたのを印象深く覚えている。 ちょっと複雑な心境だった。 そして結構最近、ディケアで40手前の女性から「そんなに歳変わらないと思ってた」 と言われたり。 微妙な心境。 一応、若いと言われるのは嬉しい一面も。 だけど、裏返しに見ると「頼りない男性」に見られてるのかも。 現実的にある程度の社会生活も経験してると言いながら、入院や様々に病気の為、健康な人から比べたら、普通の社会生活経験は少ない。 一方で様々に苦しむ闘病生活を強いられてる病者の中に居て、普通の人では経験できない状況も知っている。 何処かで苦しみ、悲しみ、辛さに敏感かも。 しかし、どうしても社会常識、一般的な社会生活の経験からするとそれは少なく、 幾らニュースなど様々な事に注意を向け考えていても、何かが足りない気もする。 さて、そんな事も悩み事だったりするけど。 何だか、老後が結構現実に感じる最近。 これは精神病だからとかじゃなくて他の普通の病気(?)の所為だろう。 尿酸値が高かったり、中性脂肪が多かったり、心臓の徐脈・不整脈、そして今回少しの動脈硬化の為に黒内障、、とか。 それに加えて、交友関係を広げた時期から徐々にだけど狭まってきて。 何かこれから先は一人でやって行くって感覚がとても強く成ってきてる。 このまま、一人で老後を過ごし一人死んでいく。 まぁ、死ぬ時は誰でも一人なんだけど。 別に誰かと共に死を迎えたいとか思ってるんじゃないけど。 一人で死んでいく心構えをしなきゃあ、と言う感じかな。 何処かで一人静かに死にたいとも思ってる。 病気は人を弱気にさせたりする。 実際と言うか、私が自殺を図って実行したのは「これで俺はもう分裂病患者として」 と覚悟させられた生活保護受給を決めてからの時だった。 その1回きりでもう自殺をしようとは思わなくなったが。 ただ、最近の体調不良は矢張り何処か弱気にさせる大きな出来事かも。 死んだ母がよく言っていた「下の世話をされるとかそんな風に成って死にたくない」 と言う言葉が何となく解るように成った。 それは実感を伴って。 ボケるのもどこか嫌だけど。 ちゃんと生活できなくなって尚生きてる事にどんな意味が有るのか? これは他人の事ではなく自らの事として考えた時、ふと凄く実感を伴って感じる。 それは例えば母親が若し震災で死んでなかって、寝たきりの生活などに成った時、 「それでも良いから生きてくれ」 と言う感情とは全く反対の物だけど。 とか感じならがらも、何処かで寝たきりでも仕方なく入院生活の中で生きていくかも、 とも考えている。 多分、自殺は出来ない。 植物人間に成ってまでの延命措置は生活保護だと多分無いだろう。 それで良い。 下手な延命措置はして欲しくない。 何か、49歳と言うまだ若いかもしれない年齢で、一人死んでいく覚悟をそろそろキッチリとしなくては、と思ってる。 それで、今は良い。
又、京都で悲惨な交通事故。 被害者の家族の言葉、これはこれで置いておいて。 さっきTVで見た加害者の父親の映像。 顔は未成年の事故なので出てなかったが、 「謝るしかないですね」とうつ向くだけ。 えぇ、「復讐」とか言った言葉を発してる被害者の親族からしたらそれでも足りないでしょうね。 ただ、私が思ったのは、死んだ母の事。 ハイ、私も若い頃結構バカで無茶もしました。 それが原因で母を泣かせた事は1度や2度ではないです。 ただ、幸運にもこんな事件と言うか事故は起こした事は無いです。 バカなワルガキで友達と無茶もしたけど明確に他人に危害を加える事はした事が無いです。 基本的に私個人、他人に危害を加えた事、喧嘩なども無いです。 小学生の頃から殴り合いはした事ないですね。 そして幸いにも交通事故、何度か起こしてますが、人身での加害者に成った事も無いですね。 交通事故は何処かで運が左右する面も有ると思います。 幾ら交通規則を守っていても起こす事は有りうります。 この幸運に感謝して、現状の自分の体調なども鑑みて、これからより注意したいと思いました。 死んでしまったけど、それでも私の心の中に母は居ます。 母を泣かしたりは出来ません。 お馬鹿だから、より何とかしないと。 自戒を深めないと、、、、と。 |一覧| |